全ての終わり。
それは、あらゆる存在に平等に訪れる。
一人の少年が無限に広がる世界の片隅で発した慟哭。それは光速を遙かに超える速度であまねく全てへと伝播し、なにもかもを打ち砕く無へと堕ちた。
果たして。少年がその真実に耐えられなかったことを、誰が責められるだろう?
たとえ神を超える力を持とうと。
たとえどんなに多くの命を救おうと。
少年は若く、未熟な心の器を持つ一個の人だった。
何度も壊れ、ひび割れたその儚く小さな器。
初め、少年は一人で必死にその器が壊れぬように支えていた。
やがてその少年を想う人々が集い、共にその器を支えた。
大勢の命が、少年の心の器を支えるために手を差し伸べた。
ただ一人の器には到底集うはずもないほどの願いが、その器を支えた。
壊れてはいけないと。
崩れてはいけないと。
いつか、少年の願いが叶いますようにと。
少年は嬉しかった。
その想いに応えたかった。
もっと――――。
どこまでも、誰かのためにありたいと。
大切なみんなのために、自分の力が在れるようにと願った。
それは――――願いの螺旋だった。
誰かの願いが少年を、少年の願いが誰かを。
互いの願いが互いの幸せと平穏を願い、循環していく光の螺旋。
いつしか少年は、自らが生み出したその光の中にいた。
だから――――。
だからこそ――――凪を見捨てることはできなかった。
闇の中で少年の帰りを待つ少女を――――置いていくことはできなかった。
たとえその先に、自身を破壊する真実が待っていようと。
それが、彼にとっての最愛との別れであっても。
少年は自らが生み出した願いの螺旋を守るために、少女の手を取ることを選んだ。
そう――――少年は、少女の手を取っていた。
少年は最後まで救っていた。
闇の中で泣く少女を支えるために走っていた。
ならば――――今この闇に堕ちようとする少年に。
残酷な真実に打ちのめされ、その存在を失おうとしている少年に。
「奏汰――――っ!」
手を差し伸べる者は。
「奏汰さん――――っ!」
共にあろうとする人々は。
「何をしている――――超勇者よ!」
「剣様――――!」
「カナっち――――!」
「剣――――!」
たとえどんな漆黒の闇の先であろうと、決して少年を一人にはしない。
なぜならそれこそが、少年がその人生において紡いだ願いの螺旋。
少年の決断と勇気が導いた、願いの帰結なのだから。
「みん、な…………ぁっ!」
少年が――――奏汰がその瞳を再び開いた時。
すでに少年は一人ではなかった。
「約束したのじゃ……! 私は……絶対にお主を一人にはせぬと……っ! 約束したのじゃーーーーっ!」
「僕だってそうです……っ! こう見えて僕はそーとうに寂しがりなのでっ! 奏汰さんが嫌だって言っても、どこまでもずーーっとお供しますっ!」
凪と新九郎が奏汰の両の手を握り締め、互いの温もりを確かめるようにその身を寄せた。
「ホホ……私共だけではとてもここまではこれませんでした。異界の女神様の御力と外にいる勇者さん方のお陰です。外では今も、皆が剣様の帰りを待っているのですよ」
「フハハハハハハ! どうせこうなるだろうと思っておったわ! 故に余は四位冠の一人を生け捕りにした上で凄惨な拷問を施し、我が忠実な僕としてこの場への介入の手助けをさせたのだッッ! まあ――――あの駄女神も少しは役にたったがなッ!」
「もう外には理那も蓮さんも来てるンだっ! みんなカナっちがぶちかますのを待ってる! カナっちが戻ってくンのを信じてっからさァ!」
「ハッ! 俺は止めとけって言ったんだがな。こいつら全員、最後までお前と一緒に戦うって言いやがって俺の命令なんざ聞きやしねぇ――――大した奴だよ、お前は」
玉藻も、ラムダも、六郎も、四十万が率いる現世の百を超える精鋭たちも――――皆その全てが奏汰のために、奏汰を救うためにどこまでも深い闇の中のその身と心を投じていた。
しかもそれだけではない。
彼らの周囲には、今や万を超え、億を超える数の無数の光が集っていた。
『そうだよ超勇者――――君は、僕たち勇者の最後の一人なんだ。僕たちも力を貸す。君を助けるために。全てを救うために』
「この声――――まさか――――?」
「アナムさん――――っ!」
その光の正体――――それは、新九郎の優しさによってその心を取り戻した、真皇の中に囚われた勇者たちの光だった。
そしてその光こそ、先ほどまで必死に奏汰を救おうと闇から手を伸ばし、奏汰の心が砕けぬように今この時まで守り続けていた、真皇闇黒黒の本当の姿。
『ようやくわかったよ――――君は僕たち勇者の中で、誰よりも多くの命と手を繋いだ勇者だったんだね――――だから、君の光は誰よりも強かった――――』
「みんなと…………?」
もはや闇は晴れていた。
奏汰の心は深い傷を負っていた。今もまだその心は母が迎えた最後の姿によって、なんとかその形状を維持している状態だった。
しかし――――しかしそれでも、奏汰の心は砕けることはなかった。
今まで奏汰自身が何度となくそうしてきたように、その手を繋いだ大勢の命が、奏汰の心が砕けぬようにその手を差し伸べていた。
『聞こえるだろう――――? 君の幸せを願う、君の中にいる人々の声が――――』
「みんなの声――――っ! そうか……俺の中にもっ!」
光から暖かな声が届く。
その声に教えられた奏汰は、自らの内から響く大勢の声までをも聞いた。
それは異世界の女神オペルがこの地へと持ち込み、奏汰の命を支えるために奏汰と一つになった異世界の命の願いだった。
それはあまりにも眩い輝きだった。
その輝きの中、いつしか奏汰は泣いていた。
ぼろぼろと涙を零し、しかし心の底からの笑みを浮かべながら、自分が今までにその手を取ってきた大勢の仲間たちの姿を見回した。
そこには全てがあった。
奏汰がそうありたいと願い、胸を張り、間違えながらも懸命に進み続けた――――その全ての帰結がそこにはあった。そして――――。
「凪……新九郎……」
奏汰は最後、自身の手を握る二人の少女の眼差しをまっすぐに見つめた。
そして力強く二人へと頷くと、奏汰はその手を確かに握り返した。
「よし――――っ! みんなでやろう! 全部、俺たちの願った通りにっ!」
「がってんじゃ! 奏汰よっ!」
「はいっ! やりましょう、奏汰さんっ!」
奏汰と凪と新九郎。
まだ年若く、未熟ながらも最後まで決して互いの手を離すことのなかった三人はそう言って目を見合わせると、天上に輝くただ一点を見上げる。
三人は今も全てを見つめる最後の存在を見据え、その場に集ったあまねく願いと共に、一条の光芒となって天へと昇った――――。
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