「さん、しー、ご、ろく、っと。これで全員やんね?」
みちるの点呼に、横一列に並んだ一年生部員が「はい」と返事をした。みなこ、七海、奏、めぐ。それに佳奈の姿も。まばらな返しに、みちるの傍らにいる知子は少しだけ顔を曇らせる。注意したそうな顔だが、叱りの言葉は飲み込んだらしい。怖い先輩だと思われたくないのかもしれない。
「六人ですか。まぁまぁ上出来ですね」
「そうやんね。去年が五人で今年が六人。じわじわ人数増えてきて嬉しいな」
みちるが会話しているのは二年の男子部員。確か新歓ライブではギターを演奏していた人だ。
「それにしても今年も新男子部員は一人。なんでですかね?」
「うちはなぜか伝統的に女子部員が多いからなぁ」
「学年全体でも女子生徒の方は多いっすけど、こんな極端とちゃいますもんね。不思議ですねぇ」
みちると話している男子部員の他は三年生に一人。確かに男子部員が少ない。男子は運動部が充実しているせいだろうか? ふと、みなこは隣に並ぶ航平の顔を見上げる。
「なんやねん」
「なんでもない」
気づかない間に航平の背は随分と高くなっていた。こうして隣に並ぶなんて何年ぶりのことだろう。正面にある鏡に写り込んだ自分の背は、航平の肩ほどまでしかない。
「新歓ライブで部活内の女子比率の高さを見せてるからかもな。男子は、男女比がこういう割合やと入りづらいんとちゃう?」
「あー織辺先輩の言う通りっすね。確かにそれはあると思います。俺も入部する時、少し思いました」
「伊坂がビビリなだけちゃうん」
ギターを弾いていた男子生徒の脇を隣に立つ女子生徒が肘でついた。
「誰がビビリやて」
「女子多かったらなんで入りづらいんな。意味わからんわ」
ふん、と鼻を鳴らして二年の女子生徒がそっぽを向く。随分とツンケンしている人だな、とみなこはその小さく可愛らしい横顔をぼっーと眺めた。
「まぁまぁ里帆ちゃん新入生の前やから、今日はその辺で」
「……分かりました」
拗ねた表情を浮かべつつ、彼女は素直にみちるに従った。よく見れば首には、ストラップがぶら下がっている。きっとサックスのパートでみちるの直属の後輩なのだろう。
「今日はとりあえず各学年の顔見せやからね。あ、あとそれぞれが演奏する楽器を決めんとあかんね。……その前に部長なにか挨拶する?」
みちるの問いかけに、「大丈夫」と知子は断りをいれた。「そっか。ほんなら――」とみちるが言葉を続けようとしたところ、七海がビシッと手を上げた。
「えーっと、七海ちゃん? うん、いつも元気やね。どうしたん?」
「はい、七海です! えー、二年生と三年生は九人って言ってませんでした? 今は八人しかいないんじゃ?」
七海の言う通り上級生は八人しか見当たらない。「それなら美帆ちゃんが今、」とみちるが言いかけたところでスタジオのドアが開いた。
「すいません、委員会の仕事で遅れました」
入って女子生徒は、里帆と瓜二つだった。顔も背丈も髪型もまるっきり同じだ。
「ドッペルゲンガー?」
「どう考えても双子やろ」
「そうなん?」
まさかと思うが本気で言っているのか、とみなこは心配になる。呆れた様子でめぐがため息をついた。
「七海って結構馬鹿やんな」
「ひどっ」
美帆は慌てた様子で上級生が並ぶ列へと割って入った。里帆の隣に立つともうどっちがどっちなのか区別がつかない。並ぶ双子を微笑ましそうに眺めながら、みちるは可愛らしく首を傾けた。
「大丈夫やよ。今、顔合わせしてて、次に楽器決めるところ。それじゃ知ちゃんあとはよろしく」
「それじゃ、希望の楽器を聞いていこうと思います。……楽器初心者やまだやりたい楽器が決まってない人はいますか?」
航平が恐る恐る手を上げた。中学時代からギターやドラムを練習していたみなこと七海とは違い彼はサッカー一筋。楽器など音楽の授業でやったリコーダーくらいの経験しかないはずだ。
「トランペット希望なんですけど、楽器自体は未経験です。大丈夫ですかね?」
「もちろん大丈夫です。……ただ初心者なら楽器の紹介はしておいた方がええかな。それぞれの特徴を聞いて気持ちが変わるかもしれんから。他の子達も未経験の楽器だとしてもやりたいものがあれば是非挑戦してみてください」
そう言って、知子はゆっくりとスタジオの端にあるピアノの方へと歩いていった。鍵盤蓋を持ち上げ、中に敷いてある赤いカバーを丁寧にめくる。一つ呼吸を置いてから、短いフレーズを演奏した。
「他の楽器希望の人の中にも小さい頃に習ってたって人もおるかな? どの楽器にでも共通して言えることやけど、ジャズではクラシック音楽とは違いアドリブ、つまり自己表現のような形式を加えて演奏することがほとんどです。そういう意味では、これまでにピアノを経験してきた人でも、また新しい側面に出会えてよりピアノ演奏が楽しくなると思います。今、ピアノを演奏しているのは私だけなので、経験者も初心者も大歓迎です」
立ち上がり頭を下げた知子に、みなこたちは拍手をする。
「次はトランペット。久住さんお願い」
「トランペット三年の久住祥子です。楽器経験はなくとも知ってる人は多いと思います。初心者の方は音が出すのが難しかったりすると思いますが、トランペットは花形の楽器です。舞台の上でかっこよく演奏して拍手を貰える気持ちよさを知ってもらいたいと思います。ちなみにトランペットは私と沖田美帆ちゃんの二人です」
「それじゃ、トロンボーン。中村くん」
「トロンボーン三年の中村建太です。吹奏楽とかに興味がないとなかなか知る機会のない楽器かもしれません。それにジャズにおけるトロンボーン演奏は結構ハードル高めです。けど、その分、演奏の楽しさも増していると思います! 是非希望してください。演奏者は、俺の他は二年の笠原桃菜ちゃんです」
「新歓でドラムしてた先輩やな。トロンボーンやったんや」
七海の耳打ちにみなこは頷く。あまり無駄話をして怒られたくなかった。
「ベース二年の鈴木杏奈です。今、ベースは一人きりで……うちには軽音部がないのでベースが弾きたくて入部してくれた子がいれば嬉しいです。部内にはウッドベースもあるので一緒に練習しましょう!」
「ギター二年の伊坂大樹です。ギターは知らないって人の方が少ないんじゃないでしょうか? お馴染みっちゃお馴染みやけど、ジャズを演奏するには普通のロックギター以上に、ギターを理解しないといけません。今は、俺一人なので是非ギターを選んでください」
「サックスの東みちるです。サックス内でパートわけもあるんやけど、今は私がテナーで、沖田里帆ちゃんがバリトン。ですが、もちろん被っても大丈夫です! サックスは、メインになることも多いと思うので目立つポジションです。頼りない副部長ですが、よければ一緒に演奏しましょう……とまぁこんなとこやね」
照れくさそうにみちるが口端を緩めた。穏やかな表情で知子の方を向けば、赤のリボンが揺れる。一つ手を鳴らしてから、知子が口を開いた。
「それじゃ、新一年に希望楽器を聞いていきたいと思います。まずは、」
「はい! 私、ドラム希望です!」
知子の声が聞こえなくなるくらい、うるさいくらいの声を七海が発した。隣にいたみなこは思わず顔をしかめる。話の腰を折られ、知子もあまりいい顔はしていない。回りに気を使わない七海の性格は、奏の時のように良い方へ働く時もあればその逆もあるのだ。
それでも、みちるはまるで子どもを見守る親のような顔でクスクスと笑みをこぼした。
「七海ちゃんは、見学の時から言っとったもんね。ほんでみなこちゃんがギターで、奏ちゃんがベースやったかな?」
「そうです」
「他の楽器の選択肢もあるけど、それで大丈夫?」
みなこと奏は同時に頷く。やりたい楽器ははじめから決まっている。ギターを持って舞台に立ち、新歓ライブで見た知子たちのような演奏をしてみたい。あのライブで感じた興奮は、冷めやらぬまま、みなこの中で燃えたぎっていた。
「井垣さんは、アルトサックスって言ってたよね?」
空咳を飛ばし、知子は長い黒髪をかきあげた。佳奈はまっすぐに知子を見つめて、はっきりと返事する。佳奈のポニーテールは黄色いゴムでまとめられていた。
「はい。サックス希望です」
「ほんなら佳奈ちゃんはうちで預かるねー。航平くんはどうするん?」
「俺も希望は変わりなくトランペットです」
「よし、ほんならセクションごとに別れて少し練習しよか。サックス、トランペット、トロンボーンは小スタジオに一旦移動してください」
それぞれのパートはセクションと呼んでいるらしい。みちるの指示に返事をして全員が動き出す。一年生が同じ楽器の先輩についていく中、七海はポカンと口を開いていた。
「あれ? 私は誰に教わればええんやろ」
困っていた七海に近づいて声をかけたのは、知子だった。
「大西さんはドラム希望やったな……。中村くんトロンボーンは希望者おらんかったいうのもあるけど……ドラム叩けるんは中村くんだけやから教えてくれる?」
「そうやな。俺もホンマに基本的なことしかわからんけど」
「貴重なドラマーやからよろしく頼むね」
「そうやなぁ、俺もトロンボーン吹きたいし。大西には頑張ってもらわなな」
「……はい! 頑張らせていただきます!」
七海がビシッと敬礼をしている。そのやる気を横目で見つつ、自分も頑張らねば、とみなこはギターの準備をしている大樹の元へ向かった。
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