トッププレイヤーたちは異世界大戦を攻略できるか

片里鴎
片里鴎

21  全滅、そして

公開日時: 2020年10月5日(月) 16:00
文字数:5,274

 散開した兵士たちがただただ無造作に切り刻まれてばらばらの肉片に変わっていく中、佐久間はひたすらに銃をバッタの化け物に撃ち続けている。


「ちっ」


 命中しているはずだ。だが、一切ダメージを受けている様子はない。レベルが違いすぎるのか。


 他の兵士と一緒に逃げ出そうと思っていた佐久間だが、どうもそれが難しいらしいと感じてすぐに応戦に切り替えた。どうやらあの化け物は、逃げ出して距離が遠くなった兵士を優先して殺しているようだ。誰一人逃がすつもりはない、ということか。


「一匹で何人殺すつもりだよ。キルレートがとんでもないことになってるじゃないかよ、化け物」


 呟いてまたアサルトライフルの弾を化け物に叩き込む。


「いいね、続けて。気を逸らすくらいの効果はあるでしょ」


 横で、化け物に向けて突進しようとしているアイリスがすれ違いざまに言う。彼女の顔には笑顔。眼は血走って見開かれている。


 若いのに、どうしてあそこまで死に急いでいるのやら。佐久間は銃を撃ち続ける。


 ゲームだったらとっくの昔にリタイアしている状況だ。そう、昔から佐久間は無駄が嫌いだった。効率のいい方法を常に模索していたし、無駄なことは最初からしなかった。野球は好きだったがプロになれる才能はないのが分かっていたからさっさと部活はやめたし、勉強も一定以上になるとコストパフォーマンスが悪くなると判断してそれなり以上は努力しなかった。プロゲーマーを目指したのは、自分ならばそれに到達する可能性が高いし、これから発展していく分野だからコストパフォーマンスが高いと考えたからだ。ただ、それだけ。ゲーム中でも、その効率を優先する思考方法は役にたった。好き嫌いや得意不得意ではなく、ただ最も効率的なプレイングに集中して、キルレートを少しでも上げて。


 さて、じゃあどうして異世界への突入なんて明らかに危険と報酬が釣り合っていないものに参加したんだったか?


 佐久間の回想は激痛で断ち切られる。左脚が切断された。体勢が崩れるが、その状況でも地面と他の死体を利用して何とか銃口を化け物に向けて、撃ち続ける。


 とりあえずは諦めず撃ち続ける。なにせ、諦めるのは効率が悪い。期待値がゼロだからだ。





『できる限り身を低くして、あの化け物から離れろ』


 そうスキルで指示を出してから、冬村はその場に腰を下ろす。正確には、もう立っていられないだけだ。


 既に、片足と片手を切断され、脇腹の傷も深い。意識は朦朧としている。


 逃げていくものから殺しているようだが、それでも逃げなければ助かる道はない。見逃されるのを期待して逃げる。それだけが、生き延びる道だろう。


「悪いな、不破」


 横で、最初の一撃で体を切り裂かれて半死半生の状態の不破エレミヤに声をかける。


 とめどなく血を流し続ける口をそれでも僅かに動かして、エレミヤは、


「……できた」


 次の瞬間、化け物の体に宙からの衝撃が降り注いでいる。多少、化け物の体勢が崩れる。不破の魔術だ。だが、それだけ。


 そうして、それきり真っ赤に染まった白衣の少女は動かなくなる。


『冬村さん、生きてますか?』


 と、大河からの通信に、冬村は、


『どうした?』


 朦朧として今にも消えそうな意識の中でそう返す。


『ロード中です。まだ5%です。時間さえ稼げば、何とかなるかもしれない』


 向こうも焦っているのか、そんな意味不明なことを言う。だが、それでも冬村は大河のことをそれなりには信用している。臆病で慎重だからこそ、この状況下で錯乱して意味不明なことをするはずもない。


 とにかく、重要なのは大河が時間を稼げばなんとかなる、と報告してきたことだ。どの道、状況は絶望的だ。


 奥歯を嚙み締める。ほとんどが溢れ出て地面に流れてしまった生命力、その生命力のほんのわずか、まだ体の隅の方に残っていた分をかき集める。


『指示を変更する。全員、あの化け物相手に時間を稼げ』


 消えかけた意識を何とかつなぎとめて、その指示を出す。その指示に、一体どれほどの意味があるのかは分からないままだが。


 そうして、


「……これで、終わりか。無能な指揮官だけにはなりたくなかったが」


 最後に深いため息をついて、冬村はどしゃ、と地面に転がる。





 冬村のスキルの指示は届いた。けど、時間稼ぎって、どうすればいいのやら。


 そう思いながらも、全身に切り傷をつくりながらユンユはグラモスに接近している。ソフィアの防御力強化がなければ全身バラバラになっていただろう。


 エレミヤの無属性魔術により、一瞬よろめいた隙に更に一気に接近できる。捉えた。


 そのタイミングで、全身の防御力強化が消えるのが分かる。


 ――死んだか、ソフィア。


 心の片隅で、最後の瞬間まで自分のために法術を使用し続けてくれたパートナーへの惜別の念を抱きつつ、両手のナイフをグラモスに突き立てる。


 伝説に自分の技量がどこまで通用するか、確かめてやる。


 ユンユのナイフは全てがグラモスの外骨格に弾かれる。突き刺さりはしない。想定内だ。こっちは目くらまし。ソフィアにも秘密にしていた、奥の手。ナイフを既に捨てている手に持ったのは、細く長い針。その針を、外骨格の隙間に突き立てる。


「やるな、小娘」


 意外なことに、グラモスが言葉を発する。


だがそれにユンユは失望する。大金をはたいて買った、格上モンスターでも一瞬で殺せるほどの毒を塗った針。それを食らわせても、ごくごく普通に喋っているなんて。これじゃあ、殺せないらしい。


 そうして、全てをその一撃にかけていたがために隙だらけになったユンユの体を、全方向から鎌が襲う。


 まあ、あのグラモスに『やるな』って認めてはもらえた。僕たちはなかなかのものだったみたいだよ、ソフィア。


 そう思ってから、ユンユは無数の肉片になる。





 ユンユが細切れにされている間に、アイリスは笑みを浮かべたままで更にあの化け物に疾走する。距離を詰める。


 だが、先に化け物に辿り着いたのは、別の方向から走りこんできていた蒼井だった。全身傷だらけの蒼井は、それでも化け物の体に拳を叩きこむ。


 ユンユが何かやったのか、少しだが化け物の動きが鈍くなっている。蒼井の攻撃がその化け物に向けて当たっている。


「しいっ」


 蒼井の猛攻。だが、化け物はそれを受けても多少体を揺らすだけで、ダメージを受けている様子はない。さっきから佐久間の銃撃も当たっているが、まるで意に介していない。


 光の筋がはしって、蒼井の喉元がぱっくりと切り裂かれる。それで、彼は倒れる。


 だが、その間に、アイリスは無傷のままでとうとう化け物に手が届く距離に辿り着いた。


「むうっ」


 更に、倒れたはずの蒼井が突如として飛び起きて、化け物を背後から羽交い絞めにする。化け物は蒼井を切り刻む。既に絶命しただろうが、だがそれでも蒼井の死体がそのまま化け物にまとわりついている。化け物の動きが更に鈍る。


 やった。これなら、見切れるかもしれない。


 アイリスは両手の短剣を握りしめ、笑顔のまま突撃する。


 見切れるかもしれない、ではない。自分なら見切れる。何故なら自分はずっと今しか見ていないからだ。未来を考えるのが嫌いだった。今しか見ない。ずっとそうやってきた。異界侵食現象によって世界がゆっくりと終末ムードになっていくのはむしろ願ったりだった。未来なんていらない。今、今、今。今だ。今しか見えない。


 彼女の目に、刹那、血に濡れた鎌のきらめきが映る。今だ。


『スキル:パリイ レベル1が発動しました』


 うまく行った。化け物が大きく姿勢を崩す。


「ほう、やる」


 化け物が感嘆を漏らす。


 だが同時にアイリスは宙を舞っている。


 何が起きたのだろう、と不思議に思っているアイリスは自分の下半身が地面にあることを確認する。そうか、当然だけど鎌はひとつじゃあない。受け流したのとは別の鎌に切断されたのか。


 暗くなっていく視界の中、既にアイリスを死んだと判断した化け物が崩れた姿勢のまま、鎌で遠距離にいる佐久間を刻むのを確認する。隙だらけだ。今だ、やれ。


「ははっ」


 口から血をこぼしながら笑い、アイリスは上半身だけで宙を舞いながらも、短剣を突き出す。隙だらけの化け物に向かって。


『スキル:致命の一撃 レベル1が発動しました。しかし実力差のために倒せませんでした』


 そのシステムメッセージに舌打ちしながら、

 ――まあ、でも、なかなか面白かったし、悪くない終わり方じゃない。

 そう思って地面に激突する前にアイリスの意識は失われる。




 

 パリイする。かなり遅くなった鎌の一撃は、俺でもなんとか受け流すことが可能になっている。俺を狙っていない、適当な一撃ならば。


『ロード中。現在87%』


 右足は太もものあたりを斬られて、もう動かない。それでも、這いずるようにして距離を取る。視界の端で、皆が立ち向かって死んでいくのが見えた。それでも、俺はただ一人、逃げ回っている。恥ずべき行為かもしれない。それでも、生き残りたい。


 また鎌が振り回される。何とかパリイのスキルで受け流す。だが、右手の指が吹き飛ぶ。もう、痛みなんて感じない。


「……あ?」


 と、さっきまでずっと鳴っていた、あの鎌の風切り音がしなくなったのに気付く。そうして、周囲を見回して。


「ああ」


 既に、動いているのが自分だけになっている。他は全て、ばらばらの肉片に変わっている。


 そうして、死に物狂いで、仲間も見捨てて稼いだはずの距離は。


「お前が最後か」


 あっという間に、グラモスによって詰められる。


『ロード中。現在、90%』


 時間を稼がなければ。ただ、それだけしか思えない。


「どうして」


 俺は口を動かす。


「どうして、こんな」


「マレビトの出現を感知した。マレビトを殺すために我らはいる。ミノタウロス程度で殺すことができるならそれもよし。それを退けたから、暗黒水晶を餌にして貴様らマレビトを釣り上げた」


 意外にも、グラモスは話に付き合ってくれる。


「お、俺たちを、殺すため? それだけに、こんな」


「マレビトは確実に殲滅する。一人残らず。それが至上命令だ。見よ」


 グラモスは鎌の一つを使って、自らの複眼を指し示す。左の複眼が、わずかに傷ついている。ほんの、浅いひっかき傷程度。おそらくは、アイリスの一撃だ。


「低レベルの貴様らですら、我に傷をつける。マレビトは危険だ。こちらに出現次第、殲滅する」


 これまで、こちらの世界に侵入した者たちがどうして全員失敗してきたのか。その理由がようやく分かる。


「目が死んでいないな。何かを待っているのか?」


 グラモスが、俺を見下ろしている。気付かれた?


『ロード中。現在、93%』


 間に合わない。くそ、くそ、畜生。


 ちきちき、とカッターナイフの刃を伸ばす時のような音がして、三本の節足が俺に向く。三方向からの一撃を受け流すことなど、できそうもない。


「やめてくれ、頼む」


 時間を、少しでも時間を稼がないと。


 だが、もうグラモスにはこちらの会話に付き合うつもりはないらしい。鎌が動き始め。


「――ほう」


 銃声と共にグラモスが弾けるように後退する。


「狙撃か」


 狙撃。霜尾か。生きていたのか。


 さらに狙撃は続く。恐るべきことに、霜尾の狙撃は正確にグラモスの複眼の傷を狙っているようだ。明らかにこれまでとは違い、ダメージを感じさせるようにグラモスの頭が揺れる。


「なんの、これしき」


 微かにグラモスの声に愉悦らしきものが混じる。


 次の瞬間、俺に向いていた三本の鎌がしゅる、と森の奥へと伸びる。


 一秒も経たずに、グラモスの鎌は戻ってくる。ずたずたにされた、霜尾の上半身を串刺しにして引きずった状態で。


「……ヘッドショットをしたはずだ……死ねよ」


 その状態でも微かに息があったらしく、霜尾はそう呟いてから黙る。死んだ。


「やはり、マレビトは危険だ」


 その上半身を粉々に切り刻んでから、グラモスの鎌がこちらを向く。


 畜生、透子。死にたくない。


 死に際の集中力だろうか。こちらに向けて振り下ろされる鎌がやけにゆっくりに見える。


 一本、何とか剣で当てて防ぐ。パリイ発動。受け流す。多少、グラモスの姿勢が崩れる。だが他の二つが俺の両手と片耳を斬り飛ばす。


「しぶとい」


 グラモスは呟いて、改めてもう一度鎌を俺の首に向けて振る。今度は防ぎようがない。間に合わないのか。まだなのか。


 鎌は、ゆっくりと俺の首に食い込んで、そして骨などないかのようにあっさりと切断する。宙に舞った生首状態の俺は、切り刻まれていく自分の身体を宙から見下ろしながら、意識が急激に薄れて消えていく。その刹那。


『ロード完了しました』





「――うわっ」


 まるで、電流が全身を通り抜けるような感触。びりっ、と体が勝手に震えて意識が一瞬ふわっとする。


「何だ、今の。電気が流れたみたいな――」


 そう言って、気付く。暗黒水晶が、真っ白になっている。純白の水晶。いや、違う。それどころじゃあない。記憶。ずたずたにされたグラモスの記憶が蘇り。


「なるほど」


 純白水晶を見ていた冬村は振り向いて、


「攻略完了、という――どうした、大河。その顔は」


 おそらくは真っ白い顔をした俺は、まずは両手で自分の首がつながっているのを触って確認してから、


「……冬村さん、ちょっと、相談が」


 そう言うしかない。

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