『俺たち小位はこんな感じよ。大位の人らみたいな、世界をねじ曲げる力は持ってねェ。けど、まァ。ここでアンタらを殺せればそれでいいでしょ!』
漆黒の巨体をのたうち、全長数百メートルはあろうかという巨大な蛇の姿となった六業の、もはや軽薄さを感じさせぬ物言いが辺りに響く。
そしてその言葉と同時。大蛇のちょうど額にあたる部分に蠢く影が集まり、先ほどまで奏汰たちの前に立っていた六業の人型が生えてくる。
六業は奏汰たちを見下ろすようにして嗤い、その赤い瞳を見開いた。
しかもそれだけではない。先ほどまでホールのあらゆる場所から奏汰達三人に熱線の雨を降らせていた、小型の蛇たちも未だに健在だった。無数の蛇もまた、奏汰達をその縦に割れた赤い瞳ではっきりと捉え続けているのだ。
「へ、蛇です……っ! 蛇! なんて大きいっ!」
「見かけに惑わされてはいかんぞ新九郎! 位冠持ちは何をしてくるかわからぬ。奴らの手の内全てを砕くか、もしくは何もさせずに叩き潰すか! 二つに一つじゃ!」
「そんなの決まってる――――っ!」
瞬間、大蛇と化した六業の眼前に立っていた奏汰が動く。
「――――速攻でぶっ潰す!」
凄まじい勢いの加速と跳躍。常人ならばその場から消えたようにしか見えないだろう。
これは勇者の青ではない。勇者の力を使わなくとも、そのままで奏汰は100メートルを1秒で走り、一飛びで3000メートルの高さまで跳躍できる。この加速は、あくまで奏汰の身体能力によるものだった。そして――――。
「赤だ!」
『おおおっ!?』
一瞬で数十メートルの高さにある大蛇の額部分、六業の人型の前まで飛んだ奏汰は、その刀身を赤く輝かせた聖剣を横薙ぎ一閃。
奏汰の放った一撃はのたうつ大蛇の太い首ごと六業を水平に両断し、さらにはホールの壁面すら深く深く抉り取る。
だがしかし、奏汰に斬り飛ばされ中空に浮く六業は一瞬呆気にとられた表情を見せるもすぐにその瞳をギョロリと目の前の奏汰に向け、余裕の笑みを浮かべた。
『早いねェ! アンタ、何もかも早すぎンよ! そう慌てないでさァ。もっとじっくり遊ぼうぜェ!? なァ!?』
「こいつ!?」
中空に浮かぶ六業の体がばらばらに霧散する。否、正確には霧散したのではない。無数の小さな蛇となって四方へと散ったのだ。
驚く奏汰を、今度は後方で切断されたはずの大蛇の頭部と胴体が飲み込むようにして打ち据えた。
それはまさに肉の津波。切断された頭部はやはり無数の蛇と化して奏汰を飲み込み、凄まじい威力の鉄塊となって中空に浮かんだままの奏汰を弾き飛ばした。
「奏汰さんは僕がっ! 凪さんっ!」
「がってんじゃ!」
それを見た凪と新九郎が動く。奏汰には及ばない物の新九郎と凪の身体能力もまた人知を越えている。
新九郎は目にもとまらぬ加速で大地を蹴ってホールの壁面に飛ぶと、そこからさらに三角飛びの要領で跳躍。
六業に弾かれた奏汰が壁面に叩きつけられるより前に奏汰の体を空中で抱き留めると、そのままくるくると回転して勢いを殺し、ほぼホールの天井部分に天地逆となって着地する。
そして凪。凪は奏汰と新九郎を一瞥もせずに一条の弾丸となって蛇の群れに肉薄すると、握り締めた赤樫の棒を器用に片手で高速回転させ、さらには自身の周囲に展開した符を赤樫の棒に纏わせる。
「神式――――祓之四! そして祓之二じゃ! てえええええいっ!」
気合い一閃。凪は飛び込んだ勢い全てを乗せて、蛇の群れめがけて高速回転させた赤樫の棒を投擲する。
神気を纏い、白銀の閃光となった赤樫の棒はその軌道上に存在する無数の蛇を砕き、祓い、焼き滅ぼしながら突き進む。
「こっちじゃ!」
投擲された棒が群れを貫通したことを見て取った凪は自身と棒で群れを挟む位置へと移動。
その小さな手首をくいとしならせて返すと、輝きを纏った赤樫の棒は生き物のように再び蛇の群れを打ち砕きながら凪の手元へと帰還した。
『アーハハ! まだまだ! その程度じゃ痛くもかゆくもないンだよなァ?』
「ちいっ! これは結界が欲しくなるのっ!」
恐らく今の一撃で凪は百を超える蛇を滅ぼしただろう。しかしその周囲に蠢く蛇の影は僅かにも減ったように見えなかった。
蛇の群れはすぐさま凪を包囲して一斉にその赤い瞳を輝かせ、逃走不可能の熱線を放とうとする。しかし――――!
「陽炎剣――――威風! 清流剣、逆灯!」
「出力30パーセントッ! 必殺! 勇者の赤ああああああああ!」
凪を守るべく、ホール上空へと退避していた奏汰と新九郎がその場に凄まじい威力の一撃と共に降下。新九郎の燃えるような紅の斬撃と、波すら立てぬ流麗な銀閃が同時に翻り、凪を囲む蛇の群れが一瞬にして塵芥へと変わる。
そこへ追い打ち、奏汰の勇者の赤が発動。正確に凪や新九郎を巻き込まぬように展開された豪炎の火柱が爆発し、すでに新九郎によって刻まれていた周囲全ての蛇を跡形もなく吹き飛ばした。
『やるねぇやるねぇ! やるじゃんねぇ!?』
「はわわっ!? 全然効いてないっ!?」
しかしその炎の向こう。見上げるほどの巨大さとなった黒い蛇の胴体がのたうち、勇者の赤による炎をかき消しながら三人へと迫る。
集積も拡散も思うがまま。
この変幻自在の柔軟性と即応性こそが黄の小位、六業の持つ真の戦術だった。
「ふんぬううううううううおおおおっ!」
『はあっ!?』
だがしかし、大蛇による超質量の一撃は三人の前でぴたりと止まった。奏汰がその両足を大地に踏ん張り、全身に七色の光を漲らせながら手を突き出して無理矢理止めたのだ。
恐らくそれは、現代でいう列車の最高時速からの激突すら上回るであろう衝撃。しかし奏汰は全身の骨を軋ませ、筋繊維が悲鳴を上げ、その両足を中心として蜘蛛の巣状の亀裂が岩盤に走りながらもその一撃を受けきった。さらに――――!
「この機、逃しはせぬっ! ――――万象一切成就祓!」
「続きます! 清流剣――――春雷!」
『舐めてンじゃねえええええッ!』
刹那、凪の放った白銀の領域と新九郎の雷鳴にも似た鋭角の軌道。そして六業の赤黒い瘴気が交錯。しかし僅かな拮抗の後、凪と新九郎、そして奏汰は蹴り飛ばされた小石のような軽々しい勢いで、はるか後方の壁面へと叩きつけられた。
「いっつつ……!」
「ぐぬっ! こやつ、本当に小位か……?」
「がはっ! けほっ! つ、強い……! これが位冠持ち……っ!」
『俺さァ……こう見えて結構友情とか恩返しとかそーいうの、大事にすンだよ。姉さんにも言ったけどさァ……塵異サンは俺を小位にしてくれた大恩人だったんだよなァ……。つまりさ……俺も今回ばかりはとっくにキレちまってんだよなァ!』
集積した無数の蛇の上。その体躯にいくつかの傷を受けた六業が人の型を取り、その形相を怒りに歪める。
「……俺が」
そんな六業の姿を見た奏汰は自身の聖剣を握り締め、逡巡する。
六業は確かに強い。だが勇者の銀、もしくはその更に上の力を使えば決して倒せない相手ではない。
先ほど四の十六が目の前で撃たれた際も、かつての奏汰ならば即座に青や銀の力を発動していたかもしれない。しかし――――。
――――ごめんではない……っ! 本当に心配かけおって……! あれからまったく目を覚まさぬから、私も……どうしたら良いかと……っ――――
今の奏汰にそれを留めさせたもの。それは凪と交わした約束だった。凪が見せた涙だった。
奏汰は、もう二度と自分のことで凪を泣かせたくなかった。今後一切、彼女に悲しい思いを積み重ねて欲しくないとすら思っていた。ゆえに――――。
(考えろ! もっと考えるんだ――――! もう俺一人じゃない! 凪と新九郎――――俺たち三人でやるんだっ!)
自身の中に眠る銀と、その向こう側にある光をそっと押さえ込み、奏汰は再び決意を固める。
だがその時である。そんな悩みに悩む奏汰の傍に、もそもそと四つん這いの格好で新九郎がすり寄ってきたのだ。
「奏汰さん……っ! ちょっといいですか? 実はですね、ひとつ試して欲しいことがあるんですが……!」
「試して欲しいこと? 本当に大丈夫なのか?」
「ふ、フッフッフーン! 大丈夫です! たぶん上手くいきますよっ! この天才美少年剣士である僕を信じて下さいっ!」
新九郎はそう言ってキラキラと自身の両目を輝かせると、泥と砂にまみれてもなお美しいその顔に自信満々の笑みを浮かべた――――。
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