「なるほど……剣術をな。それは確かに良い考えかもしれん。モギュモギュ……!」
「だろ? 今のままじゃさ、お前は倒せても鬼はキツそうなんだよな……ぷはーっ! お茶がうまいいっ!」
昼下がりの神代神社。
午前中で新九郎との稽古を終え、みりん漬けにされた焼き魚などで昼食を済ませた奏汰は、凪の家の縁側で巨大なドーナツ型謎生物――――大魔王と肩を並べ、凪の作った番茶を満面の笑みで飲み干していた。
「ぶぁぁぁかめぇぇぇ……ッ! かつての決戦でも、貴様が土壇場であのふざけたチート能力に覚醒していなければ余が楽勝の圧勝で勝っていたわっっっっ! ――――それで貴様……アレはまだ使えるのか?」
「……わからない。あれから試してない」
「そうか……」
そんな奏汰の隣。ドーナツ大魔王は思案するようにそのカタツムリ状に付きだした瞳を閉じると、自由自在に伸び縮みする両手を器用に使って湯飲みを口元に当てる。
「……凪とも無理しないって約束したし。もし使えても、出来れば使いたくないな」
「うむ……それで剣術というわけだな」
「そうそう! 新九郎もさ、凄く俺の事を考えて教えてくれてて――――」
大魔王と共になにやら深刻な表情を浮かべる奏汰。中身を飲み干した湯飲みを縁側におかれた折敷に乗せた奏汰は、何かを確かめるようにして自身のひび割れた手のひらを見つめた――――。
「あーはははは! お待たせしましたお二人とも! 父上から皆様へのご挨拶にと持たされた草大福です! どうぞっ!」
「ふぉぉぉお……っ! い、色々と貰ってばかりで悪い気がしないでもないのじゃが……草大福は私も好物なのじゃ! 遠慮なく全て頂くのじゃー!」
奏汰と大魔王。二人の雰囲気がやや暗くなりかけたその時。
タイミング良く意気揚々と胸を張る新九郎と、皿の上に乗せられた草大福に目を輝かせ、今にも飛びかからんばかりの有様の凪がその場にやってくる。
二人は今朝方新九郎が手土産にと神社に持ち込み、午後の菓子にしようととっておいた草大福を綺麗に取り分けて用意してくれていたのだ。
「おお、これは新九郎君。色々と気を使わせてしまってすまんな」
「いえっ! 僕の方こそ、凪さんと奏汰さんには危ないところを助けて頂きましたっ! これからも僕に出来ることであれば、なんでも力になりますよっ!」
「ありがとな、新九郎! 凪も準備してくれてありがとっ!」
「にゃはは。良いのじゃ良いのじゃ。今日はお疲れじゃったな、奏汰」
新九郎と凪は奏汰と大魔王にも草大福の乗った皿を渡し、四人はそのまま広々とした縁側に並んで座り、茶と大福に舌鼓を打った。
「でも驚きました……。まさか奏汰さんが別の世界から来た人で、しかも以前は影日向大御神様と敵同士だったなんて……」
「ククク……懐かしきことよ。あの頃は余もまだまだ血気盛んだった。見果てぬ夢と野望を胸に、全てに戦いを挑んだのだ!」
「俺が叩き潰したけどな!」
「そんな鬼と同じような事をしておればそうもなろう。完全に自業自得じゃな……」
もはや当時の威厳ある面影など欠片も残っていないドーナツ大魔王は、番茶に続いて爽やかなよもぎの香りが広がる草大福をもぎゅもぎゅと頬張りながら、当時を懐かしむようにして二つの目をくるくると回した。
「でもさ、なんでお前っていきなり改心して皆を守ろうと思ったんだ? お前って俺がぶち抜いた最後の時までずっと悪かっただろ?」
「うむ、それはな――――何を隠そう愛の力だッッ!」
「は?」
奏汰の疑問にその若干気持ち悪い両目をカッと見開いてそう言い切る大魔王。
しかし基本誰に対しても友好的な奏汰にしては珍しく、からかわれたと思った奏汰はそんな大魔王を心底イラつく奴とばかりに敵意剥き出しで睨み付けた。
「にゃははは! 落ち着け奏汰よ、影日向の話は真じゃ。この穴あき生ものは千年前にここで私のご先祖と恋に落ちてな、そのまま子まで儲けてすっかり居着いてしまったのじゃ!」
「なんだよそれっ!? じゃあまさか……凪は大魔王のっ!?」
「ほむ、その通りじゃ。私の目の色に青が混ざっておるのも影日向の血じゃろうな」
「な、なんだってーーーーっ!?」
突如として明かされた衝撃過ぎるその事実に、奏汰はその場に倒れんばかりに驚きを露わにする。しかもその隣でドーナツ大魔王は僅かに頬を赤らめていた。
「フハハハハハ! わかったか勇者よ! もし貴様が今後万が一凪と恋仲になり、夫婦にでもなろうものなら余は貴様のお父さんだ! その事実を努々忘れるでないぞ!? フゥーーーハハハハハ!」
「ぐぎぎぎっ! よくわかんないけどめちゃくちゃむかつく……! やっぱりここでまた潰した方が……っ!」
「そ、そうか……っ!? 奏汰さんと凪さんは、いつもここで寝食を共にされてて……。そ、そうですよね……」
なぜかその肉体を普段より巨大化させ、奏汰を見下ろすようにしてふんぞり返る大魔王に、奏汰は聖剣をその場に喚びだして斬りかかろうか本気の逡巡を見せる。
しかしそのさらに横には、なにやら難しい表情で一人しょんぼりとする新九郎の姿もあった。
「にゃはは。まあそういうわけでな、影日向もそれなりに頑張ってきたのじゃ。許してやってくれとは言わんが、もう暫くは茶飲み友達として話を聞いてやってくれんかの」
「く……っ。まあ……凪がそう言うなら。俺も大魔王に聞きたいことはまだあるし……」
凪になだめられ、渋々と言った様子で腰を下ろす奏汰。凪はそんな奏汰の頭をよしよしと笑みを浮かべて撫でると、そのまま自分の席に戻ろうとした。しかし――――。
「あの……。ゆうしゃさま……いますか?」
「!? 勇者っ!?」
その時、縁側に座る四人にまだ幼い少女の声がかけられた。
少女の発したゆうしゃというその言葉に真っ先に反応した奏汰は、閃光のような速さでその少女の目の前に瞬間移動する。
「はじめまして! 俺が勇者です! 俺になにか頼み事か!?」
「あ……あの……これ……鬼のことなら、なんでもって……」
奏汰のそのあまりの勢いに若干引きつつも、その少女はおずおずと一枚の紙を奏汰に差し出した。
そしてそれこそまさに、奏汰と凪が町で配り歩いた勇者商売の宣伝チラシだったのである――――。
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