トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

12  殲滅作戦1

公開日時: 2020年10月4日(日) 17:00
文字数:4,049

 こんな感じ、と報告を終えるまでに佐久間はポーションを2本空け、その頃にはほとんどすべての傷は回復していた。


「ミノタウロスをリーダーにした攻撃部隊が……まずい」


 話を聞き終えてユンユは顔色が悪くなっている。


「どの程度の脅威だ?」


 冬村の質問に、


「ゴブリンは一対一ならばレベル15程度でも倒せる。だけど、問題は奴らの数が多いことさ。群れたゴブリンはいやらしい敵だ。本職の冒険者でも倒されることは珍しくない」


 そして、と同じように顔色を失ったソフィアが続ける。


「ミノタウロスは、中規模のダンジョンの主となっていることもあるモンスターですわ。戦闘専門のレベル30越えパーティーが必要です。下手をしたら、その一匹だけで拠点が崩壊しかねません。本来、このような辺境に出てくるモンスターではありません。腕力を武器に暴れまわり、生半可なダメージを与えても気絶するだけですぐに自己再生して戦闘復帰してくる、暴力の権化のような相手です」


 俺の両膝が震える。怯えすぎて、体がかちこちになる。


「今の報告を聞く限り、撤退戦をして拠点に逃げ込むというのも現実的ではないらしい。そのミノタウロスとやらが突撃してくるだろう――ここで迎え撃った方がマシか」


 その冬村の言葉に、絶句するのが三名。俺とユンユとソフィア。表情を変えないのが二名。蒼井とエレミヤ。そして喜んでいるのが二名。アイリスと佐久間。


「いいね、リベンジマッチだ」


 と殺されかけたくせに佐久間は笑みを浮かべている。


「あの……僕たちの話を聞いていたかい?」


 ユンユが立ち直って冬村に言うが、


「ああ。話を聞く限り、逃げきるのは難しく、そちらの拠点に逃げ込んだところで拠点ごと崩壊する可能性が高いと理解した。違うか?」


 そう返されて絶句する。


「あの……皆様のレベルは? そちらの方々がレベル3だというのはお聞きしましたが」


 おそるおそる、という感じでソフィアが訊くと、


「全員レベル3だ。私たちもレベルアップした。新しいスキルを手に入れた者もいる」


 あっさりと冬村は答えて、


「それでは全員改めて情報共有をするぞ。私の指揮に従え。ああ、ユンユとソフィアは私が信用できなければ断ってもらっていい。ただ、してもらった方がありがたいが……なに、そう心配するな」


明らかに正気を疑うような表情をしたユンユとソフィアを前に、冬村は無表情のまま言い放つ。


「ジャイアントキリングは得意だ。何度もやったことがある……ゲームの話だが」




 

 逃げても無駄だ、という冬村とかいうマレビトのリーダーの発言は正しい。しかし、それにしても立ち向かうというのは正気の沙汰ではない。ユンユとソフィアの見解は一致している。だが、それでも、もう他に方法がないのも確かだ。


 だから、一縷の望みに託して、ユンユとソフィアは冬村の指揮下に一時的にだが入ることにした。モンスターの知識が彼らに比べて豊富なことから、参謀役も託されているらしい。


「見えた。なるほど、あれがゴブリンか。数は二十程度。それから、例のミノタウロスとかいう化け物もいる。ゴブリンは何匹か足をかばっているな」


 冬村は目を閉じている。ユンユは事前に説明されているから分かっている。彼はスキルを使用としているのだ。彼の所持スキル、『鷹の眼』は目を閉じることで自分自身を含めた周辺の戦場を俯瞰視点で観測することができるそうだ。


「RTSは見下ろし視点のものが多いからだろう」


 とは冬村の言だが、ユンユには意味が分からない。


 ともかく、作戦は開始された。


『そこから三歩前、木に身を隠せ』


 冬村の遠距離指示の通りに動く。


 まだ意識を取り戻さない霜尾以外、全員が作戦に参加している。全員が、冬村の指示に従っている。


『アイリスがゴブリンと交戦中。ソフィア、アイリスにバフを頼む』


 独特の表現だが、前もって打ち合わせしているからユンユにもソフィアにも意味は分かる。ユンユとソフィアは頷き合い、身を隠したままで前方を窺う。


 数匹のゴブリンに、アイリスが囲まれている。その四方からの攻撃を半数はかわし、もう半数はユンユにも理解不能な技術で受け流している。


「ははっ、はははっ」


 レベル差から、一撃でもまともに食らえば戦闘不能になりかねないその状況で、アイリスは笑っている。笑いながら、隙をついてユンユの渡したナイフでゴブリンを攻撃している。急所にささったであろう一撃をくらい、しかしゴブリンは多少ひるみはするものの反撃している。レベル差がありすぎるのだ。


 苛立たし気に舌打ちするアイリスを今すぐにフォローに向かいたいのをユンユは耐える。


 高速詠唱でソフィアがアイリスの速度を向上させる。


 凄まじい速度で踊るように飛び回りながら、更に集まってきて数の増えたゴブリンの攻撃を全てしのぐアイリス。


『よし、アイリス、そのまま後退しろ――ユンユ、掃除を頼む』


 そのままじりじりと後ろに下がっていくアイリス。ゴブリン共もそれを追う。


打ち合わせ通りに、アイリスを追わずに無目的にうろついているはぐれたゴブリンを、身を隠したままユンユは首すじへの一撃で倒す。一対一ならば、ユンユならゴブリン程度瞬殺できる。


『大河。そっちはどうだ?』


『順調です。誘導はうまく行ってますよ。自然に、ゴブリン共はアイリスの方へと向かってます』


 あのトラという凶悪な目つきの男の、冷静沈着な声が頭を響く。トラは、他人のスキルをコピーする能力があるらしく、その能力で冬村の『遠距離指示』をコピーしているのだ。それにより、冬村とトラは双方向で連絡を取り合うことができる。


『エレミヤ、佐久間は位置についているか?』


『大河確認しました。二人とも準備できています』


『よし――大河、お前のところにミノタウロスがいった』


『……了解』


 死刑宣告に等しいであろう報告を受けて、それでもトラは冷静沈着だ。ユンユからすれば、異様なほどに。さっきの打ち合わせの時も、冬村の説明を聞きながら微動だにしていなかった。泰然自若とでも言えばいいのか。


『ユンユとソフィアは大河のフォローを。アイリスはルート通りに後退を続けろ』


 はぐれゴブリンの最後の一匹を仕留めた後、ユンユとソフィアは木から木へと身を隠しながら駆ける。早く向かわなければ、レベル3のトラがミノタウロス相手にどれほどもつというのか。だが。


「……なんだ、貴様は……人間。間違いなく低レベルのはずだ。それなのに」


 打ち合わせ通りの場所に辿り着いたユンユが見たのは、右眼に傷のあるミノタウロスが、その巨体には似つかわしくない困惑をしている姿だった。


 周囲の木々はおそらくはミノタウロスの斧によってなぎ倒されている。その真ん中で、トラはミノタウロスを睨みつけながら、黒い長剣を無造作に右手に構えている。


「別に。お前程度、レベル3でも十分だよ」


 凶悪な笑いを浮かべたトラに、ミノタウロスは怒りの叫びと共に斧を振り下ろす。


 危ない。


 思わず飛び出そうとしたところで、その一撃をトラが捌くのを目にする。やはり、まったく理解できない技術だ。あの速度、パワーから繰り出される一撃を、どうやって受け流しているのか。アイリスの技術に似ているそれに、思わず呆然とする。


『挑発して単純な一撃を連発させているけど、いつまでもつか分からない。ちょっとでも技みたいなものを使ってきたら受け流す自信はない。誰か早く助けてくれ。死ぬ死ぬ死ぬ。本当に。助けて』


 余裕があるのか、そんな冗談めいた言葉すら遠距離指示のスキルで発している。


 とにかく、信じられないことに、冬村の事前の作戦通りだ。なら、作戦を進めないと。

 必殺の一撃をかわされて、更に怒り狂って注意が疎かになったミノタウロスに向かって、ユンユは目潰しの玉を投げつける。


 玉が命中して真っ黒い液体塗れになったミノタウロスが、叫びながら手あたり次第に斧を振り回している。


 その隙に大きく後ろに跳んだトラは、距離をとってからはまるで彫刻のように構えたまま体を動かさず、暴れまわるミノタウロスを冷静に観察している。


「――到着!」


 ちょうど、そのタイミングでアイリスが大勢のゴブリンをひきつれて飛び込んでくる。


 液体を拭ったミノタウロスが新たな乱入者に斧を振るうが、速度が向上しているアイリスはそれを大きく飛びのいてかわす。


 こうして、開けた場所に、ミノタウロスと全てのゴブリンが集結している形になる。そう、全て事前に打ち合わせていた冬村の作戦通りに。ここまで作戦の通りに事が運んでいることには驚愕するしかない。


 罠。そのことに敵側も気付いたのだろう。それゆえの一瞬の混乱。そのタイミングで、


『やれ』


 短い、指示が出る。


 次の瞬間、ゴブリンとミノタウロスの頭上から、無数の銃弾が降り注ぐ。


 離れた木の上でずっと待機していた佐久間の銃撃。


 即死はさせられないものの、ゴブリンたちが倒れていく。ミノタウロスも大したダメージではないものの、予想していなかった攻撃は効果的らしくよろける。


「無色衝撃」


 その銃声の合間に、淡々としたしかし美しい声が響く。エレミアの呪文詠唱。


 ユンユも見たことのない、属性のない単純な魔力がそのまま変換された衝撃が、モンスターたちの中央から巻き起こる。


「――凄い」


 思わず声が出てしまう。目の前の攻撃に。


 銃撃と魔術により、ゴブリンたちは一掃されていた。文字通り粉々に砕け散っている。マレビトたちの、なんという個々の能力の高さ。そして、なんという的確な指示。


 だが、問題は、ここからだ。


「――ぬう」


 砕けたゴブリンたちの死体の山の中央、今の攻撃を受けてもなお、身じろぎした程度のミノタウロスが、呻く。


「よくも……」


 だがその声は屈辱と憤怒に塗れている。部下を全て失ったのだから、それも当然だろう。だがその声とは裏腹に、ミノタウロスは隙なく斧を構える。こちらを、脅威と認めたのだ。


「よし、これでゴブリンは全滅。冬村のボディーガード役もおしまいだ。ようやくやれる」


 声と共に、ゆっくりとそのミノタウロスへと歩み寄ってくる人影。蒼井、確か、蒼井三蔵とか言ったマレビトだ。

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