冬村。ユンユ。そしてバニングを名乗った将軍。報告が終わりソフィアが出ていったのでその三名だけ。他の兵士たちはバニングによって人払いされた。拠点の中央に位置する陣で、三人は座って対峙する。
「不思議そうな顔をしてるな、マレビトの頭」
冬村の顔を見て、バニングが言葉を投げかける。
自分が完全に表情を殺していた自覚のある冬村は、微かに眉をひそめる。
「表情には出ない方だと思っていたが」
「年の功だ。これでも長年冒険者をやっていてな。レベルも30は超えたし、一応は一流冒険者だったんだ。膝を砕かれるまではな」
自分の右膝を例の武骨な剣で軽く叩く。
「俺がソフィアとユンユの報告を受け入れて、お前さんたちを拠点に迎え入れたのが不思議か? だろうな。お前さん、元々軍属だろ? 軍の人間だったら、こういうのは受け入れがたいだろうな。普通は部外者は入れないし、警戒をする」
「そりゃそうさ。言っておくけどね、こっちの世界では皆こうじゃないよ。将軍、というよりこの拠点が緩すぎるのさ」
ユンユが補足説明をする。
「あとは、お前さんたちがマレビトだっていうのが大きい。マレビトってのは、うちの国にとっては特別だからな。ガキの頃から、マレビトの伝説や英雄譚を聞かされた俺たちは、マレビトに出会ったらとにかく協力しろって教えが叩きこまれてるんだ。他国の人間はちょっと理解しにくところだろうな。ましてや、マレビトみたいな他の世界の人間にはなあ」
「国民性の問題、だと? だが、この拠点が特別緩いというのもあるようだが」
「ああ、そりゃあ、あるぜ。ここはどうでもいい拠点だからな」
バニングは地図を広げると、
「ラコウ大陸を攻略中の我々連合軍の拠点は、ここだ。今、我々がいる場所だな」
海岸の一か所を指さす。
「で、本命は、こっちだ」
と、今度はその箇所から大陸の中心を挟んで逆側の海岸に指をさす。
「――つまり、この拠点は陽動作戦のためのものだと?」
「当初はそうだったらしいが、今やそういうわけじゃねえな。なにせ、とっくの昔に魔族側にもこれはバレてる。だからこそ、この拠点に構ってない。百年以上前に囮としてつくられた拠点が、未だに残ってるだけだ。だから、有効活用として向こうの本隊と戦争してる間にちょこちょことちょっかいを出したり、調査を行ったりしているわけだ。もしも向こうが本腰を入れてこっちの拠点を攻撃してきたら、放棄していつでも逃げ出せるように準備をしてな」
「なるほど」
「納得したか?」
「納得できるほど材料はない。そもそも、私たちはこの世界について何も知らないに等しい。空を見れば、青色で太陽もあった。雲もだ」
そう冬村が言うと、きょとんとした顔をしてバニングとユンユは顔を見合わせてから、
「どういう意味だい?」
ユンユの方が質問する。
「どこまで私たちの世界とルールが同じなのかは分からないが、とりあえず大気はあり、恒星も存在し、そして対流も起こっている。そこまでまるきりルールが違う世界ではない、ということくらいは分かった。逆に言うと、それくらいだ」
ため息と共に、冬村は肩をすくめる。
「魔族という存在の意味が分からない。部下に聞いた話だと、この世界にはドワーフやエルフなどもいるらしいが、それらは人の一種らしいな。だが、それならどうして魔族は人の一種に数えられていないのか。一体何が根本的に違うのかが分からない。それから魔術についてもよく分からない。スキルというものについても。ああ、そもそも我々の間で言葉が通じている理由もだ」
片っ端から無数に疑問を投げつける冬村にバニングは苦笑し、
「言葉については『言霊』のおかげだが、こいつを説明し出すとそもそも『魔素』の話をせにゃならん。いや、魔族の話をするならどっちにしろそういう話になるが――今はそういう話をじっくりとしている暇がない。そもそも俺はそういうのが得意じゃあないしなあ。この件が終わったら学者にでも聞け」
「そうしよう。ともかく、納得は全くできていない。かといって、完全に納得できるまで動かないつもりでもない。それだけ分かってもらえればそれでいい。私たちはあなた方と協力していきたいと思っている。今のところは」
「それはありがたいね。あのミノタウロスを倒したほどの実力の持ち主、戦力になる、どころの話じゃあないさ」
快活に笑うユンユの横で、渋い顔をするバニング将軍はため息とともにひげを引っ張る。
「そう、そのミノタウロスだ。こっちの拠点を一匹で壊滅させてもおかしくない化け物。そいつがこっちの拠点の攻撃に来るのがおかしいんだ。そんな余裕はないはずだ、向こうにもな。そんな戦力があったら向こうの――本隊との戦いにまわすはずだ」
「何か、変化があった、と?」
「おいおい、まさか、本隊の方が壊滅した、とは言わないだろうね。だとすると、連合側は大ピンチどころの話じゃない。絶体絶命さ」
ユンユもさすがに顔をしかめる。
「最悪も想定せんとな。そういうわけで、明日、日が昇ったら本格的に調査に向かう。状況によっては、この拠点を廃棄して潔く撤退するしかない」
だから、とバニングは冬村の目をじっと見る。
「ミノタウロスを倒すほどの力を持つ、お前さんたちマレビトの力が必要なんだ。協力してくれれば、便宜を図る。あぶれ者ばかりの拠点の指揮官にすぎないが、それでも腐っても将軍だ。お前さんたちがこの世界で生きていくのを手助けするくらいはできる」
「さっきも言ったように――」
冬村はガラス玉のように感情のない目でバニングを見返す。
「私たちはあなた方に協力すること自体に異論はない。ただ、必要最低限の情報や物資は分けてもらえると考えていいか?」
「ん? ああ、物資で言えば、ポーションくらいならな。装備は――」
「マレビトなんだし、武器を持っていない人たちに武器を渡したり、あるいはサブウェポンとして何か持っていくくらいでいいんじゃないのかな?」
ユンユの発言に冬村は無言で視線を向ける。
「ああ、説明が必要かい? マレビトがこの世界にやってきた時に身に着けているものは、『神器』と言って、そのマレビトと共に成長し、そして最も相性がいいとされる武器や防具なんだ。冬村で言うと、その見たこともない服――それは見た目、ただの布のようにも見えるかもしれないけど、実際には兵士の鎧よりもよっぽど高性能なはずだよ」
「このスーツが? なるほど、不思議なものだ」
呟いた冬村は頷き、
「だったらそれで構わない。防具はいいが、武器を持っていない人間が――蒼井はおそらく拳だけでいいとして、私と有栖川、それから不破、か。三名だ。少なくともその三名分の武器を準備して欲しい」
「いいだろう。さあて、じゃあ、明日どうなるか、だな。調査の結果、鬼が出るか蛇が出るか。もし本当に本隊の方の拠点が壊滅しているようなら、こっちの拠点も時間の問題だ。逃げ出す準備をしとかないとな」
何故だか少し嬉しそうに言うバニングに対して、
「将軍。それで、調査に向かうメンバーは? 僕とソフィアは行くとして――」
「そのことだが」
冬村はユンユの言葉を遮り、身を乗り出す。
「協力の条件として、その調査に向かうメンバーの人選、私に任せてもらえないだろうか?」
考えがある、と言って冬村は彼には珍しく、笑ってみせる。友好を示したいのだろうが、慣れていないせいでぎこちない。
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