トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

3  突入1

公開日時: 2020年10月2日(金) 16:55
文字数:3,725

 無数の念押しと説明と書類への署名が済んだ後、俺は手術着のようなものに着替えさせられて、車に乗せられる。


「どうせ物資を向こうに持ち込むことはできないですから」


 そう言われたのでスマートフォン等々も預ける。目隠しをさせられて、車は出発する。


 自衛隊からのものであろう車の中には俺と運転手だけ。他には誰もいない。そして運転手は何も喋らない。俺も喋ることはない。


 だから、暗闇の中で聞こえるのは車の走行音と、自分の鼓動だけ。そう、やけにうるさい。心臓が、うるさい。


 緊張しているのか? 怖がっているのか? 認めるしかない。もちろん、怖い。喉もからからだ。ずっと懸念だった、透子の治療の目途がついた。もう、悔いはないはずだだろう? 自分に言い聞かせても、鼓動はおさまらない。命を捨てるような契約の書類に署名してしまったことを、後悔する。他の方法があったんじゃあないかと、もう終わって、自分で納得したはずのことを、何度も何度も。


 暗闇の中で恐怖と後悔を繰り返しているうちに、時間はすぎて、やがて車は停車する。目隠しをしたまま車を降りるように促される。案内人に手を引かれ、目隠しのままで歩くこと、数十歩。歩くたびに、人の気配が増えていく。


「目隠しを取ってください」


 聞き覚えのある声。


 目隠しを取ると、前に立っていたのは、冬村だ。そして、室内。真っ白い壁と床、天井。冬村も俺と同じように手術着のようなものを着ている。


「さあ、座って」


 促されたので後ろを見てみると、そこには椅子が用意してある。そして、俺や冬村と同じような服装をして、既に座っている数人の男女もいる。


 俺が座ると、冬村は頷き、


「それでは、始めましょう。よく集まってくれました、世界を救うためのトッププレイヤー諸君」


 説明が、始まる。



 

 

「ここからは署名してもらったように、君たちは全員形式上は私の部下ということになる。基本的には私の命令に従ってもらおう。命令違反は重罪だ」


 冬村は口調を改める。


「それでは、改めて、ようこそ。ここは、異界侵食面に近いとある場所に建設された実験施設だ。ここで『裂け目』をつくることができる。君たちにはそこから、向こう側へと突入してもらうことになる。そうして、私の指示のもとに調査を行い、帰還する。それがこのミッションの全てだ」


 ふっと、笑いを漏らす者がいる。俺の隣に座っていた男だ。二十代半ばといったところだろうか。中肉中背でなかなかの美形のその男は、長めの髪をくるくると指で弄っている。皮肉気な笑みを浮かべたまま。


「無論、帰還したものが現在までいないことは事前に説明した通りだ」


 笑った男の方をちらりと見ながら冬村は続ける。


「困難な任務になるだろう。だが、諸君であればやり遂げられると私は信じている」


 冬村の話を聞きながら、俺はちらちらと周囲の、俺以外の座っている面々を確認する。俺以外には、男が三人と女が二人。これに冬村を合わせるから、計七人か。


 そうやって観察している中に、知っている顔をしてぎょっとする。もちろん、知り合いというわけじゃあない。一方的に知っている。有名人だ。蒼井三蔵。まさか、あの人がこれに参加するなんて。


 他には知っている顔はない。俺より年下にも見えるあどけない顔をした女子。中学生、だろうか。地味だが、整った顔立ち。おかしい。知らないはずなのに、どこかで見た顔の気がする。退屈そうだ。


 その女の子の横には、こんな状況でも驚いてしまうくらいの美人。こっちは俺より年上だろう。それにしても、まるでCGか何かのように整っている。長い髪は銀色で碧眼。ハリウッド映画のヒロインみたいだ。全くの無表情だから、その美貌のためにつくりもののように見える。本物人間だろうか。アンドロイドとかじゃなくて?


 あとは、ぼさぼさの髪をしたやせぎすの男。ずっと顔を伏せている。表情が見えない。


「突入の準備ができるまでに、簡単にそれぞれの紹介をしておこう。特に、その能力と実績についての。我々はチームだ。互いのことを知らずに行動はできない」


 冬村はそう言って、紙束を配り出す。それぞれの必要最低限の情報をまとめてある資料のようだ。一枚目には、冬村軍司について書かれている。


「私のことは全員知っているだろう。防衛省所属。今回の計画の立案者。君たちの上官となる。NaKの元日本王者で現在も世界ランカーだ。めくってくれ」


 二枚目は――あれっ。驚いで顔を上げて、さっきの地味な少女を二度見する。そこに資料として載せてある写真と、そこで座っている少女が同一人物だと信じられない。そもそも、超有名人だ。


「有栖川愛。アイドル的な人気を誇る実況プレイヤーで、そちらで使用しているアイリスの名前は君たちも知っているだろう。特に高難易度のゲームの実況に定評がある」


 マジかよ。『アイリスちゃんねる』のアイリスか。もう一度資料の写真を見る。写真の中には、茶色の髪をショートツインテールにして、カラーコンタクトで左目は青で右目は赤、改造してあるミニスカートの制服姿で愛らしく微笑んでいるあのアイリスが映っている。髪の色こそ一緒だが、とてもそこで退屈そうにしている少女と同一人物とは思えない。


「三人目は大河虎太郎」


 俺だ。周囲の反応を伺うが、誰も何も反応していない。ただただ、紙資料をめくる音だけがする。


「ブラックナイトなどの人気のあるMMORPGを複数プレイして、トップクラスの効率で経験値、アイテムなどを稼いできた」


 さすがにリアルマネートレードの話は書かないでくれている。


「四人目は不破エレミヤ」


 あの絶世の美女だ。資料を見ると、大人びて見えるけれど、まだ18歳か。


「彼女は、いわゆる天才だ。この施設の研究員でもある。海外で飛び級をして大学を卒業してからずっと、この異界侵食現象の研究をしてきた。そして、ネットではスピードランの世界で有名だ。ああ、日本ではRTAと言った方が通りがいいかな?」


 RTAとは、ゲームのスタートからクリアまでの時間を競うプレイスタイルのことだ。トップクラスになるとゲームの解析と無数のテクニックを使って、もはや通常のプレイとはまるで別物の変態的な方法で時間を短縮していく。


「五人目。佐久間陣。『バレット&メダル』をはじめとする複数のFPSで入賞している賞金総額では日本トップクラスのプロゲームプレイヤーだ」


 あの、髪の長い笑っていた男だ。


「六人目。蒼井三蔵。説明は――不要かな?」


 出た。ちらりと見る。短髪、無精ひげ。全身の筋肉。あの蒼井三蔵だ。プロの格闘家でありながら、同時に世界一有名な格闘ゲーム『メガファイ2』の世界大会で長年絶対王者として君臨し続けた、日本におけるいわゆるプロゲーマーの先駆け的存在。多分、現時点でも日本で一番有名なプロゲーマーだ。


「七人目。霜尾平次。『EUBG』などのバトルロワイヤル系のゲームで複数、世界ランキング上位を維持し続けている」


 この7人だ、と冬村の説明が終わる。


「さて、ここで親睦を深めたりといったイベントを用意したいところだが、その時間はない。そろそろ、用意ができたころだ。行くとしよう――異世界へ」

 



 

 一人一人ばらばらに分けられて別室に通された後、安定のため、と説明されて注射を打たれて、まるでMRIのような装置に寝かされる。


「いいですか? 先ほど注射した薬品の影響で、あなたの意識はこれから薄れていきます」


 防護服姿の係員が説明してくる。その説明する声が既に少しずつ遠く聞こえてくる。


「そうして意識を完全に失った状態でこの装置を使い、『裂け目』にあなたを通します。向こう側につけば自然に覚醒する手順になっていますので心配しないでください。これは既に確立された方式です」


 眠い。不安や、恐怖といった感情もゆっくりと溶けていく。係員の声はまた遠くなる。


「意識を完全に失うまでの間、あなたが得意としているゲームについて思い浮かべておいてください。『裂け目』を通過する際に想起していた要素があちら側での状態に影響を与えると推察されています」


 薄れていく意識の中で、必死に今までプレイしてきたゲームの数々を思い浮かべる。楽しむことなんてしなくなった、ただただ効率だけを求めてプレイしてきたゲームを。


「ずっとです、ずっとそれを思い浮かべ続けてください」


 係員の声は、はるか彼方だ。


 ゲーム。昔は楽しかったのに。そう、効率、効率だ。ゲーム内外で情報を集めて、時間をつぎ込んで、ただひたすらに効率を求めて。なんでだっけ? ああ、そうだ。透子だ。透子。彼女のためだ。妹。やたら背の高い、大和撫子と表現するには凛々しすぎる、むしろ武士のようにも見える彼女。だけど笑うと年相応に幼く見える、ずっと二人で助け合ってきた妹のためだ。透子のため俺は。助かったのか、透子は。ああ、元気になって、ちゃんと立って、背が高くて俺と同じくらいの目線で笑っている透子に会いたい。


 透子。

 



 

 光。

 



 

「――え」


 唐突だ。そうして、俺はびっしりと木々が生い茂っている真ん中に、おそらくは森の中にいる。眠りからの覚醒とも違う。瞬間的に、意識が完全に鮮明になった感覚。


「それでは――」


 俺の前に立つのは病院で会った時のように、スーツ姿の冬村。


「――作戦を開始する」

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