「よぉーし。全員揃ったな!?」
「オオオオオオオ!」
日の暮れかかった江戸の一角。
多くの人々で行き交う町人街から区切られた、武家屋敷が建ち並ぶ立派な門の前。
雑に後方へと纏められた黒髪が特徴的な長身の男が、二百人ほどの集団の前でその声を張り上げる。
男の前には黒い上衣に白と赤の羽織を纏い、脛部分が絞られた動きやすい袴に手甲と脛当てを揃えた、武装した一団が同じく気勢を上げていた。
「今夜も引き続き鬼共の仕掛けた術式を見つけ次第破壊する。クソみてぇな地味な仕事だが、徳川の太平はこいつを片っ端から叩きつぶせるかどうかにかかってンだ。サボるんじゃねぇ! 気合い入れろぉ!」
「オオオオオオオ!」
男の声に呼応し、さらに気を高めていく一団――――彼らの名は討鬼衆。
幕府直属の鬼狩部隊であり、その構成員は全てが幕臣で固められている。
討鬼衆は総勢二百人からなる鬼狩のエキスパートで構成されており、鬼と戦えさえするのであれば、その戦闘方法、性別、年齢、武家としての格などは全て考慮されることはない。
時代ごとにあやかし達や神仏勢と討鬼衆の力関係は変化し続けているが、当代の討鬼衆は将軍徳川家晴自らが率いる完全な精鋭部隊であり、その強さ、士気の高さは共に歴代の討鬼衆と比較しても屈指の実力を誇っていた。
そして、そんな討鬼衆の様子を離れた場所から眺めるのは――――。
「うおおお!? なんだか俺も気合い入ってきたあああ!」
「ほむほむ。私もこうして討鬼衆の陣を眺めるのは初めてじゃが、なかなかに強者共が揃っておるようじゃな」
普段通りの藍色の作務衣と伝説の革ブーツ。そしてその上にあやかし達から贈られた金の縁取りに濡羽色の羽織を纏った奏汰と、赤樫の棒を担いで感心感心と頷いて見せる凪。
そんな二人が見守る前で出陣の集会を終え、各自で準備へと移行する討鬼衆。
そしてその輪から一人離れ、余裕の笑みを浮かべる新九郎が悠然と奏汰と凪の前にやってくる。
「フッフッフ……どうです? 僕たち討鬼衆の士気の高さは。怖じ気づいて逃げ出すのなら今のうちですよっ!?」
「いや、だから勇者は怯えないから勇者なんだって!」
「ふん……お主が何を考えておるのかは知らんが、後で泣くのはそっちの方じゃぞ!」
他の討鬼衆と同様の戦装束に身を固め、その美貌をまっすぐに凪へと向ける新九郎。
その眼差しは、この視線を受けた者が一般的な感性の持ち主であれば卒倒してもおかしくない程の凜々しさだった。
しかし凪はそんなもの全く意に介さず、敵意剥き出しの野良猫のようにフシューと牙を剥いて威嚇した。
「ぐぬぬ……ま、まあいいです! 先ほども言いましたが、これは僕とそこにいるでくの坊の勝負ですから! 決まり事はただ一つ。今回の主命でより多くの手柄を立てた方が相手の言うことをなんでも一つ聞く! 僕の要求は剣奏汰の神社からの退去です! いいですねっ!?」
凪の敵意を受けて若干ひるみ腰になる新九郎だったが、そこはなんとか気持ちを立て直すと、再びびしっと指を奏汰へと突き出して事前の取り決めを再度確認する。
「いいぞ! 俺は別に新九郎にやってほしいこととかないけどな!」
「むむ……なんですかその呼び方はっ!? せめて徳乃さんと呼んで下さい! 貴方にそんな慣れ慣れしくされるいわれはありませんからっ!」
新九郎の理不尽な提案にも奏汰は笑みを浮かべ、こちらも自信満々とばかりに腕を組んで了承する。だがそのやり取りを横で見ていた凪は、さすがに気が気ではない様子で心配そうに奏汰を見つめた。
「まったく……奏汰にも困ったものじゃ。もし負けたりしたらどうするつもりなんじゃ? 私は奏汰を路頭に迷わせたりしたくないのじゃ……」
「その時は神社から出て、神社の隣の森の中に住むっ!」
「おお!? それは良い考えじゃな! なら私も奏汰と一緒にそっちに住むのじゃ!」
「な、なに勝手なことを言ってるんですか!? っていうか、どうしてそんなに親しげに……っ!?」
凪の心配を知ってか知らずか、奏汰はそう言ってのんきに笑みを浮かべた。
凪は凪でなるほどと同調するところがあったらしく、二人はすぐにやんややんやと勝手に盛り上がり始めてしまう。
新九郎はそんな二人の様子を歯がみして美しい顔を歪ませていたが、そこに先ほどまで討鬼衆の前に立って気勢を上げていた男がやってくる。
「――――おい新九郎、てめぇ準備は終わったのか? まだならさっさとしろよ」
「し、四十万さん!? は、はい! もちろんちゃんと終わってますっ!」
「そいつは結構。お前にしちゃ珍しいこともあったもんだ」
四十万と呼ばれた長身の男は言いながら新九郎の肩をぽんと叩くと、そのまま凪と奏汰に軽い目礼で挨拶した。
「俺の名は四十万弦楽。討鬼衆の大番頭だ」
「俺は剣奏汰!」
「神代の凪じゃ。世話になるぞ」
四十万は二人への挨拶を終えると、そのまま新九郎に今回の主命の人員分けらしき物が書かれた和紙を手渡す。
「取り決めに則れば、一時的とはいえあんたらみたいな町民を隊に加えるわけにはいかねぇんだが――――ま、大体の事と次第は俺の耳にも入ってる。こうしてあんたらが手伝ってくれるなら心強ぇ。今日は気にせずのびのびやってくれ」
四十万は気怠げにそう言うと、すでに全て後ろに流されている黒髪を面倒そうにかき上げ、腰帯に指された火のついていない煙管を咥えて深く息を吸った。
「って……四十万さんっ!? この隊分け、僕と剣奏汰が同じ隊なんですけど!? これじゃ、僕たちの勝負が……っ!」
「はぁぁぁあ? なんだ勝負ってのは? てめぇが連れてきた客人の面倒をてめぇが見ないでどうするんだ? 馬鹿なのか?」
「はわーー!? そ、その通りですううううっ!?」
突然意味不明の訴えを口に出した新九郎に、四十万は取り合う姿勢も見せず、さも当然というようにそう言い切った。
よくよく考えなくてもそうなるであろうことを一切考慮していなかった新九郎は、自身の浅はかさに悲しみの声を上げるのであった――――。
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