トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

6  チーム分け

公開日時: 2020年10月3日(土) 17:41
更新日時: 2020年10月6日(火) 01:50
文字数:5,083

 冬村の方針は折衷案だった。目的地に進みたいメンバーも、逆方向を調査したいメンバーも納得するような案。


 まず、拠点をつくる。拠点というのは、つまりここだ。その場で、周囲の木々を切り倒して簡易的なバリケードなどを設置する。


 普通だったらそれに一体どれくらいの時間がかかるのか分からないが、今の俺たち、特にレベルが2になっている状態の俺たちなら、木を切り倒すのも運ぶのもそこまで苦じゃあない。


 そうやって拠点をつくっておいてから、3つのチームに分ける。目的地の方向を調べるチーム。拠点の周辺を警戒するチーム。そして目的地とは逆方向を調べるチーム。もちろん、どのチームも戦闘は極力避けて、慎重に状況を調査することだけを目的に、だ。


 拠点周辺のチームはリーダーである冬村と、護衛役に蒼井。遠距離攻撃が可能な佐久間と霜尾が担当。そして、冬村のスキルであるナビゲートが示すのとは真逆の方向を調査するのが、アイリス、不破、そして俺のチームだ。


 剣を構え、周囲を警戒しながら俺は歩いていく。時折、木に傷をつける。これは拠点に戻る際の目印であり、自分たちがある程度真っすぐ歩いていることを確認するためのものだ。


「ねえねえ」


 拠点が草木に遮られて見えなくなるくらいに離れてから、するするとアイリスが身を寄せてくる。状況によってはどきりとするのかもしれないけれど、正直なところそれどころじゃあない。周囲の警戒で精いっぱいだ。



「大可君ってあだ名とかないの?」


「ん? ああ、トラって呼ばれてるよ。虎太郎だから」


 びくびくと怯えながら周囲を見回しつつ、それだけ言う。


「へえー、じゃあ、あたしもトラって呼んでいーい?」


「ああ、どうぞ」


 そろそろ次の目印をつくろう、と剣で近くにあった木の幹を斬りつける。


「じゃあさじゃあさー、あたしはアイリスって呼んでよ。ほら、実際、アイリスの時の恰好だし、そう呼ばれた方がしっくりくるしさー」


 くるりと見せつけるようにアイリスは体を一回転し、その拍子にミニスカートがふわりと浮き上がり白い太ももが露わになる。


 だが、全くそれを気にしている余裕はない。目つきが悪いと普段から言われている俺の目は、ずっとぎょろぎょろと周囲を睨むことしかできないのだ。


 余裕綽々なアイリスと俺との違いは要するに、バックボーンの違いだ。アイリスは高難易度のアクションゲームをよく実況プレイしていたが、俺はMMORPG専門でアクションゲームもFPSもそして運動自体も、完全に普通。ただの平均値だ。だから、今この状況で、敵に襲い掛かられてもうまくしのげる自信は一切ない。


 さっき敵を倒した時に分かったように、どうやら何らかの補正が働いているようで、まるで自分の体とは思えないくらいにスムーズに剣を振るい敵を倒すことはできたが、それだけで獣の襲撃に対して自信が持てるわけがない。


「分かった。よろしく頼むよ、アイリス」


 警戒を緩めず、そっけない感じになってしまったがそう返すと、


「むー……」


 と、何故かアイリスは頬を膨らませている。


 さっきからずっと黙っている不破――不破エレミヤという、年上のようにも、あるいはずっと年下の少女のようにも見える女性は、木に、草に、土に、石に白い指を這わせ、小さく頷いている。


 あの『分析』というスキルを使用しているのだろう。


「不破さん、何か分かりました?」


 飛び級して研究員をしていた、つまり社会人ということなので、一応敬語を使う。


「エレミヤ」


 だが、短い返答は疑問への返答ではなかった。


「え?」


「敬語もいい。エレミヤと呼んで。私もトラと呼ぶ」


「はあ……分かり、いや、分かった」


「うん」


 表情を変えず頷いてからエレミヤは、


「スキルを使用していた。オブジェクトを分析……土壌や石からは、特に何も分からなかった。土、石、とそのままの情報が頭の中に流れ込むだけ。そして植物については、そもそも分析ができない。おそらく、オブジェクトに生物は含まれないということ」


 淡々と事実だけを説明してくる。


「それより、気付いている?」


 エレミヤの問いかけに、何を、とは返さない。分かっているからだ。分析の結果をエレミヤが説明している途中から、何かが三人を取り囲んでいる。


 敵とのエンカウント。当然、あってもおかしくない。だからこそ、剣を構えていたのだ。


「へへへ、レベル上げってことねー」


 横で、アイリスが舌なめずりをしている。色の違う左右の目は見開かれ、だらんと両手を力を抜いて垂らしている。その右手に握られたのは尖った枝。


「狼型が2、兎型が3」


 エレミヤが呟くと同時に、一歩後ろに下がる。現時点で彼女に戦闘方法がない。いわゆる、後衛職というやつだと思う。レベルが上がったらそれ用のスキルを覚えるんじゃあないだろうか。


 彼女の言葉通り、さっき倒した狼のような獣が二匹と、ねじくれた長い角を生やした兎のような獣が三匹。


「――あっ」


 そう言えば、と思い出す。


「アイリス」


「んー?」


 油断なく獣を見据えながら、アイリスは声だけで先を促す。


「パリイのスキル、共有させてもらえるか?」


「ああ、どうぞ」


 よし。じゃあ、許可は得たけど、どうすればいいんだ?


 その途端、頭の中に、


『スキル 協力要請 を使用しました。パリイのスキルを使用可能になりました』


 と文章が流れる。


 ほぼそれと同時に、狼が飛び掛かってくる。


 さっき見たのと同じ、直線的な動きだ。これなら、俺にも見切れる。アクションがそんなに得意じゃない俺にも。ちゃんとした剣を持っているなら、なおさら。


 狼の噛みつきに合わせて、剣を当てる。ただ、当てるだけ。当てたら、そのまま押し返すのではなく、横に流すイメージ。パリイが発動しろ、と念じながら。


『スキル パリイ を使用しました』


 頭の中のメッセージと共に、いとも簡単に狼の攻撃を受け流すことができる。


 ころん、と狼が地面を転がり、無防備になる。考えるよりも体が勝手に動いている。ゲームの中のキャラクターさながらに、俺はその狼に向かって長剣を振り下ろし、刃は狼の喉元に吸い込まれて一撃で命を奪う。


 横眼で確認すると、既に『致命の一撃』でただの枝で狼を屠っているアイリスが、三匹の兎に取り囲まれている。


 危ない、と思わず無策に走り出すところだった。


なにせ、さっきまでの狼もどきに比べて、角の長い兎三匹の動きはあまりにも不規則だ。大きく跳ねたり小さく跳ねたり、かと思えば弾丸のように、角を突き刺そうとアイリスに飛び掛かったり。三匹が三匹ともばらばらの動きをしながら、襲い掛かっている。


 だが俺の足は止まる。アイリスの口が、端が吊り上げられ三日月のような笑みを形づくっているのを見てしまったからだ。


 笑うアイリスはばらばらの動き、タイミングで飛び掛かる兎の攻撃を全て頼りない木の枝でほぼ同時に捌き、いとも簡単に『致命の一撃』で兎に枝を突き入れていく。


 一瞬の間に、角のある兎は骸と化す。俺が狼を一匹倒す間に、アイリスは狼と兎三匹をいとも簡単に倒している。


「三匹同時かあ。赤目先生より、よっぽどぬるいわねえ」


 にい、と笑ったままアイリスが言う。


 赤目先生。アイリスのゲーム実況の代表と言ってもいい『ゴーストシリーズ』の二作目、そこの最初のボスが赤い目をした三匹のモンスターで信じられない難易度だというのは有名な話だ。プレイしたことのない俺でも知っている。そのボス戦をクリアする頃には、三匹に囲まれても焦らない冷静さ、ほぼ同時の攻撃を回避しパリイするテクニック、そう言った初心者が中級者以上へと昇るために必要なものを身に着けることになることから、インターネット上ではそのボスは『赤目先生』の名で呼ばれている。


「さすがにまだレベル3にはならないかー」


 残念がるアイリスの表情は、いつの間にかさっきまでの恐ろしく好戦的なものからのほほんとしたものに戻っている。


「……あれ?」


 思わず声が出る。


 光の粒子になって消えていく獣たちの死体。だが、兎の死体の一つだけ、光の粒で消え去った後に緑色の液体が入ったガラス瓶が残っている。


「ドロップアイテムかよ。こんなものまであるのか」


 完全にゲームだな、ともはや呆れる。


「……下級ポーション。体力回復役」


 拾い上げたエレミヤが短く説明する。


 どうして知っている、とは疑問に思わない。もちろん、例の『分析』を使ったのだろう。


「さーて、じゃあ、続きいきましょうかー」


 アイリスの音頭で、俺たちはまた再び調査を再開する。


 貸してもらったパリイのスキルで、狼相手なら受け流すだけなら何とかなる。そして、兎でも狼でも、アイリスなら倒すことができる。そう考えて、俺は落ちている太い枝、というよりも棒を拾って、


「俺はこれで何とかなる……はず。アイリスに貸してもらったパリイのスキルがあるしな。ということで、もしものために剣はエレミヤが持っててくれよ」


「ん。感謝する」


 多少、おっかなびっくりな様子ながら、エレミヤは剣を受け取る。試しに振ってみると、


「うおお」


 と、うろたえながら体を前に後ろにぐらぐらと揺らしている。剣の重量に振り回されているのだ。


 というかあれが普通なのであり、いとも簡単に金属製の長剣を振ることができている俺の方がおかしい。何らかの『補正』が働いているのだと思う。ともかく、あくまでも万が一の時に身を守る助けになればいいのだからこれでいいだろう。


「やっさしい、トラ。ゲームでもそんな感じで人助けしてるのー?」


 歩き出してすぐに、くすくす笑いながらアイリスは俺にはよく意図の分からない質問をしてくる。


「いやほらー、あたしたちのスキルって、元々やってたゲームとか、そのゲームのプレイスタイルからでしょ、多分?」


 だからさ、とぐいっとアイリスは顔を寄せて、


「『協力要請』なんてスキル、人とよく協力するプレイスタイルだから持ってるんじゃないのー?」


「ああー、そういう意味か……まあ、確かに協力はするけど、アイリスが思ってるのとは違う形だ。俺は、そのー」


 のけぞって顔を離しながら、せっかく冬村が秘密にしてくれたのだからどう言おうか少し考えて、


「楽しむよりも効率重視なんだ。だから、一番重要なのは人に協力してもらうことなんだよ。何とか仲良くなって、協力体制をとって、情報やアイテムなんかをもらったり、協力して高難易度のクエストを周回したり……そんなことばかりしてたから、な」


 ゲームスキルよりも、そちらの方が俺の特徴と言ってもいいかもしれない。なるほど、あんなスキルを手に入れるはずだ。自分で言っていて気付いた。


 歩きながらそんなことを考えていると、またアイリスは何が気に入らないのか頬を膨らませている。だが、やがて大きく深くため息をつく。


「まあ、いいか」


 さっきまでとは打って変わって、ぞっとするほど無味乾燥した口調で言う。


 そのまま三人で歩き続ける。


 途中で、狼と兎には襲われるが、それだけだ。馬鹿げた数に襲われることも、見たこともない獣に出くわすこともない。


 アイリスが前衛でどんどんと仕留めていき、俺が狼の攻撃については何とかいなし、後衛で剣を構えたエレミヤが身を守る。この方法でこちらはダメージを負うことなく、無事に進むことができた。戦闘は三度ほど。下級ポーションは二つ手に入った。合わせて三つだ。なかなかなんじゃないか?


「あー、何か、あれなの、トラって?」


 慣れたのか、尖った枝を両手に一本ずつ持ち、二刀流のようにして歩くアイリスが投げやりに言葉を投げてくる。


「何?」


 こっちは全く余裕がないのでついついそっけない返しになる。多少は慣れてきたが、それでも狼に突然襲われたら対処できる自信はないし、そうでなくとも不規則な動きをする兎の方が来たら大ピンチだ。


「どうもあたしに対して冷たくない? ひょっとして、そんな目つきしてる割に、女の子に囲まれたような生活してたの?」


 目つきは関係ないだろ。


「あたしみたいな美少女にこうやって近寄られてもさ、全然なんか、心が動いてる感ないし。美少女に慣れてんの?」


 自分で美少女って言うかね。


「あたし以外にも、エレミヤちゃんだってかなりの美少女だしさ」


 そう言われてエレミヤは無言無表情のままピースサインしてくる。


「とにかく、普通はこんな美少女二人に囲まれた浮かれそうなもんじゃん? 特にあたしみたいにフランクな美少女がいたら。慣れてんの?」


「妹が、まあ……」


「あ、美少女?」


「超絶」


 本心を答える。


「シスコンかよ」


 喋っているうちにまた何かの気配がする。


 構える。狼が、六匹。


「さあて、そろそろレベル上がるかなあ」


 ぎらついた目で笑うアイリス。ちょっと怖い。


 俺は木の棒を握りなおす。

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