合宿の当日、部員の不安を他所に、桃菜は何食わぬ顔で集合場所であるJR大阪駅に現れた。一番ホッとした様子の美帆を見るに、彼女が裏で桃菜を説得していたらしい。
「あっーあ」
「行儀が悪い」
大きなあくびをするつぐみの小腹を、すみれが肘で小突いた。キャリーケースに持たれながら、つぐみは今にも閉じてしまいそうな瞼を細い指先でこする。
「だって、眠いんやもん」
「寝てないん?」
「緊張してあんまり眠れんかった」
どう思いますか先輩、とすみれがこちらに意見を求めてきたが、みなこも人のことを言えない。去年と同じく 早めにベッドに入ったけれど、結局眠れたのは朝日が白んできた頃。夢の中をさまよっているうちにすぐにスマートフォンの目覚ましに起こされた。
「みなこみたいやな」
「みなこ先輩もすか?」
「そうそうー、イタタタっ」
出かけたあくびを噛み殺しながら、みなこは余計なことを言う七海のパーカーの首元を掴んだ。
*
宝塚南がお世話になるのは、滋賀県長浜市の四番街スクエアという明治時代の趣あふれる観光地にあるカフェに併設されているライブハウスだ。ここのオーナーである横山は、顧問である川上とは同級生。つまり宝塚南のOGであり、その好で毎年合宿場として使わせてくれているわけだ。
すでにカフェはオープンしているため、直接ライブハウスへ繋がっている裏口から入っていく。ホテルのチェックインは夕方のため、約一週間分の荷物を詰め込んだキャリーを押して通らねばならず少々狭い。それに楽器も抱えているから尚更だ。ドラムで楽器運搬がなく。どういうわけか荷物も少ない七海はスイスイと進んでいくけど。案内してくれたスタッフの人をよく知っているのは、去年の秋にもみなこはここを訪れたからだ。
楽屋に通され、里帆がライブハウスの諸注意をしている間に、川上が横山を連れて来た。深いグリーンのロングスカートが引き連れてきた挽きたての珈琲の香りを楽屋に撒き散らす。
「おはよう」
「おはようございます」
少し固い一年生の挙動を見て、「なんか怖い人みたいに言いふらした?」と横山が顔をしかめる。すぐさま首を横に振った上級生を見て、川上がくすりと笑いをこぼした。一年生にとって、川上のその反応は新鮮なものだったらしい。友人に見せる表情と生徒に見せる表情は確かに違う。
「今日から三日間、このライブハウスはあなた達の貸し切りになります。普段は、プロやプロを目指すアマチュアの有料イベント、さらには地元の婦人会や社会人のイベントまで幅広く執り行っている場所ですが、そんな場所をあなた達は三日間も独占するわけです。この有意義な時間を秋の大会に向けてふんだんに使って!」
「がんばります!」
七海のやる気にどっと笑いが起きる。けど、みんなの表情はどこか真剣だった。胸の内には七海に負けないくらいの気持ちをみんなが持っている証だ。
「それと週末にはイベントもあるな。私のわがままで頼んだのに出演してくれてありがとう」
「いえいえ、こういった機会は多くないですし、一つでも多く本番のステージで経験を積みたいので」
「部長になって良い意味で気合が入って来てるな! 当日は期待してるから。頑張ってね」
夕方からのオーディションに備えて、部員たちは練習の準備を始める。みなこは、チューニングを手短に確認すると、つぐみを連れて横山のところへ向かった。
「横山さん」
OGであることを知らされたためか、つぐみの背はしゃきっと真っ直ぐになった。そういうところは真面目だな、と感心する。二人とも電車の中で睡眠を取ったおかげで、眠気はすっかりなくなっている。
「この子、今年からギターセクションに入った小幡つぐみちゃんです」
「小幡さんね」
「ギターは初心者で私じゃなかなか上手く教えられなくて、よければ横山さんから指導して頂けないでしょうか」
「もちろんいいよ。清瀬さんはオーディションもあるから集中したいよね」
「ありがとうございます」
「でも、私は厳しいよ」
「ひえぇ! でも、頑張ります!」
意気込むつぐみを横山に任せて、みなこもオーディションに向けた準備を始めた。
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