この世界に名前はない。そりゃそうだ。よく考えたら俺たちの元の世界も世界自体に名前はなかった。だから、皆『この世界』と呼んでいる。
この世界ではずっと、人――といっても、ファンタジーお決まりの人間族、ドワーフ族、エルフ族、獣人族等々をまとめて人、らしい――と魔族という存在がずっと争っているらしい。いつからか、というとこれはもう天地開闢以来だそうで、神話レベルの昔から人陣営と魔族陣営は敵対し続けているとか。
どうやら俺たちが出現したあの森の奥の方に魔族陣営の拠点があるらしく、ユンユとソフィアはそこに至るまでの雇われの斥候役だそうだ。
「雇われって、軍属ってわけじゃあないのか? 傭兵?」
「違う違う、僕たちは冒険者さ」
これも最初のうちは話がなかなかかみ合わなかったが、よくあるファンタジー世界についての知識を使って話をすり合わせていくうちにようやく分かった。
つまり、この世界ではダンジョンというものを攻略し、そこで手に入るアイテムの売却等で生計を立てる冒険者という職業がある。そして、冒険者はダンジョン攻略以外にも、依頼を受けても金を稼ぐ。依頼人は私人のこともあれば、軍からのものもあり、今回は軍からの依頼を受けたということらしい。
俺たちの世界からすると信じられないことだ。軍が民間に重要な任務を依頼するなんて。だが、この世界ではそれが当然らしい。というのも。
「レベルか……確かに、それは大違いだ」
そう、レベルという概念だ。鍛錬ではなく、モンスター相手の戦闘でなければ手に入らない経験値。この経験値を手に入れることによって人はレベルアップする。レベルが1違えば戦闘能力は決定的に違う。2以上違えば話にならないらしい。例えば。ずっと体を動かしていないなまりきったレベル3の元冒険者と、必死で鍛錬してきた現役ばりばりのレベル1の戦士。これが戦って、ようやく互角、というレベルだとか。
もちろん軍も任務としてモンスター討伐を行ったりはあるので、レベルが上がらないわけではないのだが、どうしてもダンジョンなどでモンスター相手に戦う専門職である冒険者と比べては見劣りする。というか、冒険者並みの力を持っていたら実入りが段違いだから兵士ではなく冒険者になる。ということで、金や名誉や力を求め、そのための覚悟がある者は冒険者、そこまでの覚悟がないものが軍に所属ということらしい(もちろん例外はあるそうだが)。そりゃあ、軍も冒険者に依頼するわけだ。
「まっ、やっぱレベルが違うと全然違うからさ。基礎能力も違うし、あとスキルもね」
「レベルアップすると新しいスキルを覚えたりとか、所持スキルのレベルが上がったりするって理解でいいのか?」
よくあるゲームの仕組みを前提に確認するとユンユは意外にも腕組みして考える。
「そのパターンもあるし、そうじゃないパターンもあるみたいさ。特定のスキルの使用回数とか、他にも条件があったり。特にマレビトは他で見ないユニークスキルが多いから、条件手探りが現状さ」
「なるほど……あれ?」
そこまで話したところで、いつの間にかエレミヤの姿が見えなくなっていることに気付く。どこ行った?
俺がきょろきょろとすると、それでユンユとソフィアもエレミヤがいないと分かったらしく、二人も慌てて周囲を探し出す。
「おいおい、マジかよ」
ひょっとして、森の方に戻ったのか? そう思って不用意に森の方へと走ってみたところで、
「――まずいっ、トラ、ウッドハウンドだ!」
背後からユンユの叫び。
そう、森に踏み込んだところで、そこに一匹だけ、多分はぐれて彷徨っていたらしい例の狼とばったりと顔を合わせてしまう。こいつ、ウッドハウンドって名前なのか。
逃げようとしても、それよりも前にウッドハウンドは臨戦態勢だ。もう、やるしかない。
こうして、話は冒頭に戻る。
「だって、だって、ウッドハウンドってレベルが二桁の冒険者でも一対一なら手こずるモンスターさ。どうして、レベル3のトラが――」
「あー……それは、そのー……」
どう説明していいか分からず、光の粒になって消えていく魔物の死体を見ながら俺は頭をかく。まいったな。ウッドハウンドに襲われた時より、この状況の方がよほどピンチだ。
あまり過剰評価されて戦力としてあてにされも困るが、かといってスキルのことを明かすのもまずい。特に、使っているスキルが俺のものではなくてアイリスのものだ。勝手に説明するわけにもいかない。
「いやあ、まあ、ユニークスキルのおかげだ……ちなみに、そんなにレベル3でこいつを倒すのって変?」
「そりゃあね。中堅レベルの冒険者ならいざしらず、レベル3なんて子どもみたいなレベルでウッドハウンドに勝つなんて……」
その辺りの感覚はよく分からない。
さすがはマレビトってやつか、と気を取り直した様子のユンユに、
「悪いんだけど、教えてくれ。レベルって目安がどれくらいなんだ?」
「え? そうだね……とりあえず、僕もソフィアもレベルは30くらい。まあ、有望株の冒険者ってところさ」
「あたしたち、売り出し中の冒険者コンビなのですわ」
嬉しそうにソフィアが補足する。
レベル、俺の10倍か。
「大体、一般人はレベル10くらいかな、普通は。子どもの頃に、村とか町の外で大人の付き添いのもとモンスターを倒してレベル上げをしておくんだよ。最低限レベルを上げておかないと、不慮の事故なんかであっさり死んでしまう可能性があるからね」
レベル3が子ども並み、というのは言葉通りだったわけか。
「趣味でモンスターを狩る、いわゆる村とか町の腕自慢みたいな人はレベル15くらいいくかな。でも、そこからは格段にレベルが上がりにくくなる。そこからレベルアップしようと思ったら、覚悟を持ってダンジョンに乗り込むしかないね。だから冒険者っていうのはレベル15からスタートみたいな感覚かな。レベル20を超えるには、常に自分の実力ぎりぎりのダンジョンに命がけで挑み続けていくことが必要さ」
と、いうことは。
「……レベル30くらいって、二人は相当な冒険者ってことか?」
「自分で言うのは恥ずかしいですわ」
と言いつつソフィアは否定はしない。
「大体、30を超えると一流冒険者の仲間入り、と言われているね。一流冒険者に足を踏み入れたばかり、と考えてもらえればいいさ。言ったろう、売り出し中の有望株だ、と。これでもそれなりに修羅場はくぐっているのさ……それにしたって、さっきはトラの顔が恐ろしくて醜態をさらしてしまったけどね」
俺の顔ってそんなか? いや、こっちが怯えていたせいで表情が余計にひどいことになっていたのは自覚あるけど。
「とにかく、腕に覚えがあるならありがたい。僕たちはこれから、できる限り森の中心に踏み込んで偵察をするつもりさ。手伝ってくれないかい?」
やっぱりきた。ユンユの提案に顔をしかめる。過剰評価されてしまった。狼相手なら、アイリスのスキルと相性がいいから戦えるだけであって、そんな頼りにされても困る。とはいえ、多分、冬村のスキル『ナビゲート』の示した方向は、その魔族の拠点とやらだ。となると、こっちと二人の目的はある程度一致している。
「ええと、とりあえず、俺の上官に紹介するってのはどうだ?」
「その必要はない」
声。森の奥から、見覚えのある顔が現れる。
「やっほー、トラ、元気だったー?」
能天気な顔と口調で手を振るアイリスと、冬村が二人でこちらに向かってきている。
「初めまして。私が部隊の体調を務めている冬村だ。二人を森の奥に我々がつくった拠点に招待したい」
あっさりと拠点のことをばらす冬村。そんなに簡単に信用していいのか? その俺の疑問が表情に出ていたらしく、
「君が信用しているようだ、大河。ならば、それでいい」
やめてくれ、それじゃあまるで二人に関しては俺が責任を負わなきゃいけないみたいだ。
「ああ、あなたがリーダーということだね。僕はユンユ。こっちはソフィアさ」
挨拶をしている二人を見ていて、急に思い出す。そうだ、まずい。
「ああ、そうだ、そうだった。エレミヤがいないんだ!」
思わず叫ぶと、
「呼んだ?」
と、森の外、草原にひょっこりとエレミヤの姿がある。
「えっ、あれ?」
「私はずっとここにいた。何用?」
単に、しゃがんで地面とかを調べていただけか。草に隠れていたんだ。拍子抜けと安心とで腰が砕けそうになる。
「まだまだ、二人には聞きたいことがある。こちらも最大限協力させてもらおう」
冬村の言葉に、ユンユとソフィアは顔を見合わせて同時に頷いて、
「分かった。どちらにしろ森の奥に向かうつもりだったからね。それに、『マレビトと神は疑うな』という言葉もある。拠点まで案内してもらうさ」
こうして、俺たちはいったん拠点まで戻ることになる。道中に出会った敵は、アイリスが瞬殺して他のメンバーは何をする暇もなかった。あまりにもな戦いぶりに、ユンユとソフィアは目を丸くしていた。
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