イベント当日の会場であるソリオ宝塚は、七夕の催しが開かれているため多くの子ども連れで賑わっていた。笹の葉に吊るされた短冊には、可愛らしい文字で様々な将来の夢が書かれている。
準備を進めるみなこたちの横で、黙々と将来の夢を書いている子どもたちの姿を微笑ましそうに見ていた佳奈にみなこは声をかけた。
「佳奈も書いておけば?」
「そうやな」
「いや、本当に書かんといてぇや」
「みなこは何も書かへんの?」
そう返されて、みなこは言葉が詰まる。自分の将来、それはあまりに遙か彼方にあるもので、どれだけ目を凝らしても見えない。飾られてある短冊に書かれてあるような、純粋な夢はいつの間にか現実という煙にまかれて消えてしまっていた。
「残念、短冊に参加できるのは小学生までやよー」
こちらの話が聞こえていたのか、譜面台を運んでいたみちるが、微笑ましそうにみなこたちの横を通り過ぎて行った。さらにその後ろで、知子がイベントスタッフと打ち合わせをしていた。
「喋ってんと手を動かしてや」
大樹にそう注意されて、話してばかりではまずいとみなこたちも手を動かす。
メインプラザの中央にある二階へと続く大階段には踊り場が設けられていて、そこにドラムやギター、ベースが並べられていた。大人の腰くらいの高さの踊りには、金色の柱があり、まるでお城のベランダのような作りになっている。ちなみに、サックスや金管セクション、それにピアノは踊り場を囲むように一階に並べられている。
セッティングを終えて、部員たちは一度ステージ横のパーテションの裏へ集った。
「まもなく本番です。今日、初めて演奏に参加する部員たちもいると思いますが、まず自分たちが楽しむことを意識してください。自分たちが楽しむことがお客さんを楽しませることに繋がるはずです」
円陣を組んだ部員たちは、知子の話を真剣な面持ちで聴いている。その背後で、川上が真剣な顔でビデオカメラを回していた。
「それじゃ掛け声いきます! 宝塚南、今日も素敵で楽しいステージを……」
「おぉ!」
温かい拍手に迎え入れられ、みなこはステージの上へ向かう。スタンドにかかっているギターを肩にかけ、弦に引っ掛けていたピックを手に取った。
ステージからはたくさんのお客さんが見えた。ふと見上げると二階や三階からもこちらを見てる人がいる。今から何が始まるんだろう。そんな不思議な顔をしている子どもの顔を見て、みなこは息を飲む。
何も知らないあの子たちに、自分はどれだけ音楽の楽しさを伝えられるんだろうか。
仮入部の時に知子が言っていた言葉がみなこの中に巡った。
――アドリブが出来るようになったり、みんなでセッションする楽しさ。人前で演奏する緊張感と興奮、オーディエンスから拍手を貰ったときの胸の高鳴り。ジャズには音楽の魅力が全部詰まってるから。
自分の演奏を通じて、一人でも多くの人に音楽の楽しさを伝えたい。みなこはふいにそう思った。だって今、初めてのステージを迎えたその緊張感とワクワクで胸が張り裂けそうなくらい楽しいから。
七海と軽音部に入ろうと約束したあの日から始まった。軽音部がないと知り、その約束がジャズ研に代わり、そこに奏とめぐが加わった。そして、今は佳奈も一緒だ。
ギターのネックを握り、ピックの感触を確かめる。アンプから流れるノイズが、広場の空気を変えた気がした。
曲の始まりを告げる七海のカウントが鳴り響く。次の瞬間、奏のベースの音が会場に響いた。もう二小節もしないうちに自分も演奏に参加する。どくどく、と心臓が脈を早めた。違う、この曲はそんな速いテンポの曲じゃないぞ、と自分に言い聞かせて、小さく息を吐きピックを持ちあげた。
宝塚南高校ジャズ研究会でのみなこの音楽が今、始まる。
『ブルーノート 第一楽章~宝塚南高校ジャズ研究会~ 完』
――――第二楽章へ続く。
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