「時が経つのは早いものだ……。勇者よ、貴様によって倒されたあの日からはや千年か……」
「適当なこと言うなよこの円盤野郎っ! まだ三日しか経ってないぞ!」
「貴様にとっては三日でも余にとっては千年なのだっ! 相変わらず知力の足りん奴めっ!」
神代神社の境内の外れ。凪が普段生活している平屋の一室。
薄い座布団の上に直立不動で立つピンク色の謎生物と、今にも目の前の謎生物に斬りかからんばかりの勢いで迫る奏汰。
謎生物――――影日向大御神はともかく、奏汰はその全身から凄まじいまでの力の奔流を放っており、それは凪の家だけでなく、周囲の大地や木々までもが小刻みに震えるほどの圧力を放っていた。だが――――。
「そこまでじゃ奏汰っ! お主の気持ちもわかるが、一度話を聞くときめたのならば抑えよ。それに、このままでは私の家が崩れてしまうわい!」
「ぐぬぬっ! そ、そうだった……っ!」
一触即発とは正にこのこと。かつて異世界で展開された世界の命運を賭けた最終決戦が再び勃発しようとしたその時、二人の間に割って入るようにしてお盆の上に茶を乗せた凪がやってくる。
「……すまんの、奏汰よ。まさかお主が戦っていた相手がうちの神様じゃったとは。お主の言う通り、かつての影日向は大層悪い奴じゃったらしいが、今はほれ、この通り私のご先祖によって祓い清められ、真っ当な穴あきなまものとして頑張っておるのじゃ!」
「その通りッ! 余は綺麗さっぱり心を入れ替えた! そして今日までずっと鬼共の侵攻から人の世を守り続けてきた! だからもうそんな目で睨むな! 怖いから!」
「くそっ! ……わかった」
凪から熱い茶の入った湯飲みを手渡され、渋々という様子で引き下がる奏汰。
影日向は安心したように口?のように見える場所から大きく息を吐き、胸?のような場所を短い手でなで下ろした。
「うむ……。剣を収めてくれて嬉しいぞ勇者よ。貴様が余を許せぬ気持ちはそのままでいい。ただ、その償いはこの国で余の成すべきことをしてからにしてほしいのだ」
「……どういうことだ?」
影日向は凪から手渡された湯飲みをなんとか自分の口に当てて一息に飲み干すと、その体から伸びた二本の目玉だけを奏汰に向け、ギラリとかつてのような鋭い眼光を宿した。
「それについてはすでに貴様も凪から聞いているだろう。この世界は脅かされている。鬼と呼ばれる者共……そしてそれを束ねる災厄の首魁にな」
「あいつらにも、お前みたいなボスがいるっていうのか?」
影日向の言葉に、奏汰も先ほどまでの怒りを忘れ、真剣な面持ちとなって耳を傾ける。奏汰にとって、元の世界に戻ることも、目の前の魔王を完全に滅ぼすことも重要だったが、それ以上に今この時も邪悪に苦しめられている人々を守るということは、なによりも大切なことだったからだ。
「そうだ。その存在を知る僅かな者達からは、真皇闇黒黒と呼ばれている。余の知る限り、この世界に出現する鬼を産みだしているのは奴だ」
「そこまでわかってるんなら、なんでさっさと倒しに行かない? 俺がお前を倒した時と同じで、そいつを倒しさえすれば鬼ももう出なくなるんじゃないのか?」
「その通りだ、勇者よ。余も当然そのように考え、すぐさま奴らに戦いを挑んだ。そして――――敗北したのだ」
「な……なんだとっ!?」
かつての仇敵の発した信じがたいその言葉に、奏汰は僅かに身を乗り出して驚きの声を上げた。
今はすっかり毒気も抜けてピンク色の謎生物と化しているが、大魔王の力は奏汰が誰よりも一番よく理解している。
命を削り、魂を燃やし尽くし、全ての感覚が薄れていく極限の死闘の果て。
何百、何千、何万という刃を振るってもまだ倒せず、そのあまりにも強大な力の前に、かつての奏汰は何度も絶望させられた。
その大魔王がすでに戦い、敗れ去っているという事実は、奏汰をして到底信じられるものではなかった。そして――――。
「勇者よ、貴様は確かに余を倒した最強の人間だ。しかし、その貴様でも今のままでは奴とは戦えぬ。奴の力はそれほどまでに――――」
「――――強大で、卑しく、そして艶めかしい……キキキ。ねぇ? 元大魔王さん?」
「っ! 誰じゃ!?」
瞬間、三人に向かって聞き覚えのないひび割れた声が届いた。
一斉に声のする方へと目を向けた三人の視線の先――――そこには、二つの異形の人影が立っていた。
「なんだお前ら!?」
「チッ……気を引き締めい奏汰。こやつら、位冠持ちじゃ……!」
「キキキ……さすがは神代の巫女。剛鬼共を全滅させた人間がいると聞いて様子を見に来ましたが、まさか大魔王さんのお知り合いとは。これは収穫ですねぇ? 貴方もそう思いませんか……煉凶さん?」
「真皇に抗わんとする芽は早々に摘み取る。我らが主のため、死ね。異界人」
ひび割れた声の主は子供よりも小さなその体をゆらゆらと宙に浮遊させ、前後左右についた四つ別々の老若男女の顔からケタケタと底冷えする笑い声を上げる。
そしてその隣に立つ見上げるほどの長身巨躯の男――――男は剥き出しになった赤銅色の上半身に溢れるばかりの邪気をみなぎらせ、自身の体格と同等の大きさを持つ大剣を軽々と背負っていた。
「我の名は五玉にございます。紫の大位を冠する者。以後御見知りおきを……キキキ」
「我が名は煉凶。緋の大位を冠する者」
現れた二体の鬼は、各々の作法で同時に名乗りを上げると、周囲の空間が歪むほどのどす黒い瘴気を解き放つ。
二つの瘴気は神代神社に張り巡らされた結界と衝突し、閃光の火花を周囲に散らした。
「どうやらやる気のようじゃなっ! 奏汰よ、すまんが片方を頼めるか? 今の影日向はよわよわで役にたたん、ただの穴あきなまものなのじゃ!」
「任せろ! たとえ相手が誰だろうと……俺のやることは変わらないっ!」
麻地の着物に身を包んだ奏汰は、即座に手の中に現れた聖剣を握る。
そして全身から虹のように輝く光を放ちながら叫んだ。
「俺は剣奏汰――――超勇者だ!」
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