俺とアンナはラーメンをたらふく食べ終えると博多駅へと向かった。
二人で替え玉を3つも食べてしまった……つまり一人4杯。
胃袋が互いに10代の男子だからな。
これで帰って晩飯もしっかり食うんだから末恐ろしい生き物だぜ。
そうこうしているうちに博多シティが見えてきた。
「じゃあ、アンナはここでお別れするね……」
どこか寂しげで、顔がちょっと引きつっている。
設定上では福岡のどっかに住んでいるらしく、遠方で田舎らしい。
あくまで設定ね。
本当は俺の住んでいる真島の二つ隣りの|席内《むしろうち》に住んでいるヤツなんだが……。
「一緒に電車、乗らないのか?」
俺は敢えて尋ねる。
だって、寂しそうなんだもん。
「あ、アンナはすごく田舎だし……一緒には無理…かな?」
いや、なんで自分で疑問形?
「そうか、ならば仕方ないな。じゃあ、俺は先に帰るぞ」
付き合ってられん。
アンナを博多駅の中央口に残してその場を去る。
背を向けて改札口に向かおうとした時だった。
「待って! タッくん!」
振り返ると少し涙目になったアンナがいた。
「ん?」
「また……また取材しようね!」
「ああ、またな」
「絶対だからね!」
迷子のように不安げだ。
そんなに別れ惜しむなら、設定に流されんと一緒に帰ればいいだろうに……。
俺は背を向けて手だけ振ってやった。
あんまり深入りすぎるのも互いのために良くない。
そう思っていた。
過剰なまでに彼女の期待に応える……ということは俺には不可能だ。
アンナはあくまでも虚像のカノジョ。
取材対象であって、恋愛の対象ではない。
いや、あってはならないのだ。
そこだけは俺の『物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない』という性格が邪魔する。
というか、邪魔してくれ。
そうじゃないと、俺は完璧そっちの世界にいっちまうよ……。
「でも……アンナといる方が楽しい」
ホームに立って珍しく独り言をつぶやく。
近くにいた若い女が俺を見て不審者を見るような目つきで睨む。
普段の俺なら「なに見てやがんだ、コノヤロー!」と心の中で叫ぶのだが。
なぜか今は一人アンナを残してしまったことを悔いている。
ナンパでもされてないだろうか?
また痴漢にあった時どう対処するのか?
俺がいなくても帰れるだろうか?
自分でもわからなかった。
なぜこんなにも彼女のことを心配しているのか。
俺は電車に乗るとすぐにスマホを取り出した。
スマホはいつもの通り、L●NE通知の嵐。
別れて10分も経ってないのに、41件。
どんだけ暇なんだよ、アンナさん。
『タッくん、無事に電車に乗れた?』
『アンナの今日の写真、絶対二人の秘密だよ☆』
『またお風呂入りたいね☆』
『そうだ、夏はプールに行こうよ☆』
『アンナは帰ったらデブリのボニョを観るよ☆』
いちいち報告しすぎなんだよ!
生存報告なら1通でええんじゃ、ボケェ!
「フフ……」
気がつくと俺は笑っていた。
社内の窓に写ったニヤけ顔に嫌気がさす。
なんだかんだ言って、アンナとのやり取りは楽しい。
俺はアンナにL●NEを返す。
『アンナ、今度はいつ取材しようか?』
しばらくするとメッセージではなく、L●NE通話がかかってくる。
俺はマナーモードにしていなかったため、YUIKAちゃんの「幸せセンセー」の曲にびっくらこく。
『もしもし? タッくん!?』
すごく取り乱した様子だった。
「どうした? 今、電車だぞ」
小声で応対する。
『ご、ごめん……今度は遊園地とかどう?』
「ゆうえんち?」
ガキっぽいセンスにアホな声で答えてしまう。
『うん☆ かじきかえん!』
「ああ、懐かしいな」
そうそう保育園の遠足で……って何年前の話だよ!
小学生かよ!
かじきかえんとは、|梶木《かじき》駅周辺にある遊園地のことだ。
都市部にある歴史ある遊園地のため、土地としては規模は小さめ。
どちらかというと、客は小さなおこちゃまが多いイメージだ。
そう、10代の子が行く場所ではない。
何より男の子同士で遊ぶのか?
「マジでかじきかえんか?」
『ダメ?』
甘えた声で聞かれる。
いやん、ドキドキしちゃう。
「いや、構わんが……」
『じゃあ約束ね☆ いつ行く?』
行動力が半端ない! 早すぎだろ。
「そうだな……今週の日曜日でどうだ?」
スクーリングはないしな。
『日曜日だね☆ お弁当、作っていくね☆』
そう言うと一方的に電話を切られた。
何やら忙しそうな様子。
また良からぬサプライズでも用意する気では?
結局、アンナと電話しているうちに真島駅に着いていた。
通話を終えると近くに座っていた老人に
「こりゃあ! このバカチンがくさ!」
と変な博多弁で怒られた。
まあ俺が悪いので、
「すんませんくさ!」
と謝っておいた。
帰宅すると、妹のかなでが仁王立ちしていた。
「お帰りなさい! おにーさま!」
「ただいま。どうした? 推しのキャラでも死んだか?」
「違いますわ! 今までどこに行ってたんですの!?」
これは説教だな。
というか、ラブホとでも答える兄貴がどこにいる。
「それは言えん」
「なんでですの!? 夕刊配達までブッチする理由ですの!?」
ヤベッ! アンナとイチャイチャするのが楽しすぎて夕刊配達忘れてた。
「すまん、忘れてた……」
「|毎々《まいまい》新聞の店長さんが心配してましたわよ! 『根暗映画オタクの琢人くんが休むなんて痴漢冤罪で捕まったんじゃないか?』って!」
仕事を休む理由かよ!
店長、俺のことをそんなやつに見てたんかい!
「な訳ないだろ」
「じゃあ真面目なおにーさまが仕事をブッチした理由を聞かせてください、ですの!」
や、やべぇ……かなり怒っているよ、妹ちゃん。
「その……あれだよ。取材、小説の……」
自分でも説得力に欠ける言い訳だと思った。
しかし事実だしな。
ウソは言ってない。
「絶対ッ、ウソですわ! 1000パーセント!」
いや、パーセンテージ高すぎ。
「本当にもう一つの仕事だよ……」
わき汗が滲み出る。
そこへ痛いBLエプロンをかけた琴音ママが登場。
「あら、タクくん。遅いお帰りねぇ」
ニヤニヤしながら俺を見つめる。
「や、やぁ、母さん。ただいま……」
「あら? タクくん、お風呂に入った?」
ギクッ!
「え? お風呂?」
声が裏返ってしまう。
「うん、なんだか石鹸のいい香りがするわね」
「なんでそう思う?」
「だって家の石鹸の香りじゃないわ。うちはそんな高い石鹸買いません」
ニッコリと微笑む母さん。
これは「あたいに隠し事するとBL小説書かすぞ、ゴラァ!」という無言のプレッシャーである。
「そ、それは……」
言葉に詰まっていると妹のかなでが俺のTシャツを掴み、鼻でクンクンと嗅ぐ。
犬かよ。
「お母さまの言う通りですわ! うちの石鹸ではありません! おにーさま、まさか……」
青ざめた顔で絶句し、数歩後退するかなで。
「かなで? お前は何か変なこと考えてないか?」
「おにーさまが童貞を喪失してしまいましたわ!」
ファッ!?
「あらあら……それはお赤飯を炊かないとね♪」
眼鏡が光る琴音さん。
「あのな、お前らいい加減にしろよ……」
俺は拳を作って怒りで震えていた。
だって童貞のままだもの。
「ヒドいですわ!」
泣いて怒鳴るかなで。
「なにがだよ?」
こっちもキレていた。
「どうせヤるならこのかなでと3Pしてくださったら良かったのに!」
そう言って、階段を昇っていく妹15歳。
これでJCなんだぜ? 変態だよな……。
「タクくん」
母さんの背後からは「ゴゴゴゴゴゴッ」と謎のスタンドを感じた。
「なあに、母さん……」
「ヤッちまいな!」
そう言って二階を指差す。
「はぁ?」
「一度、女とヤッたんだろ? ならかなでちゃんも食べちゃえよ!」
食べれるか!
「母さん、誤解だ。俺はまだ童貞のままだ」
息子になにを告白させるんだよ、この家庭。
その後、かなでと母さんの説得に3時間を要した。
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