「ジャック・オー! どこだ!」
次第に『実り』に飲み込まれてゆく村で、ザナドゥの怒号が響きわたる。
彼女を捕まえようと激しくうねる蔓を切り裂いて、ザナドゥは民家の屋根伝いに移動した。そして見つける。あの異形の人型を。
ジャック・オー――さまよえる鬼火の伝承になぞらえて呼ばれるそれは、この村で一番高いところにいた。
いまや大樹の幹にとりこまれた鐘楼の三角屋根の上。
まるでザナドゥをあざ笑うかのように、種を蒔き踊っている。山中で遭遇したときもそうだったように、拳銃の間合いではないことを知っているのだ。
しかし彼女は進撃を止めない。
行く手を阻む植物たちを鉈でなぎ払うと、開けた場所へ躍り出た。崩落した建物の残骸のおかげで、まだ植物たちが侵食しきれていない。ザナドゥはわずかな隙を見逃さず、山小屋から持ち出した猟銃を構えた。
狙うは不気味に踊り狂うかぼちゃ頭だ。まずは命中率を優先して、動きの少ない胴体を狙う。
「当たれぇ!」
鐘楼の屋根へと吸い込まれるようにまっすぐ放たれた猟銃の弾丸は、しかし標的であるジャック・オーを捉えることは出来なかった。鐘楼の建屋を覆う太い幹が、まるでダイオウイカの触手かのように動いて弾道を阻んだのである。
だがザナドゥも負けてはいない。
一発目の狙撃のあと、続けざまに次弾を撃っていたのだ。二発目の弾丸は見事にジャック・オーの胸元を貫通。ザナドゥはかぼちゃ頭が屋根から落下していくのを確認した。
直後、鐘楼の崩壊がはじまる。
鳴り響く鐘の音が、ザナドゥの胸を締め付ける。
それでも彼女は走り出した。
悲しい思い出と決別するために。
すでに瓦礫の山となった鐘楼跡に、その姿はあった。ボロボロのタキシードを着込んだ奇妙なかぼちゃ頭の人影である。
ザナドゥは用心深く接近した。ジャック・オーはピクリとも動かない。
拳銃を構えた義手が、無意識に軋りを上げている。
瓦礫に埋まった植物たちはすでに動きを止めていた。
あと数歩。
ザナドゥの華奢な脚が近づけば拳銃の射程となる。
「――!」
物陰から何かが飛び出し、ザナドゥを強襲する。咄嗟に繰り出した錆びた鉈が、一本の枯れ枝を捉えた。それはまるでサソリの尾のように梢をもたげ、鋭い先端から植物の種を吐き出している。
ザナドゥはもう一度鉈を振り上げ、それにとどめをさした。力尽きた木の枝は、やがて本来の姿に戻る。そこにあるのは人骨だ。小さな小さな右手の骨。
「デンバーに種を植え付けたのはおまえだったのね……」
ザナドゥは震える義手を生身の左手で制するようにそっと触れた。
そして決意を込めた瞳で瓦礫の山を睨みつけると、大きな鐘のそばに横たわるジャック・オーへと歩み寄る。
落下の衝撃は、彼女の想像以上に激しかった。頭部を覆うかぼちゃが半壊し『内部』がむき出しになっていたのだ。現れたのは遠い日の思い出。彼女の記憶の中だけにある優しい面影だった。
ザナドゥは「兄さま」と一言つぶやくと、ジャック・オーの瞳を閉じてやった。
鋼鉄の義手で愛銃を構え、その銃口をかつて兄と呼んだ男の額へと向けた。
ザナドゥの心に湿った風が吹く。
いつの間にかあたりは黒雲に包まれ、天は雨を降らせた。
崩れ去った瓦礫の上に小さなシミができる。気がつけば大雨になっていた。
それでもザナドゥは引き金をひくことが出来ないでいる。
だが――。
いつまでも、こうしているわけにはいかなかった。
死に掛けていたジャック・オーの身体がにわかに動き出す。
ザナドゥは引き金をひいた――。
乾いた銃声は雨音でかき消され、大気に溶けていった。
激しい雨がザナドゥの華奢な身体を打ち付ける。
彼女の胸裡に在りし日の家族の笑顔が通り過ぎた。
やがて雨がやんだとき、ザナドゥの目の前は純白の華で埋め尽くされていた。
村を襲った秋の『実り』はこの地にしっかりと根を張ったのだ――。
あれからどれくらいの月日が経ったか。
時は流れて世代は引き継がれて。
いつからかこの地は、ザナドゥ(桃源郷)と呼ばれるようになった。
〈ハーベスト!/了〉
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