普通に考えてこういう場所で部外者が歓迎されるわけはないと思うが、案外あっさりと通される。話を聞きたい、ということで冬村だけがユンユとソフィアと一緒に将軍に呼ばれて拠点の中心にある建物へと連れていかれる。その間、俺たちは何をしておけばと思ったが、
「今のうちにお体を清めておいた方がよろしいかと思いますわ」
とソフィアに助言される。どうやら、規模は小さいがそれ用の施設もこの拠点にはあるらしい。それはいいことを聞いた、と残りの皆でさっそく向かう。
兵士の一人に、小屋の一つに案内される。小屋の中には兵士がぞろぞろと詰めており、地味なローブ姿の女性が大忙しで室内を走り回ってはそれぞれの兵士に何か手をかざしている。
「ああ、そこ並んでちょうだい」
その中年の女性に言われるがまま蛇行した列に俺たちが並んでいると、すぐに彼女が俺たちに手をかざしてくる。その途端、俺たちの体は淡く緑に光り、そして何とも言えない清涼感に包まれる。
「おおおお、めっちゃいいじゃん、これ!」
飛び跳ねてアイリスは喜んでいる。
これも魔術とやらの一種らしいが、この世界では戦闘用の魔術とそれ以外に分けられているそうだ。戦闘魔術と一般魔術。これは一般魔術の一種で、衛生をつかさどる魔術。簡単に言うと、この魔術をかけてもらえれば洗濯も風呂も必要ないらしい。汚れが分解、洗浄されるのだ。確かに便利だ。ただ、そのために風呂やシャワーが完全な嗜好のためのものとなって、なかなかの大金を支払わなければ体験できないものになっているらしい。結構風呂好きの俺にとっては嬉しくない情報だ。
それはともかく、さっぱりした俺たちはその小屋から出て、あとは腹ごしらえをして準備してもらった寝床につけばいい、ということになった。色々ありすぎてとにかく疲れた。こういう時、下っ端は何も考えなくて済むから楽だ。もう寝てしまおう。透子の夢でも見たい。
周囲の兵士がちらちらと好奇の視線をおくってきているのもなかなか疲れるものがあるが、ここで個室を準備してくれ、とわがままを言えるわけがない。と、思いきや。
「ああ、こちらですわ」
小屋から出た俺たちを見つけて、ソフィアが手招きしてくれる。
「マレビト様が他の面々と食事を共にするのも気を遣うでしょう。よろしかったら、こちらでわたくしと一緒に食事にされませんか?」
にっこりとほほ笑むソフィアに、
「いやあ、いいね、最高だよ、もちろん」
相変わらず軽薄な佐久間がそう言ってソフィアに近づく。
周囲の兵士からの視線が突き刺さる。もっと自重しろよなあ、と内心思う。兵士の方からすると、突然外から来た得体の知れない連中が美少女相手にへらへらと笑い、大きな顔をして闊歩している。そりゃあ、苛つくだろう。だが、気になることが二つ。一つは、彼らの目が佐久間ではなく俺の方に向いていること。そして、その視線がどう考えても恐怖と憐憫が入り混じったものであることだ。どういうことだ?
「詳しいお話はユンユに任せて、わたくしは皆様のおもてなしをするということなりましたので」
そう言うソフィアに案内されて、拠点の一角、焚火の周囲に丸太椅子が転がっているエリアに辿り着く。
「少々お待ちください。今、わたくしの得意料理を準備いたしますわ」
にこにこと慈愛に満ちて笑うソフィアに、
「おお、ソフィアちゃんの手料理? 楽しみだなー」
軽薄な笑みで対応する佐久間の顔が、すぐに凍り付いていく。
穏やかに笑ったまま、ソフィアは鉄鍋に雑に切った、長細い赤い野菜らしくものを次々に入れていく。それと、白い塊を千切っていれる。材料は、ただそれだけだ。それを詰め込んだ後、鉄鍋を焚火にかける。
白い塊の方は、すぐにどろどろに溶けていく。おそらく、あれはチーズだ。そっちはいい。問題は、あの赤いやつ。あれ、元の世界の唐辛子に凄い似ているけど、気のせいだよな。気のせいであってくれ。
「その、赤いの、何?」
一応訊いてみる。
「唐辛子ですわ」
「あ、やっぱり」
そうなんだ……いや、まだだ、まだチャンスはある。この世界の唐辛子はそんなに辛いことはないのかもしれない。
「うわ、あの目つきの悪いマレビト、本当にソフィアさんの料理食べるつもりだぞ」
「知らなかったのか、それともあいつも辛いもの好きなのかな。俺、ソフィアさんからのお誘い断れずに食べた後、一週間は胃の調子おかしかったんだけど」
「あいつ、目つき悪いし、辛すぎて暴れたりしねえだろうなあ」
ひそひそとした周囲の囁き声がいやにはっきり聞こえる。ああ、そうなのか。
「もうすぐできますわ。ささ、佐久間様、ここにお座りになってください。トラ様も」
「あ、ああ……」
強張った笑顔でのろのろと丸太椅子に座る佐久間。俺もそれに続く。あれ、他の連中は、と周囲を見回すと。
「えー、そうなんだー。おじさんの料理おいしそー」
と、例の媚び媚びの笑顔で食事中の兵士たちの集団にアイリスが突撃している。兵士たちはでれでれと相好を崩してアイリスを迎え入れている。いつの間に。
そのアイリスにくっついてエレミヤも一緒に向こうの団体の食事に参加していく。逃げられた。
そして霜尾は完全に姿がない。こういう場が苦手なこともあるのか、完全にどこにもいない。気配すら感じない。平然とした顔をした蒼井は別の食事の行列に並んでいる。
どうやら、俺たち二人だけが取り残された形だ。
「ささ、どうぞ、よそいましたわ」
椀に溶けたチーズと唐辛子がたくさん入ったものをまずは佐久間が渡される。強張った笑顔のままでそれを受け取った佐久間は深呼吸をした後、木のさじをつかってまずそれを一口、口に入れる。それで完全に固まる。表情はそのままで顔色が青白くなる。気絶してるんじゃあないのか?
「トラ様も、どうぞ」
同じものを渡される。
「ああ、どうも」
そう言ってから、椀の中の赤いドロドロを見る。もう、見た目からしてきつい。匂いもやばい。どうしよう。受け取って、ソフィアを見る。邪念のひとつもない笑顔。これは、断るのは無理か。ごくりと唾を飲む。
「どうなさいました?」
にこりと笑ったままで首を傾げるソフィア。綺麗な目をしている。駄目だ、やっぱり断れない。
思い出す。透子が幼い頃、俺に料理をつくってくれたことがある。半泣きの透子が出してきた黒焦げのそれを、無理矢理に飲み込んでうまいうまいと嘘を言ったあの日の感覚が蘇ってくる。負けると知ってて立ち向かうしかない時もある。
「いただきます」
と言って俺はいっきにそれを頬張る。
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