「勇者の力――――それは、神々が創り出した究極の兵器です」
その時、凪の耳に女神オペルの言葉は届いていなかった。
自分の鼓動も、呼吸も、なにも聞こえなかった。世界は色を失い、全身から力が抜けるのを感じた。
嘘だと。
何かの間違いだろうという、否定の言葉すら発することは出来なかった。
かつて、幼い凪の身に降りかかった極大の喪失。その喪失とは別種の、自身の半身を気力ごと根こそぎ奪われたような感覚だった。
「神は自らの力を超える災厄――――魔王や邪竜といった存在に対抗するため、人のもつ意志の力の利用しました。強い善性を持つ人間の心に力の種を植え、やがて神をも超える力に育つよう仕向ける――――」
その小さな背に背負う風音を落とさないようにするので精一杯だった。
凪は糸の切れた人形のようにその場で目を見開き、地面に膝を突いていた。
「――――しかしその種は、与えられた人の生命力を力の対価として求めます。七つの勇者パワー全てに覚醒するほどの存在は、保持しているいる生命力も膨大です。本来であれば、力の使いすぎによって自滅することは稀――――だから神々は、世界を救った勇者を処分するために真皇を生み出しました」
神――――また神だ。
「ですが奏汰――――貴方は違う。貴方は余りにも強くなりすぎた。真皇の闇には、無数の異世界で魔王を倒せずに途中で力尽きた勇者の魂も処分されています――――真皇の内部には数億人を超える勇者の力が囚われている。貴方はたった一人で、億を超える勇者の力に拮抗しようとしているのです――――」
奏汰にそうさせたのは神だ。奏汰は最初から一度たりとも戦いたいなどと、その力を使いたいなどと欲したことはなかった。
その力を使わなければ生き残れないように、願いを叶えられないように仕向けた。
「勇者の虹――――そして虹すら超える今の貴方の力に勝る者は、もはや無数の異世界全てを探しても存在しないでしょう。しかしそれと同時に、その大きすぎる力は本来尽きるはずのない貴方の命を瞬く間に削り取っていたのです――――肉体の傷は癒やせても、魂の総量を癒やすことは――――神にも不可能です」
今この時も――――その存在は自分たちををどこからか見ているのだろうか。
その存在を凪が見ることはできない。しかしそれでも、その存在が何を考えているのか。それは凪にも手に取るように分かった。
一人の少年に全てを押しつけ、自分たちの手に負えない力で、手に負えない力を処分する。
そのためなら僅かな命など、人々の営みなどどうでも良いと――――必死に戦う一人の少年の願いなど、どうでも良いという思考が透けて見えていた。
「私がこの世界へとやってきた時、貴方の命の総量は目に見えて半減していました――――その減少速度は日を追うごとに、加速度的に増していきます。力を使えばその総量に応じてすぐにでも――――例え力を使わずとも、もはや半年と生きることはできないでしょう」
女神から告げられる無慈悲な宣告。
凪は、自分でも驚くほどのぎこちなさで隣に立つ少年へと目を向けた。
奏汰は大丈夫かと、他人である自分ですらこのような有様に陥る事実に、果たして奏汰は耐えられるのかと凪は危惧した。
支えなくては――――。
たとえ誰が奏汰のことを見捨てようと、諦めようと――――自分だけは、今までもずっとそうであったように――――奏汰の力にならなくては。
凪は刹那の間、必死に様々な励ましの言葉を想起しようとしたが――――結局、どれ一つとして口に出すことは出来なかった。
そして――――。
「そうか――――わかった」
奏汰はただ一言、そう言って笑った。
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