「うわーっ! こんな近くで花火見たの初めてだよっ!」
「あ、奏汰さん気をつけて! これってたまに火の粉が降って来て熱いんですっ! 火傷しないようにして下さいねっ!」
「にゃはは! やはり花火はこうして間近で見るに限るのじゃ!」
夜。
陽が完全に落ちると同時に始まった隅田川沿いの花火の光が、夜空を見上げる三人の姿を明るく照らした。
川沿いの砂利道には転々と町民たちの持つ提灯の薄明かりが見え、どこからか夏の虫除けの為に焚かれた香の香りがうっすらと漂ってくる。
凪が奏汰に想いを告げたその日の夜。奏汰たち三人は早速毎晩のように江戸の町で行われている夜祭りへと繰り出していた。
そんな三人の様子に以前と変わったところはなく、むしろかつてより仲睦まじいその姿は、どこかしら家族のような絆を見る者に想起させた――――。
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「ぼ、ぼぼぼ、僕もっ! 僕も奏汰さんのこと好きですっ! とってもっ! 凄く大好きです! 今っ! 今気付きましたっ! すみませんっっっっ!」
結局――――あの凪の告白じみたやりとりに触発された新九郎はいてもたってもいられず、半ば前のめりになりすぎてその場に転げ落ちそうになりながら叫んでいた。
凪も奏汰もそんな新九郎の様子に大層驚いた様子だったが、二人は倒れそうになった新九郎を左右から抱き留めると、顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「ありがとな、凪。新九郎。俺のことそんな風に思ってくれて。俺も二人のこと大好きだっ!」
そして、そんな二人の想いをぶつけられた奏汰は意外にも落ち着いた、とても嬉しそうな様子でそう言った。特に照れるような色もなく、しかしその言葉には二人の想いと同じ、まっすぐな気持ちが込められていた。
「凪は毎日俺にそう言ってくれてるし、新九郎が俺の事を大事に思ってくれてるのもずっと伝わってた。だから俺も凄く嬉しくて、二人のためになにかできないかなっていっつも思っててさ!」
「えっ? 凪さんは毎日奏汰さんに好意をお伝えに? ぼ、僕の気持ちもすでにご存じっ!? はっはっは……いやいやいや、そんなまさか……自分でも今気付いたのにっ!?」
「そりゃそうじゃろ……新九郎が奏汰とおる時のにこにこっぷりは半端ないのじゃ。一度自分で鏡を見てみると良いのじゃ……」
「はわーーーーっ!?」
二人で笑みを浮かべ、相当に斜め上の反応を返す奏汰と凪に新九郎は一瞬で赤面すると、その緑髪の頭の周囲にくるくると疑問符を回した。
実はこの時代、そもそも男女の色恋に告白などと言う意識も文化も特にない。
元より恋愛の末に結婚という考え方自体希薄であり、大魔王ラムダの過保護とも言える情操教育で恋愛結婚を理想と掲げる凪ですら、意中の相手に改まって好意を告げるという意識は欠片もなかった。
凪の場合。彼女が自分自身の気持ちで一番戸惑ったのは、奏汰への好意が自分の予想を超えて遙かに大きく、それこそ奏汰と家族を成したいという段階に至っていたことだった。
さすがの凪もそういった件のことは今まで全く考えておらず、ついつい花も恥じらう乙女モードとなってしまっていたのだ。
「にょにょ! 私は奏汰が好きとなれば普段から好きと言うようにしておるからの! 口に出さぬと気持ちが昂ぶりすぎて我慢できんのじゃ! 好きなもんは好きなんだから仕方ないのじゃー!」
「うん! 俺も凪にそう言われると、凄く暖かい気持ちになる。嬉しくてたまらないっていうか! もちろん新九郎から言われても嬉しい!」
「え!? そうなんですか!? え!? そ、そういうものでしたか!? あれっ!?」
実の所、新九郎のこの恋愛観こそがこの時代では特殊な部類に入る。
幼い頃から隙あらばと読み漁っていた男女の恋模様を描いた小話集や古典からの知識で満ちていた新九郎の男女関の知識は、やはりこちらも相当に偏っていたのだ。
「でも……凪から言われてる結婚については、ちょっと待って貰ってるんだ。俺たちにはまだ色々解決しないといけないことも沢山あるし、俺がずっとこの時代にいるのかもわからないし――――そういうのはもっと落ち着いてちゃんと考えないと、凪に悪いと思って――――……」
「け、けけ、けっこんっ!? 輿入れですか!? な、凪さんはもうそこまでお考えに!? はわわわ……っ!?」
「うむ……! しかしこればかりは奏汰の言う通りじゃ。今はまだ片付けなければならないことが山積みなのじゃ。しかしの――――」
なんと恐るべきことに、凪はいつのまにか奏汰に夫婦になりたいとまで伝えていたらしい。そのあまりの電光石火っぷりに新九郎は目を回し、泡もふかんばかりの勢いで蒼穹を仰いだ。
「――――私はもう決めておるのじゃ。全てが無事に終わり、奏汰が母様に会うために自分の世界に戻るとなれば、その時は私もついていくのじゃ! 神社は暫く休業にして全て影日向に任せるのじゃ!」
「そ、そうでした……っ! 奏汰さんはいずれ元の世界にっ! ならその時は僕もっ! 僕もお供しますっ! 構いませんよねっ!?」
「もちろんじゃ! ならばその時は三人で奏汰の母様にご挨拶するのじゃ! きっと奏汰の母様も喜んでくれるのじゃ!」
「そうだな! ちょっと驚くかも知れないけど、きっと母さんも喜んでくれると思うよ!」
そして最も問題となる奏汰の恋愛観だが、実はこちらも凪と大差なかった。
幼少期からずっと戦い続けてきた奏汰には異性同性問わず恋愛という概念が脳内に存在せず、好きか嫌いか、もっと好きか。この三つくらいしか脳内の好意カテゴリーがなかった。
凪も新九郎も当然そのもっと好きの段階であり、その好きの対象とより傍にいること、何よりも優先して大切にすること、肌を触れ合わせることについて、奏汰は何の疑問も抱いていなかったのだ。しかし――――。
「――――それにの。今の新九郎は奏汰だけでなく、私のことも本気で好いてくれておるじゃろ?」
「そう言われれば確かに……僕にとって、奏汰さんだけでなく、凪さんもとても大切ですし……大好きですっ」
「にゃはは! 私も新九郎のことが大好きじゃ! かつては適当に断わったが、もし今再び新九郎に婚姻を申し込まれていれば、私も真剣に考えておったと思うのじゃ――――」
そう言うと、凪はようやく落ち着きを取り戻した新九郎をじっと見つめ、その肩に手を添えてうんうんと何度も頷いた。
「私ら三人、皆明日にはどうなるかもわからぬ身じゃ――――だからこそ、互いへの想いはこうして伝えなくてはの。伝えても伝えても、とても言葉では伝え切れぬが――――それでもやはり、私は伝えたいのじゃ――――」
「うん……凄く伝わってるよ。ありがとう――――凪、新九郎――――」
「そうですね……なんだか、僕もとっても嬉しいです……」
どこまでも広がる夏空の下。
屈託のない笑みを浮かべて手を広げた凪に誘われるようにして、三人は互いの肩を抱き、自然と額を寄せ合って静かに目を閉じた。そうすることで、掛け替えのないぬくもりをより強く感じることができる気がした。
この三人の有り様も、いずれ変わる時が来るのかも知れない。逃れられぬ別離が彼らを引き裂くこともあるだろう。
しかしこの時。幼さと成長の狭間で揺れ動く三人は確かに自分で必死に考え、最も大切だと思う物の場所へと、自らの足で辿り着こうと歩み続けていた――――。
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