トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

5  初めての戦闘

公開日時: 2020年10月2日(金) 16:55
文字数:3,236

 最初に動いたのは、当然と言えば当然だが、銃器組だ。


 走ってくる獣に向けて、佐久間はアサルトライフルの銃弾をばらまく。


「ぐぇあ」


 数発が一匹の胴体に命中して獣は悲鳴をあげ、ぐらつくが、殺しきれない。三匹はそのまま突っ込んでくる。


 舌打ちをしながら佐久間は、さっきまでからは想像もできないくらいに冷たい目をして後ろに下がりながらリロードを行う。


 銃声。今度は霜尾だ。スナイパーライフルを構えていた霜尾は、無言で引き金を引いている。命中。


 佐久間の銃弾をくらってスピードの落ちていた獣の頭が撃ち抜かれる。やった。残り二匹。


「近すぎる。もう撃つな。フレンドリーファイアの可能性がある」


 冬村の指示が飛ぶ。確かに、既に二匹の獣との距離はわずかだ。つまり、ここからは接近攻撃組の番。


 異様なくらいに、恐怖がない。落ち着いている。俺は一歩前に出る。


 こちらの喉めがけて飛び掛かってくる獣に対して、構えていた剣を思い切り振る。


重い手ごたえ。元の世界であれば、俺の両腕が痺れて剣が吹っ飛んでもおかしくないくらいの衝撃だ。だが、何の問題もない。だが。


「くそっ」


 ダメージは与えられたが、仕留め切れていない。すぐに大勢を立て直してもう一度こちらを襲おうとしてくる獣の、その頭に、


「しっ」


 鋭い気合と共に、蒼井の拳が突き刺さる。吹き飛んで木の幹に激突した獣は、そのまま動かなくなった。これで、二匹。残りの一匹は?


 振り返った俺は、


「いやははははー、やったぜぃ」


 気分のよさそうに笑っているアイリスを見る。


 彼女の手には、地面に落ちていたのを拾ったのであろう木の枝が握られていて、それは残る一匹の獣の喉元に突き刺さっている。


 明らかに獣は絶命してる。何が起こったのか、少し遅れて理解する。アイリスのスキルだ。致命の一撃。隙を見つけて、先の尖った枝で攻撃したのだ。そんなものでも致命の一撃ならば殺すことができるのだ。


「なんだ、もう終わりかよ」


 つまらないな、とリロードした銃を構えた佐久間がぼやく。


 その時、


『レベルアップしました。レベル1→レベル2』


 いきなり、そんな情報が頭に流れ込んでくる。


「うおっ」


 他の面々も同じだったようで、ずっと冷静沈着だった蒼井が声を上げて驚いている。


「えー? こんな簡単にレベルアップするもんなの?」


 戸惑っているアイリス。


 確かに、簡単すぎる。一戦でレベルアップとは、普通のゲーム基準だと考えられない。


「ん? あれ?」


 だが、その疑問が吹き飛ぶ。それどころじゃあない。感覚で、分かる。


「これって……」


 試しに、何もない虚空に向かって剣を振ってみる。思い切り。剣は、さっきまでよりも明らかに速く鋭く空気を切り裂く。


「強く、なってる?」


 一瞬のうちに、明らかに俺は強くなっている。まさしく、レベルアップだ。


「トレーニングの類の意味がなくなるな」


 プロの格闘家でもある蒼井がそう呟いてから拳を近くの木に打ち込む。拳は、簡単に幹に突き刺さる。


「確かに、鍛錬するよりも実践をこなして経験値をため、レベルアップする方が圧倒的に効果的か」


 破壊された幹を観察して蒼井は何度か一人で頷く。


「あ……お……死体が」


 長いぼさぼさの髪をがりがりとかきながら、うつむいたままで霜尾が言う。


 死体?


 見れば、倒した獣の死体が、光の粒になって消えていくところだ。


「まいったね、どこまでもゲーム的だ、こりゃ」


 佐久間はせせら笑ってから、


「で、どうする? とりあえず、このままここにいてもしょうがないだろ、隊長さんよ」


「ああ」


 俺たち全員を見回してから冬村は言う。


「さっき確認したと思うが、私のスキルで目的地の方向は分かっている――こちらだ」


 あの獣たちが現れた方向を指さして、


「この場合、クエストの目的地とはつまり調査地点ということになると推測される。まずは周囲を警戒しながらこちらの方向へと進む。異論はあるか?」


 冬村の発言に、誰も何も言わない。


 だから、その雰囲気の中で手を挙げるのはなかなか勇気がいるが、それでも。


「俺は、反対です」


 と、発言する。


 全員の視線が一気に俺を向く。やりにくい。けど、ここを譲るわけにもいかない。


「反対……? このまま、ここで待機しておくべきだということか?」


 冬村の確認に、俺は首を振る。


「逆です。その方向とは正反対の方向に進むべきだと思います」


「一体どういう――」


「だって、普通に考えたらクエスト目的地に近づくにつれて敵は強くなっていくはずなんですよ? 普通、レベル上げするでしょ」


 適正レベルが足りない可能性があるのにクエストに挑戦するなんて非効率このうえない。ゲームと違って、死んだらそれまでなのだとしたらなおさら。


「あくまでゲーム的ではあるが、この世界がそこまでいわゆるRPG的かどうかは不明だ。クエスト目的地になれば敵が強くなるという君の考えはあくまで可能性の一つだ」


 冬村が反論し、


「大体、さっきの敵もそうだけど、相当雑魚だぜ。あいつら程度がちょっと強くなってもそこまで問題ないだろ。目的地に進みながら敵を殺すことだってあるだろうし、そうすりゃあレベルは勝手に上がっていくだろ。そっちの方が効率いいんじゃないか?」


 それに佐久間も続き、そして頬を歪めて笑みを浮かべてから、


「何だよ何だよ、ひょっとしてあれか、大河君びびっちゃってるんじゃないのか?」


「――あ」


 そう、煽られて、ようやく自覚する。そうだ、俺は、目的地に向かって進みたくない。嫌な予感がして、怯えている。確かにそうだ。


「よせ、佐久間……一応、確認するか。挙手してくれ。このまま目的地に向かって進むことに、賛成の人間は挙手を」


 冬村の言葉に、まずは佐久間が手を挙げる。それから少し興奮状態っぽいアイリスが飛び跳ねながら手を挙げる。ゆっくりとそれに霜尾が続き、それで終わる。


「他は、反対、ということか? 大河以外は理由を聞かせてもらえるか?」


「調査がしたい」


 静かで、澄み切った声。初めて耳にするその声に一瞬誰が喋ったのか分からなかったが、目で確認してようやく分かる。不破エレミヤだ。


「私は調査がしたい。それだけ。少しでも調査の邪魔が入らない可能性のある方向へ進みたい」


「君はそうだろうな。しかし……」


 冬村は一瞬考えこんでから、


「蒼井。君は?」


「――ああ」


 落ち着いた態度のままで、蒼井はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「その前に、大河君、だったよな? 確認したいんだけど、大河君は目的地に進むのに嫌な予感がしてるんじゃあないのか?」


「うえ」


 いきなり言い当てられて困惑しつつ、


「そうです」


 仕方ないので正直に答える。


「そうか。筋がいいぜ」


 何故か蒼井は俺をほめてから、


「俺も同じだ。嫌な予感がする」


「蒼井。悪いが我々は予感などというもので判断はできない。効率を考えれば目的地の方向へと進む方が――」


 冬村の言葉を、


「それだ」


 蒼井が止める。


「……何?」


「それが嫌な予感の理由だ。俺たちはゲームのプレイヤーだが、同時にこういう作戦行動については素人でもある。作戦を効率的に進めることについては、これまでに調査に来たであろう自衛隊をはじめとしたプロの調査隊の方が数段上のはずだ」


 静かな口調で淡々と語る蒼井の話がどこに辿りつくのか分からず、俺たちは黙っていつしか話に引き込まれている。


「だとすればこれまでこの世界に来た調査隊は、全員そうやって効率的に動いたんじゃあないのか? そして、これまでの調査隊は全て――全滅したんだろ?」


「……なるほど。だからこそ、非効率な行動を試してみるべきではないか、という提案か」


「ああ。効率的に作戦が進む方向が分かっているのなら、その真逆に進むというのはアリじゃあないか?」


 蒼井の提案に、冬村は表情を変えることはないが、しばらく黙って何事か考えている。


「……おいおい、隊長さん、まさか、そんな博打みてぇな方法をするってんじゃないだろうね。今までの奴はそうしただろうから逆、なんて」


 黙った冬村に対して焦れたように口を開いた佐久間が言い終わる前に、


「――方針を決定する」


 冬村が口を開く。

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