それは、新九郎自身にとっても驚くべき力だった。
技の形も、剣の行く先も、刃の流れすら全く意識したことのない型だった。
まるで自身の奥底から沸き上がってきたかのような力と動き。
奏汰から繋がれた光を捉えようとしたことが呼び水となり、新九郎も予想だにしていなかった力が溢れ出していた。
しかし確かに自分はこの技を、この動きを覚えている。何百回、何千回、何万回と繰り返し、もはや自身の遺伝子に染みついていたかのようなその剣――――。
「し、新九郎――――お主、その光は――――奏汰のっ!?」
「出来た――――? これが、僕の終型――――?」
天道回神流の終型は皆伝した者ごとに異なる。
将軍徳川家晴が劍之終型と呼ぶ型を極意としているように、新九郎もまた自らの終型への到達を目指していた。
たった今彼女が放った蒼之終型、月虹一刃。
それは、あまりにも新九郎のために用意されていたかのような、まるでこうなることが予想されていたかのような型だった。
新九郎は自身が放った虹色の輝きを呆然と見つめ、握り締めた剣の向こうに、懐かしいぬくもりを見た気がした。だが――――。
「キ……キキ……ッ。それ……が……あなた様の技と……? 馬鹿を言っちゃあいけませんよ……ッッ! そのようなことあるはずが……ッ! あってたまるものですか……! ねぇ!?」
「――――っ!?」
「なんと……此奴っ!」
その時、確かに切り抜き、浄化したはずの五玉の声が辺りに響いた。見上げる凪と振り返った新九郎の眼前。
切り裂かれ、焼き尽くされた五玉の肉体が翠と黄に輝き、ぎりぎりのところでその身の完全消滅から踏みとどまっていた。
しかしその姿は未だ青白い清浄な炎に焼かれ続けている。もはや、五玉が今の新九郎の一撃で致命傷を負ったのは火を見るより明らかだった。
「ええ……ええ……忘れていたわけでは……ありません……ッ! 知っておりましたとも……! しかし……しかし認めたくなかったのでございます……! 我らが主――――黒曜の四位冠が一人。最愛の名を冠するあのお方が――――! あのお方が我らを救うために人の世へと落ち――――あまつさえそこであなた方に誑かされた上、その身を滅ぼしたなどと――――ッ!」
「……? なんじゃ……此奴、一体何をのたまっておるのじゃ……!?」
黄の持つ無限力を翠の時空間支配へと注ぎ込み、自身の崩壊を留め、可能ならば無傷の状態へと逆行させようと試みる五玉。
しかし新九郎の放った刃はすでにあらゆる時空と因果を超えて五玉の存在そのものを両断していた。本来であればどのような手をもってしても再生は不可能。
「そうですとも――――! 私はずっと恋い焦がれておりました――――! 決して手の届かぬあの方の微笑み――――この世のいかなるものとも比べられぬあの方の温かさ――――! どれもこれも――――私はあなた様の全てを愛しておりましたッ!」
しかし五玉はその不可能を執念によってつなぎ合わせてみせる。
周囲で崩壊が始まっていた四体の大阿修羅像のパーツを自身を中心とした一体の巨神へと再構築し、禍々しい四つの光芒を迸らせながら、塞ぎきれぬ自身の傷口を無理矢理に修復したのだ。
「そ、そんな――――っ! 何がこの人をここまで――――!?」
「ギギ……ギ――――姫様。あなたは美しい――――その瞳も、髪も、面影も――――全てがあの方に瓜二つ。まるで、あの方が私の前に再び現れてくれたかのよう――――正直に申し上げれば、私はあなた様を傷つけたくはなかった。故に、あなた様はこうして私の元へとご案内したのです――――」
今やその全長は百メートルを超える。
一体の荘厳な金色の阿修羅と化した五玉は、そのちょうど心の臓の部分へと自身の小さな身を収めると、未だその身に蒼い虹の輝きを宿す新九郎の姿に目を細めた。
「ど、どういうことですかっ!? なぜそこまで僕を――――!? あなたは僕の何を知っているっていうんですかっ!?」
その五玉の瞳には、憎悪も、怒りもなかった。ただ新九郎の中に今も眠る温かな何かを懐かしみ、愛おしむような瞳だった。
だが新九郎は敵であるはずの五玉のそのような眼差しに戸惑い、地面へと着地すると同時に二刀を構えながら叫び、尋ねた。
「ギギギ――――私が良く知っているのはあなた様ではありません。私が知っているのはあなた様のお母上――――エリスセナ・カリス――――かつて黒曜の四位冠に名を連ね、最愛の勇者と呼ばれていたお方――――誰よりも優しく、誰からも愛される――――私もまた最も愛し、心から畏敬の念を抱いていた女性――――」
「なん……じゃと……っ!」
「え、なにを……? ぼくの……母……? 母様……母様が……四位冠……?」
五玉が発したその言葉。それはどこまでも広がる空虚な世界において、新九郎と凪の心を射貫くようにただただ静かに、しかし確かな熱を持って放たれた。
「はい――――姫様。あなたのお母上は本来この世の者ではありません。あなたがたった今その身に勇者だけが持つ光を宿したのも――――お母上と全てが同じ輝きを放つことが出来たのも、全ては姫様があの方の魂魄を確かにその身に宿している証拠――――」
「そんな……っ。どうして……っ? それってどういう……なにが、どうなって……父上は……僕にそんなこと、一度も……っ!」
「ギギギ……ギギギギギギ……! ギギギギギギギギギギギギギギ! そうでしょう――――そうでしょうなぁ! 言えるわけがありますまい! 我が最愛の存在を奪ったあの男に――――! あの方の面影を色濃く残す姫様に、自身の犯した大罪を伝えるなどと! そのようなことできようはずもない――――!」
五玉が吠えた。同時に、今や彼自身となった阿修羅の面が開く。その巨体から凄絶な怒りと共に四つの輝きが天へと昇る。
それは色こそ足りないものの、たしかに美しい虹の輝きを模していた。
「あの男――――将軍などというくだらぬ肩書きを持つあの男によって、全ては奪われたのです! あの方は我らを救うために――――その美しい身も心も、全てを犠牲にした――――その証こそ姫様、あなたなのですよッ!」
歪な虹に輝く阿修羅の心奥。その八つの瞳から血の涙を流し、五玉は抑え続けてきた想いを全て吐き出すかのように叫んだ――――。
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