トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

18  決戦前夜

公開日時: 2020年10月5日(月) 16:00
更新日時: 2020年10月11日(日) 23:31
文字数:2,855

 焚火の前に立ちはだかって、ソフィアを簡易調理台の前からなるべく遠ざけるように足を動かす。


「いや、昨日も食事をつくってもらったのに悪いよ」


「いえいえ、構いませんわ、トラ様。わたくし食事をつくるって他の方に食べていただくのは趣味ですの」


 そう言いながらおそらくは私物であろう唐辛子を懐から次々に取り出す。周囲の兵士たちが震えだしている。


「いや、本当に、マジで――」


「実は料理つくるの、あたしも趣味なのー。ねえねえ、今夜はあたしに譲ってくれないー?」


 間延びした口調でアイリスがソフィアに向けて上目遣いで小首をかしげる。


「そういうことでしたら、お譲りいたしますわ」


 ソフィアのセリフに俺、そして他の兵士たちはほっと安堵の息を吐く。ソフィアが離れていった後でアイリスが、


「これ、貸しひとつね」


 さっきまでとは全く違う乾いた口調で言う。


「助かったよ」


「甘やかしすぎじゃない? 辛すぎて食えたもんじゃないってはっきり言えばいいのに」


「いやあ、何となく言いづらいんだよ、あの人相手だと。分かるだろ?」


「まあ、分からないでもないけど……さーて、面倒だけど言った手前料理しますか」


「お、料理できるの?」


「それ系の動画配信したことあるから、その時に勉強した」


 なるほど。


「あ、アイリスちゃん、俺、手伝おうか?」


「えっ、本当ですかー? 助かりますー、おじさま」


「俺も手伝うよ」


 途端に、彼女に既に手懐けられている兵士たちが群がる。ここはもう任せよう。


 少し離れたところで、適当に椅子の代わりになりそうな石に座る。焚火、それからすぐ背後になる砦を見てから、息を吐く。まさか、こんな場所で一夜を過ごすことになろうとは。


「あの娘、元々凄まじい過保護な家で育ってね。刺激の強い飲食物なんて、一切口に入れたことがなかったのさ」


 苦笑を浮かべたユンユがいつの間にか近づいてきて、俺の横に座る。


「冒険者になってから、辛いものを初めて食べて、こんな素晴らしいものがあったのかと感動したらしくてね。あれで完全に善意なのさ、許してやってくれ」


「ああ、悪意ゼロなのは分かってる。分かっているから、言いにくいんだよ」


「まったくさ」


 はい、とユンユが暖かいお茶の入った金属製のコップを渡してくる。


 それをすすりながら、空を見上げる。木々の隙間から見える空。日は沈み、元の世界では見ることのないくらいの満点の星空。兵士が交代で見張りをしているとはいえ、いつモンスターが襲ってくるか分からないと本来なら気を張っていなければいけないはずだが、それでもついぼうっと眺めてしまいそうになるくらいの星空だ。


「確か、今はユンユは寝るシフトじゃなかったっけ?」


「明日のことを考えると、なかなか寝付けないんだ。どうしても、緊張してしまってね」


「まあ、普通そうだよな」


 佐久間は自分が寝る番になったらさっさと寝てしまった。今は料理をしているアイリスも、多分睡眠のタイミングになったらすぐ眠るだろう。精神構造が違う。霜尾はどこで何をしているのか分からない。多分、狙撃銃で周囲を警戒しているのだろう、と思うけど。


「明日は、正念場だもんなあ」


 お茶をもう一口飲んで、俺は呟く。


 明日、暗黒水晶を攻略する。あまり俺には実感が湧かないが、ソフィアやユンユ、他の兵士についてはまさに正念場らしい。全員、どこか浮足立っている。


 冬村を通じての将軍の説明、そしてユンユやソフィアへの質問。それを統合しての暗黒水晶というものの俺の理解は、次のようなものだ。


 そもそも、この世界自体、そして生物の体内には魔素というものが存在している。これを消費して魔術師は魔術を使用するし、ソフィアのような法術師は法術を使用する(俺は未だに魔術と法術の違いがいまいち分かっていないが)そうだ。日本語を使っていないこちらの世界の人々と話が通じているのも、それぞれの体内にある魔素が互いの言葉の意味自体――言霊と呼ばれている――を伝えているのが理由だという。


 魔族、モンスター(この二つも厳密には違うらしい)にとっては、魔素は更に重要だ。何故なら、奴らはそれを原動力として生きているからだ。人間を襲うのも、その体内の魔素を取り込むためらしい。そもそも、魔素が濃厚な場所でモンスターは発生するらしい。つまり、魔素によって生まれ、それで生きていく。


 その魔素を生み出しているのが、この世界の各地にある暗黒水晶と呼ばれるものだ。つまり暗黒水晶の近くではモンスターが無尽蔵に湧く。そして何よりも、暗黒水晶から生み出される魔素は魔族、モンスター以外には利用できない。つまり、向こうが圧倒的に有利だ。


 だが、暗黒水晶の周囲を人側が一定時間占領することによって、暗黒水晶は純白水晶と呼ばれるものに変化する。その名の通り、色が真っ白に変わるのだ。こうなると、魔素を生み出し続けるのは同様だが、今度はその魔素は逆に人以外は利用できない。つまりモンスターの無限湧きは止まるし、その周辺では人間が魔術法術使い放題になるということだ。それだけでなく、この世界では魔素を利用した道具類もかなり発達しているらしく、どうもコストゼロの発電機があるようなものらしい。つまり純白水晶は生活の基盤になっているわけだ。


 だから純白水晶の周辺から人は栄え、町や要塞などの様々な重要拠点の中心部には必ず純白水晶が存在している。


 魔族側と人側の戦争とはつまり、水晶の奪い合いに尽きるのだ。


「エリア確保のルールでチーム戦してるってことか」とは、説明を聞いた佐久間のコメントだ。非常に分かり易い。


「将軍も兵士も、気合が入っているよ。それはそうさ、なにせ、これで純白水晶を確保できたら、そこを中心に巨大な要塞がつくられる。当然、実績も含めて自分たちがその所属になるだろうしね。そうなれば、日陰者だった立場も終わる。あんな、キャンプの寄せ集めみたいな拠点からも解放される」


 別に僕はあの拠点そこまで嫌いじゃないんだけどね、とユンユは笑う。


「明日か……」


 お茶を飲み干して、立ち上がる。


 暗黒水晶は当然、魔族側によって厳重に警備されているはずだ。だが、俺たちが見たあの暗黒水晶にいるモンスターの数はそれほどでなかった。


 そこから、将軍と冬村が導き出した結論はこうだ。ミノタウロスがこちらの拠点に来たのは、連合軍本隊との戦闘が魔族側優勢になって余裕が出たためではない。むしろ逆だ。人間側が優勢で魔族側を圧倒し、押し出される形でミノタウロスというモンスターがこっち側にきたのではないか。そして、そのような状況下のため、通常ならば厳重なはずの暗黒水晶の警備が手薄になっている。こんなチャンスは二度とないかもしれない。


 だからこそ、将軍は賭けに出た。全兵力で暗黒水晶を占領し、純白水晶に変えてそこに拠点を移す。後はその報告を本隊にすれば、その拠点は巨大な要塞へと変わり、はみ出し者の兵士たちは勲章と最新の要塞勤務の地位を手に入れることができる。


 俺たちもその賭けに乗ることになったわけだけど、さて、勝つことができるかどうか、祈るだけだ。

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