トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

1  プロローグ1

公開日時: 2020年10月2日(金) 16:54
文字数:3,905

 ウッドハウンドと呼ばれる、森に棲む狼にも似た魔物が襲ってくる。


 ショートカットと長髪の二人の少女は身構える。前衛役のショートカットの少女――ユンユはナイフを構えて、後衛役の長髪の少女――ソフィアは魔術用の杖を構える。


 だが、本能的なものなのか、それとも獲物のレベルを見分ける能力でもあるのか、ウッドハウンドはその少女たちを無視して、傍にいた無力な低レベルな獲物――つまり俺に襲い掛かってくる。


「まずい、トラ、逃げて!」


 焦ったユンユの悲鳴が響く。


 俺が剣をアイリスに貸していて、さっき拾った木の枝を持っているだけだと分かっているから、その悲鳴はなおさら悲痛だ。


 普段のほほんとしているソフィアの顔も凍り付いている。


 そして、俺の眼にはまるでスローモーションのようにウッドハウンドが襲ってくるのが見える。口を大きく開き、牙をこちらの喉元に突き立てようとしているのが。


 俺の手元にあるのはただの細い木の枝だけ。


 それを。


「――パリイ」


 俺は、枝を使って受け流す。


『スキル:パリイ レベル1が発動しました』


 脳内にシステムメッセージが浮かび上がる。


 ウッドハウンドはその動きは速く鋭いが、その分直線的だ。だったら、そこまでアクションゲームが大得意というわけじゃあない俺にもパリイができる。


 攻撃を受け流されたウッドハウンドは大勢を崩し、空中で無防備にふわりと浮いているような状態になる。隙だらけだ。それなら。


 尖った枝を、ただただ突き出す。その隙だらけのウッドハウンドの、急所に向けて。


『スキル:致命の一撃 レベル1が発動しました』


 システムメッセージと共に、枝はいとも簡単にウッドハウンドの胴体に突き刺さって、心臓まで貫通する。


 断末魔すらあげずに、魔物は絶命した。


 しん、と静寂。


 ユンユもソフィアも、ぽかんとしてる。


「……嘘、だろう」


 しばらくしてから、ようやくユンユが口を開く。


「だって、だって、ウッドハウンドってレベルが二桁の冒険者でも一対一なら手こずるモンスターさ。どうして、レベル3のトラが――」


「あー……それは、そのー……」


 どう説明していいか分からず、光の粒になって消えていく魔物の死体を見ながら俺は頭をかく。まいったな。ウッドハウンドに襲われた時より、この状況の方がよほどピンチだ。


 説明するために、俺は思い返す。強烈な思い出だから、すぐに記憶は蘇る。まるで、過去に戻るかのように。そう、俺は過去に戻る。




 

 要するに、俺はMMOを頑張っていたから異世界に送られることになった。




 

 よく双子と勘違いされるが、俺と透子は普通の兄妹だ。俺の方が二つ年上。双子だと思われる理由は見た目が似ているからではない。凛々しい美形の妹に対して、俺はごくごく平凡な見た目。理由は背丈だ。俺は男子高校生としては平均的な身長だが、透子が高い。女子中学生で170近くあるのだから、双子どころか向こうが姉だと勘違いされたこともある。透子の、凛とした雰囲気も実年齢以上に見える大きな理由だろう。


 だけど、こうやって寝ている顔を見ると、昔の、両親を亡くして不安で泣きじゃくり俺に縋り付いていた、あの頃の透子を思い出す。


 もともと白かった肌が更に真っ白になっている。頬もこけている。凛とした雰囲気だけはそのままで、誰もが美少女だと言うだろうが、同時に誰もが病人だと分かるだろう。


 本人も密かに自慢にしていた長く艶やかな黒髪も、少しずつその艶をなくしている。その髪を撫でたい衝動を耐える。透子を起こしてしまうかもしれない。


 最後になるかもしれないその寝顔を目に焼き付けるように見てから、深呼吸、そうして俺はゆっくりと音を立てないように、その病室から退室する。

 

 薬品の臭い、とも単純に言い切れない、強いて言うならば病院の臭い、のする廊下を歩く。すれ違う看護師や医師の中には顔見知りも多い。会釈をしながら歩き続ける。


 ずっと通ってきているから、この病院の構造は通っている高校以上に熟知している。出入口から妹の病室まで、あるいは病室から出入口まで、目を閉じたままでも辿り着ける自信がある。もちろん試したことはないけれど。


 ただ、今日はこのまま帰るわけではない。いつもとはルートが違う。だから、念のために途中の案内板を見て目的地までのルートを確認する。


 エレベーターに乗って、いつもとは違う階で降りて、廊下を歩いて、二度曲がる。そうして目的地に辿り着く。


 休憩室。パイプ椅子に、病院には似つかわしくない男が座っている。


「すいません、お待たせしました」


 そう言ってテーブルを挟んで向かいに座る。


 軽く頷いた男は、立ち上がり、自動販売機でペットボトルのお茶を二つ買うと、一つを俺の前に差し出す。


「どうも」


 お茶を受け取り、至近距離で改めて男を観察する。上下ともに地味なスーツ、背丈は俺と同じくらい、だけどスーツの上からでも体

を鍛え上げているのが分かる。少しだけ白髪の混じった髪をオールバックにまとめている。余計なものを削ぎ落し続けたような顔。病院という空間にいながら、悲嘆も慈愛も何もない。無表情とも違う。昆虫か何かのように、周囲をただただ観察し続けているように見える。こうして実際に顔を合わせるのは二度目だが、やはり不気味、としか言いようがない。


「改めまして、冬村です」


 感情の読み取れない平坦な声でそう言って、男は名刺を差し出してくる。この名刺を見るのも、二度目だ。


『防衛省情報本部 異界浸食対策本部 1等海尉 冬村軍司』


 そう書かれている。


「それで、もうよろしいですか?」


「ああ……妹の顔は見ました。もう、これでいいです」


 冬村は目だけを動かして周囲を観察して、おそらくは誰もいないことを確かめてから、


「結構。それでは、仕事の話に移りましょう」 


「その、冬村さん。その前に、質問いいですか?」


「もちろん」


 体を全く動かさず、頭だけで冬村は頷く。


「俺としちゃあ、はっきり言って、どんな仕事だろうが問題ありませんよ。こんなご時世に、妹をちゃんとした病院に、しかも個室に入院させてもらって、治療費も全部そっち持ちだ。おまけに、こっちは犯罪者ですし」


 自嘲で少し笑ってみるが、冬村の反応は一切ない。


「だから、最初に話が来た時から、断るなんて選択肢はないんです」


「念を押したように、非常に危険度の高い――と言うより、生きて帰る可能性の極めて低い仕事、いえ、任務です。それでもよろしいと?」


「もちろん。ただでさえ、命が嘘みたいに軽くなってる世の中ですから。俺が質問したいのは、むしろそっちが本当に俺でいいのかってことです。トップクラスのゲームプレイヤーを集めている、ですっけ。俺は、自分がトッププレイヤーなんて自覚はないですよ。別にやっているゲームのランキングで一番になってるわけでもないし」


「ふむ……大河虎太郎。17歳。高校二年生。幼少期に両親と死別。妹がいる」


 唐突に、冬村が俺のプロフィールを喋り始める。


「『異界浸食』が始まってから十年、数年前に妹がラザフォート病――通称『異界病』に倒れる。治療費の捻出のため、犯罪に手を染める。犯罪、というのは少し微妙か」


「規約違反ではありますよ。オンラインゲームのアカウント販売、それにアイテムなんかのリアルマネートレード。とにかく、やれそうなゲームには全部手を出して、売りまくりましたよ」


「ここで一つ質問をさせてください。どうして、そのような理由で稼ごうと?」


「元々、いわゆるMMORPGが好きだったんで、慣れていたっていうのが一つ。それから、世界がこうなって、そういうのに信じられない大金を出す人間が増えていたっていうのもあって。まあ、バイトするとか、こんな混乱した情勢で株とかに手を出すとかよりも、よっぽど金が稼げそうだったってだけです」


 異界浸食が始まって数年、混乱の極みを抜けて、世界はゆっくりと諦観に支配されている。特に日本はそうだ。どうせ世界は終わる、と考えている人間が増えて、一時的な快楽や完全な趣味に全財産をつぎ込む人間が日に日に増えてきている。だから、手っ取り早く大金を稼ぐ手段になった。


「実際、君はかなり稼いだようですね。しかも、その稼ぎを設備の増設や情報収集に充てて、更に稼ぐことにした。賢明です」


 俺の自室には数台のPCとスマートフォンが電源に繋がれ、今も稼働している。室温が上がってしまうから、エアコンも常にフル稼働だ。


「ブラックナイト、剣士中心、デッドマンズウォーオンライン、ドラゴンアンドドランゴンズ、オールドスクロール、等々……人気のあるMMORPGには一通り手を出し、短期間のうちにレアアイテムやアカウントを販売できる状態にまで効率よく攻略している。我々の情報網にはかなり上位の候補者として引っ掛かりましたよ」


「それが分からないな。俺は、別にどのゲームでもものすごい記録を達成したり、ランキングで目立ったりは――」


「我々が欲しているのは、ある特定のゲームだけを長時間やりこむ、いわゆる廃人プレイヤーではありません。そうではなくて、『ゲーム的なもの』に高い適応能力を持っているプレイヤーこそ求めています。そう言った意味で、君は非常に適している。そしてもちろん、卑劣な言い方をすれば、我々が好きに操ることのできる弱みを持っているのも好都合です」


 あまりにも正直な発言に、俺は思わず笑ってしまう。笑いながらペットボトルのキャップを開けて、お茶を一口飲んで。


「じゃあ、俺からの質問は終わりです。教えてくださいよ。俺は、何をすればいいんですか?」


 冬村は俺に合わせるように、自分もペットボトルを開けてお茶に口をつけてから、


「我々が君に求めているのは、異界――いえ、異世界への突入です」

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