ジリジリと蒸し暑さがみなこの額に汗を流した。盆地という土地柄のせいか、まだ午前中だというのに、京都市内はみなこの住む川西市の倍ぐらいの暑さがあるみたいに感じた。だけど、住み慣れている人にとっては、へばるほどの暑さじゃないらしく、祖父母は元気に観光客でごった返している四条通を進んでいく。
阪急の河原町駅まで迎えに出向いてくれた祖父母と向かっているのは八坂神社だ。祖父母の家から近いため、初詣などお参りに行くのがみなこの家の習慣だった。帰りにかき氷を買ってもらえるご褒美がなければ、祖父母の家でゆっくりしておきたいところだけど。
百貨店やショッピングモールが並ぶ駅前を抜けて、鴨川に掛かる四条大橋に出る。川床の料理店で涼んでいる観光客を眺めながら、遅れを取り戻そうとみなこは足を早めた。
「部活やってるんやって?」
そう訊ねてきた祖母に、みなこは汗を拭いながら頷く。拭っても拭っても止まらない汗。塗った日焼け止めは、しっかり効力を発揮してくれるだろうか。
「イベントとかに出て、人前で演奏してたもんな」
と、どこか自慢げな母がスマートフォンを操作して祖父母に写真を見せる。その横で父も暑そうにしていた。京都生まれ京都育ちの母とは違い、父はみなこと同じ川西市出身だ。きっと、この暑さに慣れないんだろう。父だって結婚してから何回もここに来ているはずなのに。恐らくみなこもこの暑さに慣れることは今後もなさそうだ。
「ギター弾いてるのがみなこかい?」
微笑ましそうに祖父母が見ている写真は、夏休み前、ソリオ宝塚で行われた七夕のイベントの時、母が撮影したものだ。はじめてステージに立ったみなこの姿を母は観に来てくれていたらしい。本当は父も来たかったらしいが、仕事が忙しく来られなかったそう。文化祭は、「有給を取って行くぞ」とやる気を見せていた。
「お父さんたちも一回くらい観に来たら?」
母の勧めに、二人は「みなこの晴れ姿は見とかんとなぁ」としみじみ呟く。
「来月、文化祭があるから来てくれるならそこがええかも」
父方の祖父母も来るつもりだと言っていたし、身内が全員揃うのは少し恥ずかしいが、観に来てくれるのは嬉しい。一瞬だけ、あの坂道を登るのは少しつらいかもしれないと過ぎったが、恐らくその心配はないはず。この暑い中、これだけの人混みを元気に歩けていれば、あの坂くらいへっちゃらだ。
祇園の花見小路通を横目に、交通量の多い東大路通を渡り、八坂神社の楼門をくぐる。緑に囲まれているおかげか、暑さは少しだけ和らいだ。夏休みとあって境内の中は、それなりの人混みになっていたが、先月よりはマシなはずだ。というのも、先月は日本三大祭である祇園祭りが行われていて、多くの観光客でごった返していたはず。人混みが苦手なみなこは、小さい頃に来て以来訪れていないが。
お参りを済ませ、かき氷を食べるために馴染みのお茶屋さんへ向かう途中、みなこのスマートフォンのバイブレーションが振動した。信号待ちで立ち止まった隙きに、通知が来ていたメッセージを確認する。差出人は奏だった。
『明日か明後日、空いてる?』
メッセージには困り顔をしたキャラのスタンプが添えられていた。少し冗談めいた雰囲気を演出しているが、グループトークではなく、みなこ個人宛に送ってきていることから、みんなの前では話しづらいことなんだろうと思った。直感的に杏奈のことが頭に浮かぶ。合宿の時、ファミレスでの奏からの相談。きっと、その話だろう。
それにしても、どうして自分なんだろうか。
答えを先送りする癖がある自分よりも奏の相談をまともに答えていた人は他にいるはずだ。あの時、しっかり答えていたのは誰だっただろうか。冷え切ったハンバーグプレートとほのかなパフェの香りが混じり合う空間で交わした会話を思い出してみると、奏にたくさん質問をしていたのは佳奈だった。
まともな回答を望めない七海は論外として、佳奈にはまだ距離を感じているのかもしれない。仲良くなってきているとはいえ、一対一で面と向かって相談するにはまだハードルがあると思ってしまうのもなんとなく理解出来る。
ならば、次のチョイスはめぐになるべきじゃないだろうか。めぐならちゃんと相談に乗ってくれるはずだし、帰りの電車もいつも奏と同じだ。入学からの数ヶ月で奏が一番仲良くなったのは間違いなくめぐなのだ。
だけど、みなこの脳裏に昨日の里帆との会話が過る。
――相談役。
里帆はみなこのことをそう言った。それはどうやら里帆の主観的な意見というわけではなさそうだ。こうも立て続けに事例が続くと認めざるを得ない。
信号が切り替わったらしく、家族が歩き出した。みなこは、慌ててスマホをポシェットにしまい横断歩道を渡っていく。
たとえ相談される役回りだとしても、自分はまたこうして逃げる理由を考えている。そんな人間が人から相談をされていいのだろうか。少なくとも、適切なアドバイスは出来ないし、正しい解決方法なんて一つも持ち合わせていない。
どう返信したらいいだろうか。目まぐるしく回る思考は、ジリジリと犬矢来を照りつける真夏の太陽に焼き焦がされてしまいそうだった。
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