トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

10  ミノタウロスとの激突1

公開日時: 2020年10月3日(土) 17:41
更新日時: 2020年10月6日(火) 01:54
文字数:2,799

 俺たちが拠点に戻ると、暇そうにしていた蒼井が迎えてくれる。


「お帰り。大河君、大手柄だぜ」


 どう答えていいか分からずに、俺は唸る。


「……あれえ? まだ佐久間さんと霜尾さん戻ってないのー?」


 アイリスが、例の舌ったらずで間延びした口調で言う。その口調に戻すのか。というか、本当だ。あの二人の姿がない。


「まだ戻ってきていないか……命令は出しているが」


 感情のない目でそう言いつつ、冬村はユンユとソフィアに適当に座るように促す。


 とりあえず、まずはさっき俺に話してくれたことをユンユが他のメンバーにも説明する。二度目だからか、さっきよりもよくまとま

っていてコンパクトな説明だ。


「確認したいこと、質問したいことは無数にあるが――」


 冬村は、彼のスキルが指し示している方向、つまりは『前方』に目をやりつつ、


「まず確認したいのは現状だ。今、我々はどこにいるのか。敵は何なのか。それを確認したい。場合によっては、協力できるかもしれない」


「そうだね。まずは、場所の説明からしようか」


 ユンユは懐から折りたたまれた紙を取り出してそれを広げる。全員でそれを囲んで覗き込む。何なのかはすぐに分かる。地図だ。おそらくは、この世界の世界地図。四方に四つの大陸があるのが分かる。どこまで正確なのかは分からないけれど、紛れもない地図。それにユンユは指を這わせて、


「ここ。今、僕たちがいるのはこのラコウ大陸さ」


 地図の右下に位置する、地図の大陸の中では一番巨大な大陸が示される。


「数百年前に魔族に占領されて以来、魔族はこのラコウ大陸から他の大陸に出撃するし、人の連合軍はラコウ大陸に対して上陸作戦を試みている。ずっと一進一退さ」


 ただし現在は人の方が少し優勢だ、とユンユは付け加える。


「この辺り――かなり前に連合軍はラコウ大陸に侵攻して、ここにちょっとした拠点をつくりあげた」


 ユンユの指は大陸の海岸の一か所を示す。


「ここから、大陸の中央にあるであろう魔族の拠点、そこに至るまでのルートについての偵察をしてるところ。今、僕たちがいるのは、このあたりさ」


 指は拠点から少しだけずれたところにある森に止まる。


 縮尺がよく分からないが、そこまで大した距離でもないように思える。


「――つまり、『前方』が魔族の拠点があるであろう中心部へのルート。『後方』がその連合軍の拠点か。そういうことであれば、我々がその連合軍の拠点に移動することは可能だ」


 冬村の呟きにほっとする。よかった。そっちを検討してくれるか。ほっとする。前――敵の拠点へと突き進むなんて命令が出なくてよかった。


 その言葉にユンユは頷く。


「それがいいだろうね。さっきも話したけれど、レベル的に君たちはそもそもここにいるべきじゃあない。もちろん、マレビトだけあって特殊なスキルを持っているからそれは有用ではあるけれど――」


「はっきり言ってしまうと、無駄死にしてしまうだけですわ」


 辛辣なことを、にっこりと穏やかに笑ってソフィアが言い放つ。


「そーう? 結構いけると思うけどなあ」


 不満そうにアイリスが口をとがらせる。


 気持ちは分かるが、おそらく向こうが正しい。俺が思うに、ここで出てきた敵を俺たちが対処できたのは、ウッドハウンドや角ウサギ(あの角の生えた兎はこれが正式名称だそうだ。そのままだ)というモンスターが、スピードと攻撃力に偏っているからだ。だから、相手の攻撃をくらう前に倒すことができているから、あっさりと倒せてまるで簡単な相手だと錯覚しているだけだ。


「我々の目的は調査だ――この世界の。ならば、安全な場所を確保して情報収集をすることが可能であればそれに越したことはない」


 全く正論だ。そして、その考えからすると、その連合軍の拠点に逃げ込むだけでは十分ではなく、最終的には魔族と人との戦場であるこのラコウ大陸から出ていくことが必要になるだろう。


「魔族や人、この世界の歴史、いくらでも知りたいことはあるだろう。不破は特に。だが、まずはその拠点へと向こう。これは決定事項だ」


 反対意見は出ない。


「僕たちが案内するよ。君たちのようなマレビトと出会った。これをまずは報告しに戻らなければならないからね」


 ユンユがありがたい申し出をしてくれるので、


「では、佐久間と霜尾が戻り次第出発だ。なるべく、戦闘を避けて拠点まで移動」


 冬村の命令が終わったタイミングで、


「――来たぞ」


 ずっと黙っていた蒼井が突如として言う。


 全員が彼の顔を見た後で、がさりと前方の方から音がする。


 慌てて俺たちが身構えたところで、


「おお、ちょっとやめてくれよ、俺たちだよ、俺たち」


 聞き覚えのある声と共に、木々の隙間から人影が現れる。佐久間だ。だが。


「おお、見たことない女の子が二人も増えてるじゃん」


 そう言ってへらへらと笑う佐久間の顔色は悪い。全身傷だらけで、脇に挟んだアサルトライフルを杖代わりについて、ゆっくりとこちらに歩いてきている。両腕は折れているようだ。その肩には、ぐったりとした霜尾を担いでいる。



 瞬時にナイフを構えて身を低くするユンユ。目つきは鋭く、周囲を素早く見回す。


「今のところ敵はいない。早くカバーを」


 彼女の言葉を受けて、身構えながら蒼井とアイリスが二人の元まで走り寄り、蒼井の方が佐久間に肩を貸す。俺も少し遅れて寄って、霜尾を背負う。ギリースーツがちくちく首筋にささる。


「いてて……もうすぐ、敵が来るぜ。警戒しとけよ、警戒」


 痛みに呻きながら佐久間は不吉なことを言う。


 アイリスに後方を警戒してもらいながら、拠点まで戻る。


「治癒法術をいたしましょう」


 とソフィアが提案する。回復魔法みたいなものだろうか。


「霜尾にお願い。佐久間は、これを」


 意外にもてきぱきと指示を出すのはエレミヤで、意識のある佐久間にさっき手に入れた回復ポーションを飲ませている。


「エレミヤちゃんに飲ませてもらうのは嬉しいけど……クソまずいな、これ」


 顔をしかめながらも例のポーションを飲んでいく佐久間の、傷が見る間に癒えて消えていく。


「味はともかく、こりゃすげえな」


 驚いている佐久間の横で、ソフィアは杖を寝かせた霜尾に向けて、何やら口の中で唱えている。やがて霜尾の体が淡く緑に光り、しばらくして微かなうめき声と共に霜尾が体を起こす。


 ユンユ、アイリス、蒼井は周囲の警戒を緩めていない。


「枝よりはマシだろうさ。これを使って」


 警戒を解かずに、ユンユは予備のものらしいナイフを取り出すとアイリスに向かって放る。


 同じように警戒していたアイリスはほとんど見ることもなくそれをキャッチして、


「サンキュー」


 とだけ答えて枝を捨ててナイフを改めて構える。


「喋ることはできるか、佐久間、霜尾」


 この状況下でも一切の感情の動きを見せない冬村は全体を見渡しつつ、回復中の二人に声をかける。


「報告を。一体、何があった?」


「ああ――簡単に言うと、ボスキャラに出会ったんだ」


 ライフルを構えながら、佐久間が報告を始める。

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