次第に紅く染まりゆく森の葉に、訪れる秋の足音を聞く。
そんな季節だ。
ひとりの男がうっそうとした木々の間にひょろっとした長躯をうずめている。
ボサボサ頭に丸眼鏡。さえない男だ。
虫にでも刺されたのか、首の付け根辺りをしきりに掻いている。
男は節くれだった指できのこを採ると、背にした大きなカゴに投げ入れた。カゴの中にはきのこの他にリンゴや山ぶどう、イガをかぶった栗などが収まっている。
一見すると秋の味覚狩り。
だが本当に狩られようとしているのは――。
「う、うわあああ!」
蔓である。
木々の間から垂れ下がる植物の蔓が、無数の触手となって男の身体を持ち上げたのだ。痩せているとはいえ、大の男が軽々と宙に舞うという光景は、恐怖を通り越してもはや滑稽ですらあった。
枝ぶりのいい一本の大樹からぶら下がった男は、為す術もなく蔓に弄ばれている。
されるがままにしていると、やがて男の身体は幹の上へと運ばれた。
その先には、毒々しい黄色に彩られた一房の袋状になった巨大植物があった。
ウツボカズラ――そう呼ぶにはあまりに巨大で、凶暴で。
いわゆる捕虫袋にあたる本体は、ゆうに三メートルはあるだろうか。
蔓は力強い動きで男の身体をそこへと運ぶ。甘い香りを漂わせる強酸性の溶解液に満たされた捕中袋の口元へ。
「や、やめてくれえええ!」
男はあらん限りの声で叫んだが蔓は止まらない。あともう少しで男の身体が、お化けウツボカズラへと吸い込まれようとする、まさにその瞬間である。
一発の銃声が危機的状況を打ち破った。
木陰に隠れていた鳥たちは奇声をあげて飛び去り、おこぼれにあずかろうと伏していた獣たちも逃げてゆく。そして意志を持った蔓によって宙吊りになっていたひ弱な男は、落ち葉の絨毯が待つ柔らかな地面へと落下した。
一体なにが起こったのか――。
男がしばし混乱していると、シャツの襟元をむんずとつかまれ引きずられた。
「ぼーっとしない! 逃げる!」
声の主は続けざまに二発、手にした拳銃を放つ。
するとお化けウツボカズラは本体に穴をあけられ、溶解液を垂れ流しながら森の奥へと消えていった。無数にあった蔓もなく、あとにはただ静寂だけが残った。
「た、たすかった、のか?」
なかなか治まらない激しい動悸をこらえながら、男はようやく一言しぼり出した。そしてずれかけた丸眼鏡を掛けなおし、慌てて周囲を見渡すと『彼女』はいた。
燃えるような紅葉をバックに凛として立つそのさまは、まるで戦いの女神か。
迷彩色のプロテクターに身を包んだ彼女の表情は、まだ幼さを残してはいるものの、歴戦の勇士のそれである。肩口まで伸びた艶やかな髪と、大きな瞳が印象的で。
手には中折れ式の大型リボルバーを構えている。
だがその手は――銃を構えるその右腕は生身のそれではなかった。鈍い銀色の光を放つ無骨な意匠。そう義手である。
彼女はその義手をもって、一見華奢とも思えるような容姿からは想像もできないほどの武器を扱っているのであった。
「あ、あの――」
「シッ……」
彼女は男の声をさえぎり、銃を持たない生身の手――左の人差し指を口元にあてた。
そして銃口は森の奥深くへと向けられる。
うっそうと木々の重なり合う中で、唯一開かれた場所。まるでステージライトのように木漏れ日が幻想的に差し込んでいるところへと。
そこには一体の、かぼちゃ頭をした奇妙な人影があった。
ぼろぼろになったタキシードを身にまとい、酔っ払ったような動きで、あたりに何かを蒔いている。また肩には梢のようなものを乗せていた。それはあたかもクモやサソリのような節足動物を連想させるが如くうごめいている。
彼女は、かぼちゃ頭をジッと睨みつけている。大きな瞳を眇めるほどに。
だが引き金に指は掛かっていない。
拳銃の射程ではないことを知っているのだ。
おそらく――かぼちゃ頭もそれを知っているのだろう。しばらくして森の奥へと悠々と消えてゆく。それはどこか幻想的で、したたか狂気に満ちていた。
そして彼らはその光景を、ただジッと見ていることしかできなかった。
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