「はああああああああああ――――っ!」
「オオオオオオオオオオオッッッッッ!」
五玉が凪と新九郎によって討ち果たされる僅かに前。
現世から隔絶された荒涼の世界で激突する二つの虹。
超勇者剣奏汰と勇者の近似値、緋の大位煉凶。
まるで太陽フレアの如き灼熱を放つ煉凶の虹と、もはや決してぶれることのない至純の光と化した奏汰の虹。
その眩い輝きは、互いの心の有り様を映すように明滅と放射を繰り返し、いつ終わるとも知れぬ激突と交錯を続けていた。
「この世界の全部が――――凪や新九郎も、まちや江戸のみんなも――――何もかも幻――――もし真皇を倒せば、全部消えるってのか!?」
「そうだッ! 元より真皇様によって命を繋いだのは我ら位冠持ちも同じ。真皇様がその望みへと達すれば我ら鬼も現世の住人同様に消え去る定め――――!」
五玉が凪と新九郎に語って聞かせた現世の真実。
それを奏汰も煉凶との戦いの中で聞かされていた。
地獄も現世も共に真皇の生み出した世界であり、特に奏汰や凪が住む現世は完全に幻――――本来は実在しないはずの世界を、真皇の中に取り込まれた無数の勇者や亡者たちの無念が産みだしたものだと。
真皇を打倒すれば、真皇から生まれた世界である現世もまた共に消え去ると言うことを――――。
「だが真皇様は、あの日終わるはずだった俺と娘の時間を今日まで延ばしてくれた――――たとえそれが幻だったとしても――――俺はその恩に必ず報いてみせるッ!」
「そうかよ――――っ!」
煉凶がその虹色に輝く大剣を奏汰めがけて振るう。もはやその切っ先は遙か数万キロ先までを容易く両断し、秒単位で増大し続ける煉凶の極大のエネルギーは、大剣の軌道上に存在するあらゆる物質を因果地平の彼方へと吹き飛ばす。
しかし奏汰はその刃に抗わない。迫る破滅の一撃をただ見据え、一切の恐れを見せずにその刃へと手を添え、逸らし躱す。
僅かにその切っ先を逸らされた煉凶の刃は、漆黒の闇に燃えるような虹の弧を描いて地平線へと消える。そしてそれと入れ替わるようにして、奏汰の虹が煉凶めがけて肉薄した。
「でもそれじゃあ――――あの子はどうなんだっ!? あんたはそれでいいかもしれないけど――――あの子はそれで納得したのかっ!? あの子はこれから先もずっとあんたと一緒にいたいって、今だってそう思ってるんじゃないのかよっ!?」
「ぬうううおおおおああああああっ!?」
虚空の中で煉凶の眼前へと迫った奏汰は自身に寄り添う八つの虹を巧みに操り、紫色の障壁を張った煉凶の大剣を大きく弾くと、黄・銀・緑・白の順で煉凶の輝きに自身の輝きを叩きつけて相殺。不滅のはずの虹の輝きを大きく減衰させる。
「剣、奏汰――――!? お前は、この期に及んでまだ俺を救おうと――――!?」
「言ったはずだ! 俺は俺のやり方であんたも、あんたの娘さんも守ってみせる! 二人が真皇に助けられたっていうのなら――――今度は俺が、その続きを引き受ける――――ッ!」
その奏汰の攻撃に、煉凶は驚愕と共に戦慄きをその身に覚えた。
勇者の虹はその使用者に凄まじい負担を強いる技だ。たとえそれが奏汰であろうと、強靱な肉体を真皇から与えられている煉凶であろうと、虹の力に長時間身を委ねれば跡形も残さずこの世から消えることになる。
しかし、すでに奏汰は勇者の虹を完全に制御下に置いている。凪と新九郎。この世界に生きる二人と強固に繋がった翠の力によって、奏汰の虹はこの世界に受け入れられているのだ。
だが煉凶の虹はそうではない。
たとえその力の出力や特性はほぼ互角でも、煉凶の虹はかつて奏汰が膨大な負担と引き替えに発現させていた不完全なものだ。ゆえに奏汰はまず煉凶が自身の虹によって自滅するのを防ぐべく、その光を破壊しにかかる。
「まだだ――――! 俺は全てに負けない力を――――風音を守れる力を真皇様より賜った――――!」
「本当にそうなのか!? それならなんであんたは俺にあの子を預けたっ!? あんたが手に入れたその力であの子を本当に守れるってんなら、そんなことしなくていいはずじゃないのかよっ!?」
「ぐっ!」
灼熱と至純。二つの虹が再度激突する。
互いに無限上昇するエネルギーの渦の中、二つの虹は絡み合う蛇のように、龍のようにその輝きを増して虚空の中をどこまでも上昇していく。
「駄目なんだよ……! 俺はもう知ってる――――その虹は答えじゃない!」
奏汰の虹が輝きを増す。
それは、同じ虹の力を得たはずの煉凶をして戦慄するほどの圧倒的輝き。しかしその絶対的とも言える輝きの主である奏汰は、自身の脳裏にその光で救えなかった無数の者達の姿を思い浮かべていた。
塵異と零蝋、そして歯牙にも掛けず倒し続けた何百という鬼――――。
異世界でも、江戸で戦うようになってからも――――そして奏汰自身も。
眩く美しい虹の光は確かに多くを救ったが、救えなかった物もまた多かったことを、奏汰は誰よりも理解していた。
「ならば――――ならばどうすればいい!? 俺は真皇様の苦しみもまた知っている! 俺はあの闇の中で無数の悲しみを見た! 真皇様とて、好き好んで地獄に住む我らを滅ぼしたわけではない! ただ神々によってあの場へと招き入れられ、そこで与えられた役目を果たしていただけだ! 我ら幻の存在が、その道行きを邪魔することなど――――」
「知るかああああああそんなもんっ! それはこれから――――みんなで考えるんだっ! ここには俺より色々知ってる人がいっぱいいるんだよっ! みんなで考えてみんなで頑張るんだ! もし煉凶さんが娘さんの気持ちを少しでも考えられるなら――――頼むからあんたも力を貸してくれええええええええっっ!」
「お、お前は――――!?」
もはや煉凶は奏汰の光を直視することができない。あまりにも強烈にその光量を増した光は、直視し続ければその瞳を焼き切ってしまうほどの凄絶さを見せていた。
「まさか……まさかこれほどとは……! だが――――」
真皇の持つ絶対的闇。全ての光を飲み込む究極の闇を知っている煉凶から見ても、この眼前で輝く奏汰の光はすでにその真皇の闇に比肩しうるかのように見えた。しかし――――!
「危ういな……超勇者。その光は、すでに一個の人の身で背負える限界を超えている――――そのような危うい光に、俺と娘の行く末を委ねるわけにはいかん」
不意に。その限界を超えた奏汰の光に照らされた煉凶が笑った。
先ほどまでの激情が嘘のように引き、覚悟を決めたかのように自身へと迫る光に大剣を構える。
「最後だ、超勇者。俺に残る全てを持って、お前が見せたその光――――俺と娘の行く末を委ねるに足るかどうか。真皇様の闇を誰よりも知る俺が、ここで見極めてやる」
その言葉と同時。煉凶はもはや自らの肉体が消滅するのも構わず、自身の虹を限界まで拡大して奏汰の光を迎え撃ったのだった――――。
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