勇者商売

異世界から帰ってきたら江戸時代だった
ここのえ九護
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第五章 鬼の見る夢

その剣は一つ

公開日時: 2021年6月13日(日) 18:27
文字数:2,243


 闇――――。


 四の十六。全身さび付き、六業ろくごうによってその機能の中枢を穿うがたれた巨躯の鬼。

 

 今の彼に見えるもの。それは、どこまでも広がる闇だった。


 すでに辺りが明るくなっているのはわかっていた。

 目は見えずとも、他の感覚器が周囲の光量を四の十六の脳内に伝えていた。


(猫、がいる――――?)


 四の十六は通常の視界がさえぎられた闇の中で、小さな生体反応とらえた。

 その小さな猫は四本の足でよちよちと歩き、首をかしげて彼がいる広いホールを見上げている。

 

 今の彼に、どうしてここに猫がいるのかと疑問に思う力は残されていなかった。

 まもなくその生命としての機能を終える彼が最後に思ったもの、それは――――。


(危ない。こんなところにいたら、君も怪我をしてしまうよ――――)


 四の十六は消えゆく意識の中でそう思った。


 彼に残された感覚器は、すでに動くこともままならない彼の周囲で激しい戦闘が行われていることを伝えていた。


(助け、ないと――――。あの子を、逃がして、あげないと――――)


 もはや混濁こんだくしきり、自我すら定かでない意識の中。

 四の十六に残された、最後の力に火が灯った――――。



「――――わかった、新九郎しんくろうのそれでやってみよう! なぎ! それでいいか!?」


「がってんじゃ! いつでもよいぞ!」


『アーハハ! なんか面白いことでも考えたかい? そんなヒソヒソ話してないでさァ、良かったらソレ。俺にも聞かせてくンない? なァ!』


 広大なホールの壁面へと叩きつけられ、追い詰められた奏汰かなた達。bなめらかな石材で作られたホールの壁を背に、凪と新九郎は奏汰を中心としてその身を寄せ、三人同時に身を屈めた。


「では――――! 奏汰さん、お願いしますっ!」


「行くぞみんな! ――――勇者の白だっ!」


『アレ!?』


 瞬間、三人の姿が六業の視界から完全に消える。六業はもはや油断などしていない。自身が持つ全ての力を使い、全神経を集中させて奏汰達に意識を向けていた。にも関わらず、奏汰達の姿を完全に見失ったのだ。


「神式――――祓之一はらえのはじめ!」


清流剣せいりゅうけん――――白波しらなみ!」


『ハァ!?』


 六業の目が驚愕きょうがくに見開かれる。その声と気配、そして凄まじい威力を持つ凪の一撃と新九郎の斬撃は背後から叩き込まれた。


『ガッ!? は、やい!? ちが……エッ!? なんだソレッ!?』


 六業の肉体が一瞬で無数に切り刻まれ、さらには凪の持つ赤樫あかがしの棒によって叩き潰されて大きくきしんだ。六業はすぐさまその全身を無数の蛇へと転じ、その場から離れようとする。しかし――――。


「奏汰さん! 鬼が逃げましたっ!」


「任せろ! 斬るのは頼んだっ!」


 小さな蛇となって四方へと散った六業の肉体。しかしその数え切れないほどの蛇の中に、僅かに傷を負った蛇の一群が固まる領域が存在する。それこそが六業の中枢だった。


 しかし高速戦闘を行う中でそれを見分けることは、どのような達人にもほぼ不可能に近い。だが六業が既に傷を負っているということは――――。


「白だ!」


『ギエ!?』


「白っ!」


『ギャッ!?』


「白ーッ!」


『オゴベエエエエッ!?』


 そこからは余りにも一方的な展開だった。


 現れては消え、現れては消える奏汰達三人と、どんなに細かく、変則的に動こうとも逃れることができない六業。


 奏汰の聖剣によって僅かな手傷を負っていた六業は、その傷の場所へと転移する力を持つ勇者の白から逃れることができなかった。


 奏汰が今まで勇者の白を戦闘で使用しなかったのは、勇者の白で瞬間転移した直後に、自分では攻撃することができない隙ができるからだった。


 たとえ敵のいる場所に一瞬で移動出来ても、その後で何も出来なければ意味は無い。それこどろかその隙は致命的な弱点となってしまう。

 それゆえに、奏汰は今まで勇者の白を戦闘で使おうという発想に至らなかった。だが、今は違う――――。


「これでしまいじゃ! 新九郎よ、決めるのはお主に任せるぞ! ――――神式、祓之四はらえのしっ!」


「頼む、新九郎っ!」


「はいっ! ――――徳乃新九郎、参りますっ!」


 今、奏汰にはこうして彼と共に刃を振るう仲間がいる。奏汰が勇者の白を使った直後、自分自身では動くことができないその一瞬に、凪と新九郎は即座に目の前の六業へと襲いかかり、間断かんだんなく深い傷を与え続けていった。


 新九郎の持つ長短二刀の周囲に凪の神符しんふが展開され、その刀身が白銀の光を帯びる。

 裂帛れっぱくの気合いと共に飛び出した新九郎は、その右手に燃えさかる炎を、左手に水面に落ちる水滴のような静謐せいひつさを秘めて宙を駆ける。


『ガ……っざけんな……! ざけんなッッ! ふざけるんじゃ……ねえええええッ!』


 だが迫り来る最後の時、六業は残された力を振り絞り、周囲の蛇に自分もろとも熱線を放つように命じた。

 奏汰達が現れるのは常に自身の傍。それが分かっていれば迎撃することも容易い。しかし新九郎と凪は六業の覚悟すらも無情に打ち砕く。


 凪が周囲に展開した結界は自身と奏汰めがけて放たれる熱線を弾き返し、すでに二刀を最高速まではしらせた新九郎は降り注ぐ熱線全てをさばき抜いた。


天道回神流奥義てんどうかいしんりゅうおうぎ――――流華火ながれはなび!」


『ガア……ッ!?』


 豪炎と流水。さらには神代のはらえを宿した二条の剣閃けんせんが傷らだけの六業の肉体を泣き別れとした。

 宙を駆けた新九郎は六業を振り返ることもなく二刀を振り払うと、流麗りゅうれいな所作で――――。


「うひゃああ! 成敗っ! 成敗です! やりましたああああっ!」


 だが新九郎が立派だったのはそこまで。


 残心ざんしんも刀を収めることも忘れ、新九郎は後方にいる凪と奏汰に目を輝かせて振り向くと、そのまま謎のドヤポーズを決めて地面に落下していくのであった――――。

 

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