『レベルアップしました。レベル2→レベル3』
最後の一匹をアイリスが仕留めた時、俺の頭の中にとうとうそのメッセージが流れる。全身に力がみなぎるのも感じる。
「お、やったー」
アイリスも喜んでいる。どうやら、全員同時にレベルアップしたらしい。
『スキル 協力要請がレベル2になりました』
続けて、そんな情報が入ってくる。
「スキルのレベルアップか」
ほとんど無意識に呟くと、
「えっ、うそ!? あたしそんなのないんだけど」
一番活躍してるのに、とアイリスが口をとがらせている。
ということはスキルレベルアップのタイミングは個人差があるのか。
「私は新しいスキルを覚えた……おそらく、次からは戦闘で役に立てるはず」
エレミヤの発言と同時に共有された情報が流れ込む。
不破エレミヤ レベル3
所持スキル:・分析 レベル1
説明:触れたオブジェクトの性質等を分析することができる。
成功率はスキルレベルと分析難易度に依存。
・最適構成 レベル1
説明:構成する際に補正がつく。
補正値はスキルレベルに依存。
・無属性魔術 レベル1
説明:無属性の魔術を使用できる。
使える魔術の級はスキルレベルに依存。
やっぱり、後衛職か。
で、俺は、と。
大河虎太郎 レベル:3
所持スキル:・協力要請 レベル2
説明:対象と同意の上で、対象の持っているものと同じスキルを2つ使用可能になる。
・??? レベル1
説明:このスキルは封印されている。
なるほど、使用可能なスキルの数が増えている。これは、使い勝手がよさそうだ。
「まあ、でもこれでますますあたしたちは強く――」
アイリスの言葉が止まる。視線を辿ると、前方、木々の隙間から、草原が見える。そう、草。そして地平線。つまり、これは。
「森が、終わっている」
後ろでエレミヤが呟く。
「うわー」
テンションが上がったのか、アイリスは駆け出す。木々の隙間を縫うように走り、草原へと走る。落ち着け、と止める暇もなく。
俺たちよりも何歩も先に、腰くらいの丈の草の海に飛び込む。
深い森の中にいたら気付かなかったが、今はちょうど真昼らしい。太陽が真上にあるらしく、日光を浴びた草がきらきらと輝いている。
「うわー、すごい、すご――」
そしてこちらの世界に来て初めての見晴らしのいい景色のためか、感動したらしい彼女が喜びの声を上げて飛び跳ねたところで。
「――答えてもらうよ、あなたたち、何者なのさ?」
唐突に、声がする。
かちん、と固まってしまったアイリスに対峙するのは、突如として生えてきたようにも見える、二人組の少女だ。
草の中に伏せて、こちらの様子を窺っていたのだ。いつからかは分からないが、森の中にいた俺たちをずっと。
「答えて」
油断なくナイフを構えた方の少女が、アイリスと、それからまだ森の中にいる俺たちに目を向けて、もう一度言う。
やっぱり、俺たちのこともばれている。
俺とエレミヤは顔を見合わせた後、敵意がない証拠として両手を挙げる。それしかない。とりあえず、言葉が通じていることを幸運だと思うしかない。
両手を挙げたままそろそろと森から出つつ、俺は二人の少女の様子を観察する。びびって震えながら。何故か、俺を見て向こうの少女二人の顔が少し白くなっている。
一人は、ナイフを持っている方。ショートカットの少女だ。俺より、年下か? けど、ナイフを持っている手つきや姿勢に危なっかしさはない。かなり慣れているみたいだ。あまり元の世界では見たことない、真っ赤な髪色をしている。あと、痩せ型だ。それがはっきり分かる。なにしろ、素肌をかなりの割合さらしている服装をしている。半分水着みたいだ。正直、目のやり場に困る。
もう一人、ショートカットの少女の後ろで待機している方は、両手で杖を持っている。あれだ、魔術師系だ、多分。こっちも元の世界にはない、暗い青色の、長い髪をしている。こっちは、どうだろう、俺より年下かどうかは分からない。背も高いし、なかなか体格もいい。相方とは対照的に、装飾過多な服装をしている。やけにひらひらしている格好で戦闘には不向きな気がするけど、こういうのゲームではありがちか。
さて、この二人は一体何なんだろうか? この世界の住民? それとも、同じ立場、か?
お互いに睨みあっている状況で、互いに沈黙したまま時間が過ぎていく。
俺が向こうを観察しているのと同じように、向こうも俺たちを観察しているのを感じる。ただ、青白い顔でかなり追い詰められた表情をしているので、かなり怖い。
ばくばくと心臓が音をたてる。気分が悪い。ちらち、と横目でこちら側の俺以外の様子を確認すれば、アイリスは口をとがらせて枝を持ったままの両手をぶらぶらさせている。エレミヤの方は俺と同じく両手を挙げているが、表情は一切の無表情。追い詰められているのは俺だけみたいだ。ちょっと腹が立つ。危機感持てよ。
「……あなたたち、何者?」
もう一度、ショートカットの方が質問してくる。
「んーっと、あたしたちは――」
アイリスが普通に答えようとするので、
「あっ、ちょっと」
思わず口で止める。
ちら、とこっちを見てアイリスは黙る。更に口がとがっている。
どっちだ。嘘をつこうとしたのか、それとも本当のことを説明するつもりか。どっちにしろ、勝手に俺たちの判断でやっていいか分からない。
とはいえ、黙っていたらどうしようもないのも確かだ。
喋ろうとしたアイリスを止めた俺を標的と見定めたらしく、ショートカットの少女が完全に俺に絞ってナイフを突きつけてくる。
「は、話して。あなたたち、魔族じゃないんだよ、ね?」
ちょっと声が震えている。
ナイフを突きつけられて俺も震える。
冬村とどうすればいいのか連絡を取れればよかったけれど、それができない。説明によれば、あの人の『遠距離指示』のスキルは一方通行だ。こっちから話ができない。
「ええと、その」
このまま喋らないと刺されそうだから、とりあえず口を開く。
魔族。魔族って何ですかっていうのを、質問するのもあんまりよくないだろう。魔族というのを知らない立場ですってことを表明することになる。
「立場上、許可を得ずに他の人と喋ったらいけないってことになってるんだ。ノーコメントで」
激昂して刺されないだろうな、と心配になり、
「ああ、でも、敵対するつもりは全くないから。マジで」
俺の説明に、少女たち二人は顔を見合わせる。
「ねえ、ちょっと、どうするのよ。言ってることは分かるけどさ。今この場で冬村さんの指示をもらうのって無理じゃん」
アイリスがこそっち耳打ちしてくる。
「うーん……いや」
そうでもないぞ。ちょっと思いつく。あとは交渉次第か。
「だから、『上』にあんたたちと喋っていいか、許可を取りにちょっと戻りたいんだけど、どう?」
二人に向かってそう提案すると、当然のように警戒感を強める。そりゃそうだ。俺が逆の立場でも、そう言って仲間を連れてきて袋叩きにするつもりなんじゃあないかと疑う。
「人質を置いてくよ。俺、俺と……そこの銀髪の娘が残るから」
だから、そう続ける。
横にいるアイリス、そして珍しいことにエレミヤまでも驚いた表情をしている。
「ちょ、ちょっと」
また耳打ちで抗議しようとしてくるアイリスに、
「落ち着けって。お前だけなら、例の目印を真っすぐに辿って、邪魔する敵だけを瞬殺すれば、拠点まですぐにたどり着けるだろ?」
このケースに限っては、俺とエレミヤはいない方が速度的には有利はなずだ。
「で、冬村さんに報告して、そこからは冬村さんが『遠距離指示』で俺に指示してくれればいい」
「……あの『遠距離指示』が、拠点からここまでは範囲外だったら?」
納得がいったのか、アイリスの声が落ち着いたものに変わる。
その可能性も、あるのはあるか。だけど。
「だったら冬村さんごと、届く範囲までこっち方向に移動してきてくれ。どっちにしろ、冬村さんの指示なしに俺たちが勝手にやっていいことじゃないんだから、報告するしかないだろ」
「まあね。この場で殺し合うっていうのもまずいだろうけど……いったん逃げ出すっていうのは? 今からこの場で、全員で一斉に森の中に飛び込んだらいけるんじゃない?」
「できるかもしれないけど……その場合、また出会えるとは限らないだろ。超貴重な情報源とここで別れていいのかよ」
それも含めて、報告と指示が必要だと思う。
「あの、ちょっと……」
こっちがこそこそ囁き合っているうちに、向こうも話がまとまったらしく、ショートカットの方が声をかけてくる。
「人質っていうのは、分からないでもないけどさ、その、人選を変えられない?」
「へっ?」
あまりにも予想外の提案。
「いや、そこの女の子二人を人質に残して、あんたが許可を取りに行ってくれると、助かるんだけどさ……」
「あっ、そっか」
現時点でアイリスの戦闘能力がぶっちぎりだから、そういう意識なかったけど、普通はそうか。
「いや、大丈夫。そっちのエレミヤは、剣を持ってるけど全然得意じゃないし」
ちら、とエレミヤを見ると彼女は俺の長剣を両手で握ったまま、無表情で頷いている。何度も。ちょっとハムスターみたいだ。
「俺も、ほら、棒しか持ってない」
「いやー、でも……」
とショートカットの方はまだ渋っていたが、
「仕方ありませんわ」
と、後ろの方の少女にたしなめられ、
「……分かった。じゃあ、それで。ああ、その二人、手は下ろしていいよ」
ため息と主に了承する。
その途端、
「もう、超高速で行ってくるから」
との言葉と共に飛ぶようにアイリスは森の中に消える。
残されたのは俺とエレミヤ、そして向こうの少女二人。
「……悪いな、勝手に決めて」
残る方にさせられたエレミヤに謝罪すると、
「いい。合理的」
と短く答えたエレミヤはさっそく草をちぎったり、土や石を握ったりしている。向こうの少女二人は無視だ。すげえ。
で、俺と向こうの二人組が無言で立ち尽くす形になる。向こうもナイフはとりあえず閉まってくれているので俺の心臓も大分落ち着いてくる。
「ねえ。名前くらい、教えてくれない?」
ショートカットの娘の方が声をかけてくる。名前か。
「僕はユンユさ。で、こっちの後ろにいるのはソフィア」
ユンユに紹介されて、後ろのロングヘアの少女、ソフィアがおずおずと頭を下げる。
こっちの名前はこういう感じなのか、二人ともこの世界の住民って考えてよさそうだな。ってことは、ここで俺がフルネームで大河虎太郎って名乗ったら、「何その名前?」となってしまうわけか。なら。
「俺はトラ。そこのさっきからずっと色々なものを触っている銀髪の娘はエレミヤだ」
「トラに、エレミヤ、ね……じゃあ、トラ、あのさ、お願いなんだけどさ……とりあえず今は敵対してるわけじゃないから、警戒するなって言っても無理だろうけど、もうちょっと柔らかくならない?」
「はっ? 何、どういうこと?」
「いや、だから、目つきとか……そんな威嚇しなくても。正直、あたしもソフィアもびびってるのさ。まあ、大分慣れたけどさ」
ねえ、とユンユとソフィアは頷き合っている。
ひょっとして、二人が最初から様子がおかしかったのはそれが原因か?
「これは生まれつきだ」
とりあえずそう説明しといてから、目つきを緩めようと表情をぐにぐにと適当に変えてみる。
それを見て、ようやくユンユとソフィアはほっとした表情をしてくれる。やれやれ。
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