トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

14  さびれた拠点へ

公開日時: 2020年10月4日(日) 17:00
更新日時: 2021年1月31日(日) 21:48
文字数:3,373

 森から出て草原を歩く。時折、森の中では感じなかった風が吹き抜けていくので心地よい。


 木々に遮られてさっきまで確認できなかった太陽を確認する。太陽、でいいんだよな、あれ? よく分からないが、とにかく太陽的なものがある。位置が低い。地球と同じルールなのであれば、つまりもうすぐ夕方ということだろう。


「あの牛野郎、結構手ごわかったけど、倒してもレベル上がらなかったね。こんなもんなの、ユンユちゃん」


 ユンユとソフィアの案内で団体行動しつつ、遠距離攻撃できる佐久間と霜尾は周囲を警戒、という手はずのはずだが、あの激戦を終えたばかりだからか、どこか気が抜けているらしい。出会ってすぐだというのに、なれなれしく佐久間が声をかける。


「そりゃそうさ。いくら低レベルで、相手が手ごわいからって、そうそうレベルアップなんてするものじゃないよ。低レベルの間は数か月かけて、それを超えたら半年から一年かけて1レベル上げるくらいの感覚じゃあないかな」


 もちろん、戦闘の密度と厳しさによるけどね、とユンユは付け加える。


「あれ、でも、ユンユちゃんもレベル30なんでしょ? ええと、どう見てもまだ10代って感じなんだけど……」


 凄いな。歩きながら呆れを通り越して感心する。こういう状況で、ほぼ初対面の女性に年齢の話をできるものか。面の皮が厚いというかなんというか。


「ええ。わたくしは十七。ユンユは十六ですわ」


 あっさりとソフィアが答える。



 というか、思った以上に若い。若いというか、幼い。まあ、同じくらいの年齢の俺が言える立場でもないけれど。


「僕は子どもの頃から冒険者暮らしをしていたし、ソフィアも幼い頃から英才教育を受けていた身だからね。それに、一応修羅場はくぐってきたから、数週間でレベルアップしたこともあるさ……もちろん、君たちみたいにレベル1でウッドハウンドと戦うなんていうのは修羅場とは言わないよ。ただの自殺だ。そりゃあ、一戦でレベルも上がるさ」


 そういう感覚なのか。


 楽しそうに少女二人と喋っている佐久間を除いて、他のメンバーはほとんど口を開いていない。さっきの死闘の影響で疲労しているのかとも思ったが、そういうわけでもないようだ。


 エレミヤは相変わらずさっきから地面に落ちているもの全てを手あたり次第に触っている。どうやら分析しているようだ。かと思えば、足を止めないままで空を見上げていたりする。空が何か気になるのかと思って見上げてみるが、ただの青空が広がっているだけだ。


 奇妙なことに、冬村もまた、たびたび空を見上げている。本来であればユンユとソフィアに質問したいことが山ほどあるだろうに、何も言わない。もちろん、拠点についてから詳しい話を聞こう決めて今は体力を使わずに移動に専念しているのかもしれないが、少し妙だ。まるで、他に考えるべきことがあるかのように。


 アイリスは血走った目で周囲をぎょろぎょろと警戒している。獣のような表情だ。さっきまでの興奮が冷めていないのかもしれない。正直、怖い。


 霜尾はずっと俯いてぶつぶつと何か呟いているだけだ。


 佐久間たちの会話に割り込む気にもなれず、結局俺はこそこそと蒼井に近づいて話をする。特に用があるわけではない。ただ、さっきから訳の分からないことの連続で誰かと喋っていなければ不安なのだ。


「どう思います、蒼井さん?」


 小声で話しかけると、


「何が?」


「この後ですよ、一体、どうなっていくのか」


「分かるわけがない。とりあえず、あの二人――ユンユとソフィアだっけ、あいつらが俺たちを騙して、このまま進んだら地獄って展開はなさそうだし、まあ、なるようになるんじゃねえの?」


 この人もたいがい適当だな。


「だからそうおっかない顔するなよ」


 とアドバイスしてくるが、俺は単にびびっているだけだ。もちろん、面倒なので説明はしない。


「色々と、考えないといけないことがありますよね」


「いいか、ここからは色々考えるのは多分、冬村さんの役目だ。俺たち下っ端のやることじゃあないぜ。せっかくゲームの世界に来たようなもんなんだから、喜んで剣を振って勇者扱いされてりゃいいじゃないか。固いな、お前は」


「いやいやそんなわけには」


 言葉を止める。風。また吹いてきた風に、独特な匂いが、かすかだが確実にする。これは、潮だ。潮の匂い。


「……海が近いみたいだな」


 蒼井も気付いたらしく、呟く。


 こんな状況だけれど、ついつい深呼吸して胸いっぱいに海の匂いを詰め込んでしまう。

 最後に海に行ったのはいつだろうか。透子がまだ元気だった頃か。確か、あいつは水着を恥ずかしがって、結局――。


「あ、見えた。あれだよ。あれが、僕たちの拠点さ」


 俺の回想はユンユの声で打ち切られる。


 彼女の指さす方向、緩い下り坂の先に、日の光を受けて輝く海原がある。そして、その海岸に、ここからでは木切れを寄せ集めた塊にしか見えないものがある。はっきり言って、さっきのミノタウロスやゴブリンたちがいた砦の方が何倍もまともな拠点に見える、あれ。まさか、あれが。


 思うところがあったのは俺だけではないらしく、見回せば全員が渋い顔をしている。そんな中、振り返って俺たちの顔を見たユンユは快活に笑って、


「どうだい、なかなか快適そうだろう?」


 とウインクしてくる。やれやれ。



 

 

 さすがに遠目から見ると海岸に張り付いている寄せ集められた木片でも、近づけば一応は建造物だということが分かってくる。


 バラック小屋と物見やぐらがいくつか、それがぐるりと壁に囲まれている。そして、そのどれもが木製で、素人目から見ても粗雑につくられているのが分かる。要するに、寄せ集められた木片よりは少しだけマシなレベルの拠点だ。


 最初、二人の門番、それから物見やぐらの上で見張っていた兵士が騒いでいた――いきなり集団が拠点に近づいてきたのだから当たり前だけど。が、その先頭に立っているのがユンユとソフィアだと気付くと徐々に落ち着く。どうやら、この拠点で二人はかなり信用されているようだ。


 とはいえ、やはり騒ぎにはなる。見張りが他の仲間に知らせるためだろう、物見やぐらから急いだ様子で降りていく。


俺たちが出入口の巨大な扉の前に辿り着くと、門番の二人が戸惑いながらも手に持っている槍をこちらに向けて、そこで待てとゼスチャーで示してくる。


 落ち着いた様子でユンユとソフィアがそれに従っているので、俺たちもその通り、黙って大人しく待つことにする。なのに。


「……うーん」


 思わず唸ってしまう。明らかに緊張した様子の見張り二人は、槍をこちらに向けて警戒しているのだが、俺の考えすぎでなければ明らかに槍の穂先は俺を向いている。おまけにその穂先もぶるぶると震えている。超怖い。


 ぐし、と肘でつつかれる。いつの間にか横に来ているアイリスが、すっと顔を近づけてくる。


「ちょっと、もっと愛想よくしてよ」


 そう囁かれる。確かに、言うだけあってアイリスはさっきまで肉食獣みたいな顔をしていたくせに、今ではにこ、と魅力的な(媚びているようにも見える)笑顔を門番に振りまいている。相手は槍を向けてきているのに大したものだ。


 それにならって俺も一応笑顔を向けてみるが、何故だか門番の顔が怖がり穂先の揺れが激しくなる。


 そんな感じで待機していると、ゆっくりと門番の守っている扉が開き、中から初老の男が出てくる。


 顔にいくつかの刀傷のある、白いひげが特徴的な男だ。それほど背丈はないが、がっしりとした体格をしている。武骨な鎧を着込んだその男は、ゆっくりと歩み寄ってくる。その歩き方からして、どうやら片足が不自由なようだ。


「よお、一体どういうことだ?」


 片手に、鎧と同じく武骨な剣をぶらさげて、男がまた一歩前に出る。ユンユとソフィアには剣が当たる間合いだ。


 だが、二人は全く緊張する様子もなく、


「実は、将軍に報告がありますの」


「ああ、僕たちの斥候が、どうもそれどころじゃあなくなってしまってね。将軍に、この、後ろの彼らを紹介したいのさ」


 その言葉に、将軍と呼ばれた男はちらりと俺たちに目を向けてから、


「マレビトか……実際見るのは初めてだな」


 一目で見抜いたらしく、そう言ってから背を向ける。


「もう、日が沈む。モンスターが怖い。とりあえず、全員中に入れ。話はそれから聞く」


 こっちが拍子抜けするくらいにあっさりと、そう言って俺たちは拠点の中に通される。

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