トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

2  プロローグ2

公開日時: 2020年10月2日(金) 16:54
文字数:4,194

第12次異界調査作戦 資料

 

 第1次異界調査作戦報告書――データなし

 第2次異界調査作戦報告書――データなし

 

 中略

 

 第7次異界調査作戦報告書――データ削除済み

 第8次異界調査作戦報告書――データ削除済み

 第9次異界調査作戦報告書――データ削除済み

 

 中略

 

 第11次異界調査作戦報告書――閲覧資格TAS6125が必要です。個別に本部に問い合わせてください。

 

 

 

 

 配られた、ほとんど何の意味もない資料を眺めて、会議室の面々はぼそぼそと囁きあっている。


 それを、冬村は観察している。この異界浸食対策本部の会議に出席している面々はすべて、所属はある程度ばらばらではあるが、地位も年齢も冬村よりも上だ。彼らを操らなければならない。それには、何よりも観察が必要だ。観察して、状況をコントロールしなければ。


 やがて準備が終わったと部下から合図がある。


 スクリーンにはプロジェクターから『第12次異界調査作戦』の無味乾燥した文字が映し出されている。


 ゆっくりと立ち上がり、冬村はスクリーンの横まで歩いていく。全員の視線が集中するのを感じる。


「では、会議を開始します。議題は第12次異界調査作戦についてです。私は防衛省情報本部、異界浸食対策本部、1等海尉の冬村軍司です」


 今更、会議の参加者で冬村のことを知らない人間はいないが、まずは自己紹介をしておく。


「単刀直入に、これは12回目の異界調査についての承認をいただくための会議です。まずはこれまでの11回の調査、及びそれ以前の調査で、異界浸食現象について分かったことを振り返っておきます」


 スクリーンには、真っ赤な煙状ものに飲み込まれていく森林の写真が映っている。


「1999年、地球上で同時多発的に発生した『赤い霧』――これがただの霧ではなく、霧に包まれて視認不可能になった空間へは侵入不可能になるというのはかなり初期に各国の研究によって明らかになりました。ガラスのような質感の壁に遮られているかのような触感がして、霧の内部へは進めない。日本も、瀬戸内海上にこの『赤い霧』が発生、更に徐々にではありますが範囲を拡大していたため、研究を積極的に行いました。各国合同の研究の結果分かったことは、あれは霧ではなく、異界だということです。つまり、我々とは別の世界が、あのような形でこの世界を食っている――すなわち異界浸食現象だと」


 スクリーンの映像が切り替わる。世界地図。ただ少し違うことは、ところどころが赤く染まっていることだ。


「この赤い部分は霧によって浸食された空間を表しています。異界浸食は地球の公転自転に合わせて相対位置を維持したまま、不定の割合で徐々に拡大を続け、現在地球の32%が浸食されています。国別にみると、合衆国が最大の42%。日本は17%です。すでに四国は完全に浸食されました。当初は一般に向けて都市伝説や陰謀論として扱っていましたが、情報の封鎖、制限、操作は2010年には破綻しています。むしろ、10年もよくもった、と評するべきでしょう」


 会議の参加者なら全員とうに知っている内容を淡々と説明し続ける。


「これによる戦争、未曽有の混乱、終末思想の宗教の台頭――起こったことは無数にありますが、総括すれば、世界は刻一刻と滅亡へと近づいているというのが世界的な共通認識です。無論、我々もそれに手をこまねいていたわけではありません。各国協力のもと、総力をあげて研究を進め、莫大なコストと引き換えに霧に『裂け目』をつくることに成功しました」


 話がそこまで来ると、会議の参加者の半数が顔をしかめる。そう、敗北の歴史が語られることに。


「『裂け目』から内部には、観測機器といったものは侵入できず、人間しか入れない。それが判明してから、各国は軍属の決死隊を送り込み調査を開始しました。日本も自衛隊による調査を行いました。それと同時に、各国の協力体制が揺らぎ、情報が共有されなくなっていった。無論、理解できます。異界の詳細な情報――それは他国に対する強大なアドバンテージとなります」


 今度は、スクリーンには文字列が映る。判明した事実の列挙だ。


「第7次までは調査隊は帰還せず何の連絡もなく、ようやく第7次以降に限定的ではありますが向こうからの通信を受けることに成功しました。が、未だに帰還した調査隊はゼロです。ともかく、多くの犠牲の上に分かったことはここに書いてある通りです」


 指示棒で対応する箇所を指す。


「まず、『裂け目』から侵入できる人数には制限があること。少人数でしか侵入は不可能です。それから、浸食地点一つにつき一か所しか『裂け目』はつくることができないこと。日本は瀬戸内海浸食地点しかありませんから、つくることのできる裂け目は一つだけということです。そして、一度侵入をしたら『裂け目』は閉じ、次回『裂け目』をつくることができるまで不定の期間が必要であること。なお――」


 一度咳払いをしてから、


「あくまでも推測ですが、この不定の期間とはつまり、侵入した調査隊が全滅するまで、という説が有力です。つまり、前の部隊が全滅すると、次の部隊が参戦できる――非常にゲーム的です」


「おい、君ぃ、それはさすがに不謹慎ではないかね?」


 出席者の一人が立ち上がり抗議をし、他数名が同意するざわめき。


 もちろん、この反応は予測している。予測したうえでの布石だ。


「失礼しました。ここまでは、第7次までで判明した事実です。そして、ここからが第7次以降、連絡が可能になってから判明した事実です。『裂け目』の向こう側にあったのは、浸食してきた異界が存在したのではなく、別の世界が丸々存在していた――つまり異世界が存在しており、霧の裂け目はその異世界へのポータルに過ぎないということです。そして、その異世界には敵対的な生物が存在しています。調査隊の発言をそのまま使えば、『モンスター』が」


 言葉を切り、全員の顔を見回す。ゆっくりと、さっきの布石の効果がどれくらいか観察するために。


「そして、侵入した隊員には『レベル』が存在しました。全員がレベル1ですが、モンスターとの戦闘によって、『レベルアップ』した事例も報告されています。更に、『スキル』と呼ばれる特殊能力を各隊員が所持していることが判明しました。非常に限定的ではあるもののこちら側との連絡が成立したのは、そのためのスキルを所持している隊員がいたためです」


 そして、もう一度言う。


「不謹慎は承知で申しますが、非常にゲーム的です。皆様の中には年齢的にゲームに疎い方もいらっしゃるかもしれませんが、先ほどからの事実を素直に考えれば、調査隊はゲームの世界に飛び込んだ、と表現した方が話が早いくらいです」


「それが、どうかしたのかね」


 苛立たし気な質問に対して、冬村は頷く。


「それを受けて、サンプル数がごく少数のため確かなものではないですが――第7次以降の報告を分析したところ、日常的にゲームをする習慣がある、つまりゲーム的なものに触れていた隊員がより長く生存が確認されたというデータもあります。また報告からは、異世界では元々の身体能力や専門知識、技術の有意性がそれほど発揮されなかったそうです」


 すなわち、と冬村は宣言する。


「他の要素を一切無視してでも、ゲームに関して優れている人間を選び、調査隊として異世界に突入させることに、一定の効果が見込まれると私は判断します」


 小さなざわめき。その後に、


「つまり、自衛隊の中から、そのぉ、ゲームが得意な者を集めて調査に行かせるっちゅうことかね?」


 小太りの老人の発言に冬村は首を振る。


「その程度で劇的な効果が見込めるとは思えません。他のあらゆる要素を無して、ゲームに関して、トップレベルの知識、技術、センスを持っているかどうかを重視して招集すべきです。」


 ざわめきが大きくなる。出席者のうちの何人かは、この話がどこに行きつくのか予想できたようだ。


「冬村君、つまり君は――」


「――はい。民間からの調査隊への登用を提案いたします。トップレベルのゲームプレイヤーから調査員を募ります」


 途端、会議室が喧噪に包まれる。誰もが、興奮し、立ち上がり、口々に反論している。


「ここは日本だぞ? 民間人をそんな――世論がどうなるか分かっているのか?」


「どうやって募集をする? いや、募集をしたところで誰がそれに応募するんだ」


「自衛隊、いや防衛省が危険な任務を投げ出したとされるぞ。いや、実際にそうではないのか? 冬村君、自分のところを危険に晒したくないからといって、いくらなんでもこの提案はひどすぎるぞ」


 無数に湧き上がる反論を、冬村は黙って受け止める。ずっと黙り続け、会議室が静かになった頃に、ようやく口を開く。


「ひとつ、この計画は既に準備が終わっています。秘密裏にスカウトを行い、そして数名から了承を得ました。調査隊の名簿は作成してあります。あとは、皆様から許可を得るだけです」


 しん、と部屋が静まる。


「ふたつ、状況が状況だけに、政府が強硬な手段にでてもいたしかたない、という世論が形成されつつあります。他国では死刑囚を調査員として『使用』しているなど、噂レベルであれば様々な情報がインターネット上では飛び交っています。もはや、今回の案件がそれほどセンセーショナルに受け止められる社会情勢ではないと判断します」


 そして、と表情も声色も一切変えずに冬村は身を乗り出す。


「最後に、これは決して我々のわが身可愛さからの提案ではありません。その調査隊には自衛隊からも参加します。世界的に見てもトップクラスのプレイヤーであり自衛隊に所属しているという、この任務にうってつけの人物が存在しますので」


 気勢が削がれたのか、黙って話を聞いている参加者に淡々と語る。


「『ナイツ&ナイツ』。通称『NaK』。歴史があり、プレイヤー数でも同ジャンル内では世界最大の対戦型RTS――リアルタイムストラテジーがあります。この状況下でも行われている世界大会では、優勝賞金が1000万円を超えるほどです」


「な、なんの話をしているんだね、冬村君」


「そのNaKの元日本王者であり、年甲斐もなくほぼ毎日プレイをしているために現時点でも世界ランカーとなっている『frostvvvvvvv』というプレイヤーがいます。調査隊のリーダーにふさわしい。つまり――」


 冬村は右手を自分の胸に当てる。


「――私のことです」


 こうして、会議室は沈黙に満ちる。

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