トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

19  暗黒水晶

公開日時: 2020年10月5日(月) 16:00
更新日時: 2020年10月11日(日) 23:30
文字数:3,757

結論から言えば、俺たちは賭けには勝ったらしい。


「ぎぃっ」


 唸るゴブリンの攻撃を受け流して、その隙に両側に控えている兵士が同時に剣を突き出す。ゴブリンは一瞬で倒される。


「よお、どうだそっちは?」


 四方八方が木壁に囲まれているかのような狭い廊下で、アサルトライフルを連射していた佐久間がこちらを向く。周囲には穴だらけのゴブリンの死体が無数に転がっている。


「こっちは終わりです」


 はあ、と息を吐いてから、


『片付きました。進みます』


 と報告をしておく。


『了解。こちらも順調だ。おあつらえ向きに広間のような場所に出た。ゴブリンとウッドハウンドが十数匹待ち構えていたが、兵士たちと蒼井で食い止めておいて不破の魔術で殲滅した。かなり数は減ったはずだ』


 冬村の返事を聞いて、俺はそれを周囲の全員に伝えてから、進む。


 ちゃんと透子の夢を見てから朝起きて、冬村たちともスムーズに合流。暗黒水晶周辺の建造物――おそらくは木製の要塞のつもりのもの――に突入した。ミノタウロス並みの強さのモンスターが存在するかもしれないと警戒しながらの進撃だったが、出てくるのはゴブリンとウッドハウンドくらいだ。逆に拍子抜けがするくらいに話がスムーズに進んでいる。部隊を二つに分けての攻略は順調だ。


「あれっ?」


 最前方で致命の一撃でウッドハウンドを殺していたアイリスが、素っ頓狂な声を上げる。前にある小部屋のようなスペースに突っ込んでいた彼女は、ナイフの構えを解く。


何事かと思いきや、


「おお、有栖川君か」


 落ち着いた声をかけているのは蒼井だ。しばらくしてから、ぞろぞろと他の兵士、エレミヤ、冬村も出てくる。どうやらこの小部屋は他の通路とも接続しているらしい。ちょうど合流地点になったようだ。


「ということは、残りはこっちの方向だけだな」


 兵士たちをかき分けて前に出てきたバニング将軍が、小部屋から斜め上に伸びる通路に目を向けて言う。


「こっちの掃除すれば攻略は完了のはずだ。おそらくこの奥にミノタウロス並みのモンスターが控えている、などとは考えにくいが、念には念を入れたい。冬村、いいな?」


 冬村は頷く。彼はシンプルは剣を手にしている。あの拠点で装備を揃えるときに色々と試したらしいが、剣道経験者らしく、剣が一番しっくりきたらしい。


 つまり、ボス戦か。


「ユンユ、ソフィア、それからマレビトたち――最高戦力を先頭にしていきたい」


 そのバニングの提案を、別に断る理由もないのだろう。冬村はまた頷く。


「アイリス、ユンユを先頭に陣形をとる。指揮は私だ。問題ないな?」


 冬村の言葉に、俺たちは頷く。


「既に攻略した場所に、またモンスターが湧いているかもしれない。将軍、そっちの掃除はまかせるよ」


 通路の奥へと足を踏み出したユンユが振り向いて言うと、


「任せろ……頼むぞ」


 バニング将軍はそう言ってさっそく兵士たちに巡回の指示を出している。


 さて、行くか。


 俺たちは、踏みしめるとぎしぎしという木材に慎重に足を乗せたまま、スロープのようになっている通路を進みだす。


「……実際、どうなんだろうな? 本当に、この奥にボスなんていると思う?」


 背後の将軍たちの姿が見えなくなるくらい歩いてから、佐久間がユンユに問う。


「冒険者やっていると、ダンジョンの奥にボスがいるのはいつものことだよ。これも、粗末ではあるがダンジョンの一種とはいえるからね。ボスがいてもおかしくは――扉だ」


 歩いていくとスロープは段々と緩やかになり、やがて普通の平坦な通路へと変わった。その通路の奥、木材で雑につくりだされた、しかし見るからに耐久性だけには優れていると思われる、巨大な扉がある。


「――間違いない。あの奥だ。ボスがいる。気配を感じるよ」


 ユンユが言う。


「間違いないか?」


 冬村の確認に、緊張した面持ちでユンユが頷く。ソフィアもだ。冒険者の勘、というやつだろうか。


「よし。ソフィア、強化法術で佐久間と霜尾の攻撃力を強化しろ」


「え? もうですの? え、ええ、まあ、構いませんけれど」


 多少戸惑いつつも、ソフィアは指示に従ってそうする。彼女が呪文を唱えると、二人の体が淡く光る。


「佐久間、霜尾――撃て」


 冬村のその指示に、ぽかんとしたのはソフィアとユンユ。一方の佐久間と霜尾は、当然のようにその指示通り、法術によって強化された銃弾を、扉に向かって撃ちまくる。見る間に扉は穴だらけになり。


「ぎいいいっ」


 叫び声と共に、その穴だらけの扉の向こうから、既に傷を負ったゴブリン――多少、これまでのゴブリンよりも体が大きく、そして鎧を着込んでいる――が突進してくる。扉を破壊しながら。


「ゴブリンウォリアーだっ」


 ナイフを構えてユンユが叫ぶが、彼女までモンスターが到達するまでに、


「脚」


 短い冬村の指示と、それに応えて無言で狙撃をした霜尾によって、ゴブリンウォリアーは脚を撃ち抜かれて、その場に転倒する。


「あの牛の化け物に比べりゃ、簡単すぎるな」


 そう言って倒れたモンスターにアサルトライフルを連射する佐久間。


 鎧とその肉体の頑強さゆえに大ダメージは受けていないものの、どんどんとモンスターの全身に傷が増えていく。だがそれでも立ち上がり、


「ぎぎぃ」


 うめき声と共にこちらに寄ろうとするそのゴブリンを、


「終わり」


 エレミヤの声と共に、突如頭上に現れた光の刃が頭から真っ二つにする。魔術だ、と気付いたのはその大きなゴブリンが消滅した後でだ。


「終わったか。進むぞ」


 唖然としているユンユとソフィアを尻目に、冬村は指示を淡々と出す。





「――へえ」


 穴だらけの扉を抜けると、あのボスのゴブリンが待ち構えていたであろう部屋がある。だが、これは部屋と言えるのか。奥の壁、そして天井がない。代わりに、すぐ傍にある暗黒水晶を直接目の前で観察することができるようになっている。


「これは、凄いな」


 思わず声が出る。近くで見ると、余計にその水晶の巨大さに圧倒される。黒く透き通っている、その美しさにも。


「まだ黒いままか――いや」


 冬村は眉を顰める。


 不意に、暗黒水晶から、ぶううん、と何かが震えるような音がする。次の瞬間、


「うわっ」


 まるで、電流が全身を通り抜けるような感触。びりっ、と体が勝手に震えて意識が一瞬ふわっとする。


「何だ、今の。電気が流れたみたいな――」


 そう言って、気付く。暗黒水晶が、真っ白になっている。純白の水晶。


「なるほど」


 純白水晶を見ていた冬村は振り向いて、


「攻略完了、ということか」


 こうして、あまりにもあっけなさすぎて、実感はないままにこの正念場の決戦は終了したらしい。





 宴。


 まだ日も高く、することはいくらでもあるというのに、早々と兵士たちは酒を飲んでいる。さっきまで攻略対象だった通路や部屋を即席の宴会会場に変えてしまっている。例の一般魔術のおばさんなどの非戦闘員も楽し気に宴に混じっている。


「まあ、許せ」


 大騒ぎしている兵士たちの声に負けないように声を張り上げながらバニング将軍は苦笑いする。


 その後ろでは兵士たちが乾杯をして、床に直接置いた干し肉を肴にがんがん酒を飲んでいる。


「色々とストレスが溜まっていたのもあるだろう。それに、これは奴らにとっては――いや、俺にとっても歴史的快挙みたいなものだ。今だけは浮かれさせてやれ」


 別に文句を言う筋合いもない。とはいえ、俺たちマレビト組やユンユ、ソフィアはそれに混じって大騒ぎして酒を飲むほどの気分ではない。


 なので自然と、俺たちは騒いでいる兵士たちと距離を取るかたちになり、結局建造物の外にいったん出るようになった。


「全然面白くなかった」


 頬を膨らませているアイリスはごろん、と草の上に横になる。ボス戦で全く何もできなかったからだろう。佐久間は笑いながらそんなアイリスを宥め、霜尾はいつの間にかまた姿が消えている。エレミヤは冬村に水晶を研究させてもらうよう交渉している。そんな全員の姿を見回していた俺は、


「どうかしたか?」


 ユンユとソフィアの顔が、さっきから妙に強張っているのに気付く。いや、そう言えば蒼井もだ。蒼井も、明らかにおかしい。


「……気付いたかい、蒼井さん?」


 ユンユはさっきまでのリラックスした姿とは一変して、ボスとの戦いでもここまえは緊張していなかったであろう顔を見せる。何もないというのに、ナイフに手をかけている。


「ああ。何か、妙だな」


 蒼井は親指で自分の顎を撫でてから、


「冬村さんよ」


 と俺たちの指揮官の名を呼ぶ。


 エレミヤと純白水晶の研究についての打ち合わせをしていた冬村は顔を向けて、


「どうした?」


「気配がする。囲まれてるぜ、俺たち」


 え? と声が出てしまう。さっきまでの戦勝ムードが吹き飛び、代わりに底なし沼に足を突っ込んだような不安、そしてそれからじわじわと、恐怖がにじむ。


「ああ。かなり遠巻きに、ではあるけどね」


 ユンユがそれを補足する。


 アイリス、佐久間、エレミヤも黙って真剣な顔をして、話を聞いている。


「わたくしはユンユほど感知能力は高くありませんが、何か魔のものが取り囲んでいる気配がいたしますわ」


 ありがたくないことに、ソフィアも同意する。


「――そう、か」


 この状況下でも、特に動揺を表すことのない冬村は少しだけ考えるそぶりをした後で、


「餌に釣られたか。向こうの方が上手とはな」


 そう呟いて、


「将軍に話をしてくる」


 そう言って建造物の中へと歩き去る。

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