「遅かったやん」
十時過ぎにホテルへ戻ったみなこに、佳奈がそんな嫉妬混じりの言葉をかけてきた。
「高橋?」
「なんでそこで航平なん?」
「二人でどっか遊びに行ってたんかなって」
「なんで航平と二人で遊びに行かなあかんの」
「だって、夕方、浜辺に二人でおったやろ?」
下ろしたお風呂上がりの髪が、白い彼女の項に張り付いている。買い物の係だった佳奈がどうしてそのことを知ってるのかとみなこは驚いた。
「なんで知ってんの?」
「伊藤さんが教えてくれた」
どうやら、航平と二人でいるところをめぐに見られていたらしい。別に見られたからなんだというわけでないけど。少なくとも目の前の佳奈は誤解をしている。
「今は、横山さんに練習付き合って貰ってただけ。別に航平とどっか行ってたとかちゃうから」
すっかり炭の匂いの移ったパーカーを脱ぎながら、みなこは棒みたいになった足を休めるためベッドに腰掛けた。佳奈が「へぇ」と猫なで声で答える。
「でも、雰囲気良さそうだったって伊藤さんは言ってたけど?」
確かに景色は綺麗だったし航平の演奏も良かった。だけど、そういう男女の関係では決してない。ただの幼馴染だから。そう心の中で反論してみるが、口について出た言葉は「そんなんちゃうよ」という肯定にも捉えかねない一言だった。
ふーん、とつまらなそうに喉を鳴らしながら、「みなこはもっとおませさんかと思ってた」と佳奈が顔をすんと澄ませる。
「なにその言い回し」
「変?」
「変ではないけど」
佳奈はどこまで冗談で言っているのか。おませさん、だなんて恥ずかしげもなく淡々とそんなことを言ってくる。だけど、あの時の航平の演奏を思い出すと、少しだけ胸が高鳴る。ちょっとだけ苦しく、そして切ない。
「でもええなぁ。そういうシチュエーション」
「佳奈って恋愛に興味あんの?」
「人並みには?」
意外そうな顔をしたみなこに、佳奈は頬を膨れさせた。
「私が恋愛に興味あったらおかしいん?」
「いや、そんなことはないけど」
かぶりを振り否定はしたけれど、恋愛に興味があるだなんて、この春の彼女から想像も出来ないことだった。最近の彼女の印象は、意外と女の子っぽい。一瞬だけふてくされたような顔をして、佳奈は羨ましそうに口端を釣り上げた。
「ほら、男の子と二人きりで浜辺って素敵やん」
「相手が航平じゃなかったらね」
あくまで航平は違うのだ、とまるで自分に言い聞かせているみたいだと思った。そんな自分を俯瞰しているみなこを気づいてか、佳奈が意地悪な顔をする。
「みなこがそうでも、高橋がどう思ってるか分かんないもんね」
「だーかーら、そういうんじゃないんやって」
くすりと笑った佳奈に、みなこは「アホ」と吐き捨てる。なんだか子どもっぽいやりとりに、堪えきれずに笑いがこぼれた。
明日の午前の練習で合宿は終わる。この二日間は、恐ろしく濃かったな、そんなことを考えながら、みなこはベッドに身体を沈めた。
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