「寒っ!」
大げさに身震いをする七海の手には、真っ白なクリスマスツリーを思わせる豪華なアイスクリームが握られていた。
「そらそうやろ」
めぐが引きつった表情をしながら棘のある言葉を吐き捨てた。
「だって食べたかったんやもん!」
練習終わりにみんなでコンビニに寄るのは日課のようなものになっていた。もちろんお小遣いにも限りはあるから毎日というわけでは無いけど。練習が早めに切り上げられた時などは、こうして雲雀丘花屋敷の駅前で立ち話をする。すっかり短くなった日と下がり続ける気温のせいで、このイベントもそろそろ限界かもしれない。まるでイルミネーションのような光を放つ店内を眺めながらみなこはそんなことを考えていた。
「冬は温かいものを食べればええやんか」
「めぐは分かってへんなー。冬やからこそ、アイスを食べるんやんか!」
「なんで? 温かいものの方が身体温まるやろ?」
「チチッ、これだから素人は、」
顔の前で指を立てて、七海はわざとらしい声を出す。その分野のエキスパートのつもりなのだろう。どの分野かは知らないけど。
「寒い時には冷たいもの、暑いときには熱いものを食べるんや!」
「いや、あんた夏もアイス食べてたやろ!」
めぐの痛快なツッコミを受け、「奏は分かってくれるやんなー」と七海は泣きついた。奏の手には温かい紅茶が握られている。
「うーん。私も寒い時は温かいものがいいかな」
「えー、奏もー」
そりゃ大抵の人はそうだろう、とみなこがため息を漏らせば、首筋と口元を覆う灰色のウールの中から真っ白な呼気が漏れ出した。
気がつけばすっかり冬だ。それに十二月に入ってからというもの、街中がクリスマスに浮足立っている。どこもかしこも赤と緑と金色だ。雪でも降って全てを真っ白に染めてくれたらいいのに。濃淡の紺色が広がる夜空に目掛けてみなこは独りごちた。
「私は分かるかな」
「さすが佳奈!」
「へぇ、佳奈は分かるんや」
コートの袖の中から伸びるレジ袋へと手を伸ばし、みなこは熱々のピザまんを取り出す。「ほら、こたつで雪見だいふくとか食べるし」と佳奈が呟き、「あーなるほど」と全員が共感の声を上げた。
お金持ちである佳奈の家にこたつがあることと、そこで雪見だいふくを食べていることが少しだけ意外だったことは、心の中に留めておく。そのことを言っても、「私の家は普通やで」と返されるのが目に見えているから。雲雀丘花屋敷は、関西では有名な高級住宅街の一つだ。
「でも、この子はそこまでのこと考えてへんの」
めぐが七海のコートの袖を乱暴に引っ張った。大げさなリアクションを取った七海が、「ひどい!」と嘘くさい悲鳴を上げる。
「考えてないやろ?」
「考えてない!」
「言い切れるところが七海のすごいところや」
マフラーから口元を覗かせて、みなこはピザまんにかぶりつく。チーズ増量中という誘惑に負けた。口の中にチーズの濃厚な香りと熱々のトマトソースが広がる。
物欲しそうにこちらを見つめる佳奈に「いる?」と訊ねれば、彼女は素直に頷いて口を開けた。背徳感に襲われながら、みなこは手の中のオレンジ色を柔らかな唇に近づける。
はふっ、という可愛らしい声が静かな夜の住宅街に溶けていった。
「クリスマスってみんなどうしてるん?」
抱きつこうとしている七海を左手で突き放しながら、めぐがツインテールを傾けた。大阪梅田行きの電車のアナウンスが、コンビニの向こうの駅舎から漏れ聞こえてくる。
「私は、いつもは家族と過ごしているかな」
「奏ちゃんは家族とかぁ」
「私も家で過ごすことがほとんどかも」
ほふほふと口の中にピザまんを咥えたまま佳奈が真っ白な息を吹き出す。まるで機関車の蒸気みたいだ。
「佳奈はそうやろうな」
「どういう意味?」
「らしいって話」
あまり人と群れるイメージのない佳奈が、友人とクリスマスを過ごしているところは想像できない。こうしてこの五人が仲良く出来ているのだって、ギリギリの綱渡りの結果だ。不服そうな顔を見る限り、本人にそういう自覚はないのかもしれないけど。夏前の出来事を思い出しながら、しみじみとみなこは懐かしい感傷に浸る。
「うちは毎年、みなこと遊んでるよなー」
「まぁ、そうやな」
七海の言動に適当な相槌を打ちながら巡らせていた思い出の旅は、気づかぬうちに夏頃の出来事を回顧していた。
やたらめったら暑い水色と紺色が織りなすコントラストに、真っ白な入道雲が立ち込めていた夏休み最初の日だった。家の近くで急に渡された可愛らしい黄色い包装がされた小袋。そこに入っていたのは、みなこが自分では絶対に選ばないようなピンク色の定期入れだった。
センスもへったくれもない贈り物は、航平からの誕生日プレゼント。始めの頃は恥ずかしく使えなかったが、せっかく貰ったのだからと、今ではスクールバックの中に大切にしまってある。
どうしてそんなことを考えてしまったかと言えば、クリスマス当日が航平の誕生日だからだ。貰った以上、返さなくてはいけない。恥ずかしさで逃げようとする自尊心と自分は常識人であるという責任感が拮抗している。だって、特別なことはなにも無いのに、プレゼントを買いに行けば、クリスマスのイルミネーションや飾りが目に入り、包装を頼めば恋人仕様にラッピングされてしまうじゃないか。
思い返せば、七海と二人で遊ぶようになったのは、航平のところの家族と過ごさなくなってから。小学生の頃までは誕生日会を兼ねたパーティーをお互いどちらかの家で開いていた。クリスマスと誕生日が被っているのが嫌だ、と幼い航平は言っていたけど、今なら同意出来る。どうして、クリスマスなんかに生まれたのだ!
「どうしたん?」
思考がふいに途切れると、佳奈の顔が正面に来ていた。「べ、別に」と誤魔化すように歯型が二つ付いたピザまんにかぶりつけば、「デート?」という囁きが耳朶を打った。
「そんなんちゃうから」
「ふーん、そういう顔してたけど」
「どんな顔やねん」
これみよがしに佳奈の口端が釣り上がる。ぷくっとしたセクシーな唇に乗った白い歯が、枯れた冬の冷たい空気に触れて艶を出す。「佳奈こそ誰かとデートすればええやろ」と悪態をつけば、「私はそういう人おらんから」と子どもっぽく鼻を鳴らした。
浮かれた話に縁がないのはお互い様だというのに。
けど、頬の熱をさらっていく冷たい粒子たちが、どこかざわついていて、それに当てられていたのは否定しようのない事実だ。クリスマスの魔法にかけられた世界は、徐々に客観性を失って、独りよがりなものに成り下がっていく。高ぶる感情は、愛だとか恋だとか、そういう浮ついたものだとせせら笑いながら、誰も彼もをそういう空気感の中へ引きずり込もうとしてくる。クリスマスは想い人と身体を温め合うものだ、と。恋の炎で寒さを乗り越えよう、と。恋人たち仕様に変わった街は、二十六日の十二時にパタリと元の姿に戻ってしまうというのに。
七海がクリスマスツリーに似たアイスにかじりついた。どうせなら、クリスマスというイベントごと食べてしまってくれていいのに。そんないとけないことを考えながら、いつの間にか最後のひとかけになっていたピザまんを口に放り込んだ。
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