次の朝。
紫色の空が朱に染まっていくころ、ふたりは山を降りた。
ふもとにはデンバーの言っていた通りに村があった。刈り終わった小麦畑を横目にしつつ、長い舗装路をゆく。少し小高い丘から見下ろした村の全貌は、お世辞にも垢抜けているとは言い難かった。しかしザナドゥは、自分が郷愁に駆られているのを感じている。
土壁で出来た民家も。
背の低い牧柵や雑多に置かれたワラ束も。
村の中央に建つ大きな鐘楼の三角屋根でさえ、あの日の教会を思い出させる。
田舎くさい湿った空気を胸いっぱいに吸い込むと、ちょっとばかり目頭が熱くなった。
だが――。
ザナドゥは村へ一歩足を踏み入れると、即座に異変を感じ取った。
「ひとがいない……」
そう。村は無人だった。人っ子ひとりいやしない。ばかりか、遠目には分からなかったが、村のあちこちに青々とした蔓が這っているのを見つけた。
よく見れば、その蔓の根元にうずくまった人影もある。
「まさかこれは――」
全身があわ立つのを覚えたザナドゥは、マントの下から愛銃を取り出し咄嗟に構えた。すると背後からもはや聞き慣れた、あの優しげな声がする。
「偶然だと思っていましたか?」
それは昨夜に自らが彼に問いかけた言葉だった。
「デンバー?」
丸眼鏡の向こう側。鈍い光を宿した瞳は、必要以上に開いている。そして昨日から繰り返し気にしている首元を、さらに激しく掻きむしっていた。
「あのかぼちゃ頭――どうにもあなたにひどくご執心のようでして。種を植え付けられてからというもの、あなたをここに誘いこめと頭の中で声が響くんですよ。何度も……何度も……何度も何度も!」
まるで野獣の咆哮か。
突如雄たけびをあげたデンバーの首元が裂け始めた。中から現れ出でたのは、巨大な花弁を持った純白の華。全身は瞬く間に淡緑色に染まってゆく。
顔から突き出た無数の棘が、トレードマークの丸眼鏡をはじき飛ばす。
そこにはもうデンバーと呼ばれていた人物はいなかった。
「クッ――!」
振り上げられたデンバーの右腕はまるで大樹の枝のようであった。それをそのまま大地に振り下ろす。ザナドゥは勢いよく飛びのいて、一撃目をかわした。
それが合図であったかのように、村のあちこちで崩落が起こる。原因は大地から出現した巨大な木の根である。
ザナドゥには嫌でもあの光景を思い出させた。
デンバーの攻撃はさらに続く。そして荒れ狂う木の根が彼への接近を阻んだ。
「舐めんじゃ……ないわよ!」
しかしザナドゥも歴戦の勇士である。かつて右腕を失った幼少時代から、くぐった修羅場の数が尋常ではない。
左手には山小屋から持ち出した鉈があった。それを逆手に構え、行く手を阻む蔓や枝を振り払う。そしてついには巨大な一輪の華と化したデンバーの姿を捉えた。
義手で握り締めた拳銃を、かつてはデンバーの顔であった部位へと突きつける。
「……シチュー、おいしかったよ」
引き金をひいた。
刹那、ザナドゥには彼がわずかに微笑んだように思えた。
弾け飛ぶ花弁とデンバーの身体。
ザナドゥは間髪を入れずに走り出した。
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