「はああああああ――――っ! 陽炎剣――――射陽天神! 清流剣、激流ッ!」
どこまでも広がる空虚な世界。
しかしその中央で吠え猛る新九郎の剣は、眼前の四体の大阿修羅像を瞬く間に渦巻く炎の中へと沈め、さらには返す刀で全てを穿つ滝の如き厳然な一撃を繰り出した。さらに!
「次は私じゃ! 神式――――天声鳴神之万矢ッ!」
それは正に万雷の連撃だった。
全長数十メートルはあろうかという四体の阿修羅像。その巨体よりも遙か上空へと昇った凪は自らの破神弓に凄まじいまでの神力を込めると、無数の閃光と化して雨のように降らせた。
「キキキッ! なんとも激しいことですなぁ!? しかししかし! お二方は我が力をお忘れか? 我が力は境界! あなた方と共にある勇者の少年の障壁の力は良く知っておりましょう!?」
しかしそれを受けた五玉はその表情を笑みに歪める。超至近から放たれた新九郎の斬撃も、上空から放たれた凪の全てを穿つ破神の豪雨もどちらもが共に紫色の障壁によって完全に防がれていた。
「チィ! 奏汰はその壁が使いづらいといつも嘆いておったのじゃ! それをそうほいほい使いおってからに!」
「キキ! あの少年も自身の内に取り込んだ翠の力を自らの意志で変化させておりましたでしょう? 彼は人と自身との間に障壁を作ることにそもそもの心持ちが向いておりません。誰かの手を取り、繋がろうとする意識が強すぎ――――区切り、隔てるという意識があまりにも無いのですよ。それではせっかくの紫の力も扱いづらくなろうというもの――――」
「――――っ! それなら――――!」
四体の巨大阿修羅像の足元。
阿修羅像がその手に持った剣や棍、槍や弓矢で絶え間ない攻撃を繰り出す中、新九郎は着地と同時に大地を蹴り、眼前へと穿たれる無数の打撃を跳ね躱しながら五玉が鎮座する中央へと疾走。そして――――!
「斬れるはずっ! 絶対に――――絶対に斬ってみせる! 天道回神流奥義――――紅蓮流華火――――ッ!」
それは、正しく今この時の新九郎が放つ最も洗練された一刃だった。燃えさかる二刀に清流の青が重なり、静と動が完全なる均衡を持って標的めがけて迸る。
その刃は五玉が展開する柔軟に形を変える不壊の障壁を見事両断。その先に待つ五玉の小さな肉体諸共切り裂きにかかる。だが!
「え――――っ!?」
「キキ……しかしながら、今の私は紫の力に頼るばかりではありません。私を後押しし、支えてくれる家族のおかげで、このような芸当もできるのですよ」
しかしなんと。確かに五玉へと肉薄したはずの新九郎の刃は、数秒前の地面から跳ね上がる寸前の状態へと戻っていた。
見れば、五玉の周囲に鎮座する四体の阿修羅像の内の一体から、時空間を操る翡翠色の輝きが煌々と溢れ出し、ぎろりと新九郎にその目を向けていた。
「覚悟なされ――――この五玉。もはや紫のみにあらず。緋・翠・黄。全ての位冠の力を束ね、我が主の大願を成就させる者なり――――」
「うわわわ……っ!?」
数秒前の自身へと時の基点をずらされた新九郎は反応が遅れる。そもそも時間が逆行するなどという状況に陥ることが異常なのだ。
戸惑う新九郎めがけ、翡翠色の輝きを灯していない別の阿修羅像が赤く輝く瞳を向ける。
そしてその瞳が見開かれると同時。新九郎めがけて全てを消し飛ばす百条にも及ぶ熱線が放たれた。直撃すれば彼女の体は骨すら残すことなく消え去るだろう。
「神式――――祓之三・改! 臨招磐座之天戸っ! てえええええええええい!」
「な、凪さんっ!?」
しかし間一髪。すでに一度塵異による時空間操作を見ていた凪が動く。
凪は一瞬にして遙か上空から地上の新九郎の眼前へと舞い降りると、その手に持った赤樫の棒を地面へと穿ち、巨大な苔むした岩壁を周囲に構築。
直撃すれば山一つ消し飛ばすであろう五玉の熱線を、目も眩むほどのプラズマの閃光を放ちながら抗う。
「ホッホ……さすがは神代の巫女様。しかしながら、いかにあなた様でも四体の大位を同時に相手にはできますまい? 今のこの私こそ――――そういう存在なのですよ」
「にょわああああーーーーっ!? と、とんでもない威力なのじゃ! どうする新九郎よ!? こやつ、言うだけあってでたらめに強いのじゃーーっ!」
「駄目です凪さんっ! ここで耐えるのはまずいっ! 飛びます――――っ!」
だが次の瞬間、新九郎は凪を抱えて神速の構え。
即座に凪の張った結界を放棄すると、凪を抱えて横っ飛びにその場を離れる。
そしてそれとほぼ同時、ただでさえ凄まじい威力で放たれていた赤の熱線はぐんとその総量を増すと、赤と黄の混ざりあった閃光となって凪の結界ごと全てを飲み込んだ。
「にょわーーーーーーっ!」
「うわあああああああっ!」
「良い判断ですな。赤だけでは足りずとも、力を無限に注ぎ込む黄の力を合わせればこの通り。壊せぬものなど御座いませぬ――――!」
凪を抱えながら閃熱の爆風に飲まれる新九郎。新九郎と大位の鬼。その力の差はあまりにも隔絶していた。
黄の大位である陽禅と戦った時もそうだった。人としての力の限界が見えていた。自分の剣では決して届かぬという絶望が新九郎の心を覆った。
どうやっても勝てぬと、殺されると思った。
絶望に震え、ただ奏汰の名を呼ぶことしか出来なかった。
だがしかし、今の彼女の心を満たしているもの。それは――――!
(駄目だ――――っ! これじゃ、またあの時と同じ――――っ! もっと、もっと速く――――! 奏汰さん――――! 奏汰さん――――っ!)
凄まじい熱気と衝撃に弾かれ、凪と共に吹き飛ばされながらも。それでも新九郎は必死に自身の中にある感覚を捉えようともがいていた。それはかつて、陽禅との決戦で奏汰によって与えられた光――――。
あの時の感覚を――――あの時の速さを――――!
(出来る――――! 出来るはず――――っ! 奏汰さんはいつだって僕と一緒にいてくれた――――たとえ離れていても――――奏汰さんが繋いでくれた光は、いつだって思い出せる――――っ!)
「さあさあ――――名残惜しいですがそろそろ戯れも終わりとしましょう。どうやら私の領域の中を好き勝手動いている者がおるようで――――さようなら、姫様方!」
五玉がその四つの顔に備えられた八つの目を同時に見開く。
それに呼応したかのように四体の阿修羅像がそれぞれに司る四つの輝きを放ち、その力を一所に集約。未だ爆風の中でもがく凪と新九郎めがけ、極大の破滅をもたらさんと咆哮を上げようとした。しかし――――!
「天道回神流――――蒼之終型――――」
「ひょッ!?」
響いたのは驚愕の声。
その声の主は五玉。三つ、四つにに分かれ、別々の声として重なった五玉の驚きの声はしかし、すぐさまその後に襲い来る蒼の斬撃の中に飲み込まれた。
「――――月虹一刃!」
その声は遙か後方。
すでに五玉の肉体は両断され、過ぎ去った声の主――――蒼だけが一際強く輝く異形の虹を纏った新九郎が、同色の光を刀身に宿らせて空を駆けていた。
「キキ――――その――――光――――ま、さか――――っ」
あまりにも麗しい剣、余りにも流れるような刃。
自身を切り裂いた新九郎の背に、五玉はかつて見た偉大なる剣士の姿をそのまま重ね、しかし自身の肉体を焼き尽くす炎に焼かれて消えた――――。
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