「というわけでっ! 第一回奏汰さんを救おうの会を始めますっっ! いいですね、みなさんっ!?」
「のじゃーーーーっ! 無論なのじゃ! この凪姫命、座して想い人の死を待つような趣味はこれっぽっちもないのじゃ! なんとしても! どんな手を使ってでも奏汰を生き永らえさせてみせるのじゃーーーーっ!」
「ええ、ええ。もちろんですよ姫様。私もこうなれば姫様と剣様の祝言をこの目で見届けるまではこの地を離れぬと決めましたからね。どのような外法を用いても剣様の御力になりますとも」
「アーアーアーアーアー……ピーピーーーガガーー! ピーガガー! ん……よし、チューニングが完了した。そろそろ朕も本腰を入れねばならないみたいだからね。これでしばらくの間、朕も君たちと至極真っ当に話せるよ。あ、朕のこと誰だか分かります? 名無しの鵺です」
「もしどうしようもなくなったら……一度私が奏汰を凍らせて冷凍保存する。そうすれば少しだけ寿命も増えると思う」
「ドッソイドッソイ! なんじゃなんじゃ剣の字よ! そのようなことをずっと黙っておったとは水くさい! この輪入道、人の魂のやりとりはお手の物! そこらにうろつく亡者の魂をお主の魂魄と融合させ、お主の魂に渇を入れてやるでなッ! カッカッカ!」
「ハーーーーッハッハッハ! 全く超勇者が聞いて呆れるわ! 自身のエネルギー管理も出来ず、気付いた時には瀕死とはなぁッ! やはり我が魔道こそが強靱! 無敵! 最強なのだ! しかし凪が悲しむとなれば話は別、ここはこの大魔王ラムダも一肌脱いでやろうではないかッッ! 有り難く思うが良いッッ!」
「まったくカナっちってば……そりゃあんな無茶な戦い方してりゃそうもなるっテ……息抜きは大事っていっつも言ったジャン? でもさ……それ全部俺たちを助けるためにやってくれた無茶だっての、知ってっから――――俺に出来ることがあれば、なんでも力になるよ」
「六郎の言う通りだ。剣君が今のような状態になったのも、全て私たちを助けようと懸命に戦ってくれたから……劍君に助けられていなければ、今の私や六郎はなかったんだ」
「ゆうしゃさま……死んじゃうの……? まちね、どじょう一杯持ってきたから後で食べて、早く元気になってね……っ!」
「おいおいおい……いきなり新九郎に呼ばれて来てみりゃそういうことかよ。俺が不死身だってことが死にかけの剣の力になれるとは思えねぇが……まあ、とりあえず話してみな。俺たちで出来ることがあれば、動いてやる」
「うわぁ……! みんな俺のために来てくれたのか!? 本当にありがとうっ!」
未だ修復途中の神代神社拝殿。
天井に開いた大穴を麻地の布で塞いだだけの広々とした拝殿は今、足の踏み場もないほどの大勢の人々で埋め尽くされていた。
奏汰が江戸城防衛の任から神社へと帰ってきたあの日。奏汰はすぐにその足であやかし通りへと向かい、玉藻やぬらり翁に自身の事情を話し、助力を願った。
自分の命が間もなく尽きようとしていると。
しかし自分はまだ死ぬ気はないと。
まだ死にたくないと。
だから助けて欲しいと、大勢のあやかし達に頭を下げたのだ。
「俺はまだ死にたくない。凪や新九郎ともっと一緒に居たいし、母さんの所にだって帰らないといけない。色々やりたいことが一杯あるんです。だから、みんなの力を貸してくれませんか――――」
奏汰にしがみつき、泣きじゃくる凪をなだめながらそう言う奏汰の懇願を断わる者など、その場に誰一人としていなかった。
奏汰の話を聞いた玉藻はすぐさま日の本各地に散っている力あるあやかしへと通達を飛ばし、さらには江戸城に居る新九郎にもその一報を届けた。
無数の鬼を討ち果たし、江戸を救った勇者が死に瀕している。
その報せは瞬く間に江戸中を駆け巡り、一晩明けた翌朝にはこうして神代神社に収まり切らぬほどの人々が境内へと押し寄せていた。
「剣君……私と風音ももう大丈夫だよ。理那さんや六郎君よりも長く真皇の傍にいた私の知識も、もしかしたら君のために役立つかも知れない」
「あの……お父さんを助けてくれて……本当にありがとうございましたっ!」
「あ、えっと――――煉凶さんじゃなくて――――蓮さんと、風音さんだ! 二人とも目が覚めたんだな! 良かった!」
更には遅れて拝殿に現れた親子――――それは三日前にその命を奏汰の光によって浄化された蓮と風音。
二人は申し訳なさそうな笑みを浮かべて六郎と理那の隣へと座ると、しっかりと親子で手を繋ぎ、奏汰に向かって頷いて見せた。
すでに埋め尽くされているのは拝殿だけではない。
誰が何を言わずとも、境内の敷地内には話の詳細は知らぬままに滋養のある食べ物や温かい綿の布団など、様々な品が山のように集まり続けていた。
中には何を勘違いしたのか「勇者殿供養の品」などと書かれた札付きの品も多数見受けられたが、恐らく話が広がるにつれて奏汰がすでに死んだらしいと聞いた人々も多数いたのだろう。
しかし――――そのどれもが紛うことなく、奏汰が江戸の町で成してきたことの積み重ねが導いた光景だった。
鬼を倒しただけではない。
奏汰が寺子屋に通い、田畑を耕し、江戸市中での日々を凪や新九郎と共に精一杯過ごした。その日々の帰結だった。
「ああ……奏汰……。やはり貴方は……この世界でも勇者だったのですね……」
そんな光景を見つめる女神オペルはその細めた目を潤ませると、自身の任される世界でいつか見た光景と今のその景色を重ねた。
あの日――――最後の決戦を挑まんとした大魔王に、たった一人で天へと昇っていた奏汰の光を、オペルは決して忘れたことなどなかった。
確かにオペルの世界で直接的に奏汰の力になれる者は殆どいなかった。
激化する争いの中で、僅かに存在した奏汰に近い力を持つ者も次々と傷つき、力尽きていった。
再会した奏汰はオペルに言った。あの時の自分は、世界を救うことよりもただ母に会いたいという私欲だけで戦っていたのだと。しかし――――。
「たとえそうだったとしても――――貴方は世界の希望でした。皆、貴方がいたから最後まで絶望することなく生きることが出来た――――だからこうして、皆は貴方の幸せを願い、私に力を託してくれたのです――――」
オペルはこうしている今も自身の内から沸き上がる、奏汰の無事を願う祈りにも似た無数の思いを感じていた。
そしてそれが自身の世界だけでなく、こうして自分たち神々の策謀によって送り込まれた先の世界でも同様となっていることに、込み上げる思いを感じずにはいられなかった――――。
「奏汰さん……僕も凪さんも、他の皆さんだって……絶対に奏汰さんをこのまま死なせたりなんてしませんからっ! やりましょう、みんなでっ!」
「そうじゃ奏汰よ……先ほどは童のように泣きわめいてすまんかったのじゃ。お主の考えの通り……皆の力を合わせればきっとなんとかなる……っ。いや、必ずなんとかしてみせるのじゃ!」
「ああ! 俺のことだけじゃなくて、真皇やこの世界のことも全部みんなでやろう! そうしたらきっとなんでもうまくいく! 俺――――とっても嬉しいよっ!」
かつて、たった一人で異世界を救った超勇者。
しかし今、彼の周りには大勢の想いが集っていた。
彼を救うために、彼と共に自分たちが暮らす日常を守り抜くために。
この時、すでに勇者は一人ではなかった――――。
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