生い茂る木々に囲まれた神代神社の境内。
季節はすでにじっとりと汗ばむような時期になろうとしていたが、木々によって直射日光が遮られ、緩やかな木漏れ日となって降り注ぐこの場所はまだどこかひんやりと肌寒い。
そんな神代神社の境内の一角に、大層立派なご神木の前で相対し、裂帛の気合いと共に激しく竹刀をぶつけ合わせる奏汰と新九郎の姿があった。
「ここですっ! 清流剣、臥龍っ!」
「ぐわーーっ!」
交錯する二つの影。長短二本の竹刀を持った新九郎がすれ違い様に奏汰の腰と手首を同時に打ち据え、奏汰が持つ一本の竹刀を地面に叩き落す。
「ふぅ……これで一本ですね。どうですか奏汰さん!? これが僕が父から学んだ天道回神流の基本の型ですっ!」
「本当に凄いな!? 俺が今まで戦ったことのある剣士って、みんなむちゃくちゃ動くか全然動かないかのどっちかだったんだけど、新九郎の剣は二つが同時にくる!」
「フ……フフフフ!? フンフンフーン!? そうでしょうそうでしょう!? 静と動、相反する二つの動きを同時に行うことこそ天道回神流の極意っ! そして若くしてその天道回神流の皆伝を持つ天才剣士、それがこの僕ですっっっっ!(ドヤッ!)」
「おおーーーーっ!?」
見事奏汰から一本を取り、得意満面のドヤ顔で胸を張る新九郎と、目を輝かせてぱちぱちと拍手する奏汰。
新九郎がドヤるのはいつものこととはいえ、実際に早朝から始まった二人の打ち合い稽古で、奏汰はまだ一度も新九郎に有効打を与えることが出来ていなかった。
「にゃはは! さすがじゃな新九郎。奏汰がお主を剣の師に選んだときは正直不安だったんじゃが。なかなかどうして、良い先生っぷりじゃの!」
「えへへ……そうですかっ? やっぱり凪さんもそう思いますかっ!? いやぁ、ここまで来ると、あまりにも恵まれた自分の才能が怖くなりますよっ! わはは!」
そこに境内の片付けを終え、遠目に二人の稽古を見守っていた凪が持ってきた手ぬぐいを二人に手渡した。
神社の境内は外と比べればひんやりとしていたが、すでに数時間通して稽古を行っていた二人は汗だくになっている。
「実は町で最初に新九郎の剣を見たとき、俺に足りないのはこれなんじゃないかなって思ったんだ。前にいた世界でも何度かそう思うことはあったんだけど、教えてもらう時間がなくてさ」
「フッフッフ……! 奏汰さんのそのお考えは素晴らしいですよっ! 僕も奏汰さんの戦いを間近で見て凄いとは思いましたけど、あまりにも無駄な動きが多すぎます!」
「まあの……。しかもその上、少々の怪我などお構いなしときておる。そんな戦い方では命がいくつあっても足りんぞ……もっと自分を大事にして欲しいのじゃ……!」
「うぐぐ……ごめんなさい。反省してる……」
得意げな笑みと共に奏汰の欠点を指摘する新九郎と、それはそれは本当に辛いとばかりに眉を顰めて呟く凪。
その態度こそ違うものの、二人から同じ欠点を問題視された奏汰はしゅんと肩を落として頭を下げた。
事実、奏汰はすでに異世界で大魔王と戦っていた頃から自身の弱点には気付いていたし、仲間たちからも何度も指摘されていた。
しかし狡猾で邪悪な大魔王は奏汰にその欠点を修正する時間を与えなかった。
間断なく、切れ目無く刺客を送り続け、奏汰が少しでも強くなるような要素はできる限り潰して回った。
結局、そのまま奏汰は自分自身の力任せの戦い方を異世界で最後まで修正することが出来ず、今に至ってしまったのだ。
「――――それでですね。僕の天道回神流なんですが、先ほども言った通り静を司る清流剣と、動を司る陽炎剣の二つの流れがあるんです。僕や父上は二刀を扱うことで、その二つの動きを左右同時に、かつ別々に放つことができます」
「うんうん……実際戦ってみると動きも読み辛いし、途中でぐにゃぐにゃする」
「はい。でも奏汰さんはずっと一刀流で戦ってこられたでしょうし、奏汰さんの強みは体術の強さにもあると僕は思うんです。なので、無理に天道回神流の型を当てはめるよりも、基本の体捌きや呼吸、受け攻めの掛かり方をまずは重視しようかなと……」
凪から渡された手ぬぐいで上気した肌に浮かぶ大粒の汗を拭いつつ、新九郎は奏汰の肩や腕に自身の手を添え、基本となる構えを簡単に二人に説明していく。
「しかしなんともあれじゃな。新九郎よ、お主他のことは存外にポンコツじゃが、いざ剣のこととなると相当に頼りになるの。奏汰共々、改めて私からも礼を言わせて貰うぞ」
「でもさ、いきなりこんな無理言って新九郎は大丈夫だったのか? 新九郎ってたしか討鬼衆とかいう人たちの見習いなんだろ? そっちの仕事とかは?」
「あっ! そ、それは全然! 大丈夫ですっ! 四十万さんにもちゃんと許可取りましたし、父上からもお二人の力になるようにって言われましたしっ!」
だがそこで奏汰の発した当然の疑問に、なぜか新九郎は突如として焦ったように頬を染め、わたわたと目を逸らして心配ないと必死に弁明した。しかし――――。
「そっかそっか! 迷惑じゃないなら良かったよ! それじゃあ、これからもよろしくな! 師匠っ!」
「は、はわわっ……はわわわ!?」
ついついぴったりと身を寄せ合って奏汰の手を取っていた新九郎は、不意に間近で向けられた奏汰の笑みに石化したように硬直すると、耳先まで真っ赤にし、弾かれるようにしてその場から後方に飛び退いた。
「ちょ、ちょ、ちょっと顔洗ってきますーーーーっ!」
そのままぐるぐると目を回し、稽古中よりもその美しい顔を上気させた新九郎は、そのまま脱兎の如く境内裏の水桶めがけて走り去ってしまう。
その場に残された二人は、突然の新九郎の慌てようになんのことかと目を見合わせ、呆然と去って行く小さな背を見送ることしかできなかった。
「……いきなりどうしたんじゃ新九郎は? 相変わらず掴み所のない奴じゃの?」
「まあ、最近結構暑いからな! 俺も後で顔洗ってこよっと!」
「にゃはは! なら私もそうするのじゃ!」
そう言って笑い合う凪と奏汰。あまりにも平和で穏やかな神代神社を巡る季節は、間もなく本格的な梅雨時を迎えようとしていた――――。
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