此花学園は文字通り大阪市の此花区にある私立高校で、今から四十年ほど前に中之島にあった前進の男子校が、福島区にあった別の高校と統合するタイミングで現在の地に移転して出来たらしい。
ジャズ研は創部二年と歴史が浅いながら、その他の部活動は、運動部、文化部ともに大変盛んである。しかしそれ以上に此花学園の知名度を全国区に押し上げているのは、進学校としての側面だ。大阪府に留まらず、全国でも上位に位置している。
あんな感じなのに明梨も頭が良いんだなぁ、と大変失礼なことを考えながらみなこはJR西九条駅の改札を抜けた。此花学園は駅から徒歩十分ほどのところにあるらしく、隣でめぐがスマートフォンの地図とにらめっこをしている。
「えーっと。こっちやな」
スマートフォンをスクールバックに仕舞ってめぐが歩き出す。みなこはそれの後ろにピタリとついて歩いた。はぐれないように、と気をつけるほど子どもじゃないけど。GPSが指し示した方角に従い、線路沿いをしばらく歩けば立派な正門が見えてきた。
文化祭などのイベントでない日に他校を訪問するのは初めてのことで、どうしようかと戸惑うみなこを余所に、めぐがインターホンを押す。通話が繋がったと見るやいなや、よそ行きの声色で「おはようございます」と彼女は軽快な挨拶を発した。
「宝塚南高校の伊藤と申します。ジャズ研のイベントの打ち合わせでお伺いさせて頂いたのですが」
「宝塚南高校の生徒さんですね。かしこまりました。鍵を開けますので、正面玄関を進みまして、昇降口の中でお待ち下さい。ジャズ研究会の生徒を向かわせます」
インターホン越しの女性は丁寧な言葉使いで、みなこたちを中へ招き入れてくれた。おそらくカメラでこちらの姿も見えているのだろう。制服を着ているので話が早い。
正面玄関の前には一本の桜の木が植えてあり、青々とした緑を青い空に向かって気持ちよさそうに伸ばしていた。宝塚南の正門にも桜の木がある。どちらかというと横に向かって広がっているイメージだろうか。此花学園は、上に上に、ぴんと背伸びをしているように見えた。
広い昇降口にはショーケースがあり、そこには過去に此花学園の部活が勝ち取ったいくつものトロフィーや盾が並んでいた。放送部や吹奏楽部、囲碁。運動部はバドミントンや野球やサッカーといったメジャーなスポーツでも全国大会へコマを進めた時代があったらしい。何人かプロも排出しているようで、そういった人のサインも飾られていた。もちろん去年のJSJFのものもある。
「やっぱりすごいな」
「そうやなぁ。こうやって丁寧に飾ってるのは私立って感じがする」
「どうなんやろ? うちの高校が飾ってないだけ?」
こちらとガラスを交互に眺めながらめぐが首を傾げる。自分たちは宝塚南のことしか知らないので、一概に公立高校の標準だとするのはずれた意見かもしれない。「他の高校はどうなんやろう」、とみなこが続けようとしたところで、めぐの背後から二人の女子が現れた。
詩音と明梨だ。
「ごめん、待たせちゃった。暑い中ありがとう」
詩音は丁寧にセーラー服のスカートを折って腰を下ろし、手に持っていた来客用のスリッパをこちらに向けて並べてくれた。
ちなみに二人の制服姿を見るのはこれが初めてだ。詩音は清楚感のあるおしとやかな雰囲気だけど、明梨は少し着崩していて少し荒々しい。「この下駄箱が来客用やから使って」と、詩音に言われた場所へみなこたちはローファーをしまう。
「今日は暑すぎやー」
「ふふふ、めぐよ。あたしが会議室のエアコンつけといてあげたから安心して。そろそろ涼しくなってるころやで」
「明梨のくせに意外と気効くやん。涼しいのは助かるわー」
「くせには余計やろ」
手うちわで仰ぐめぐを見て、明梨がケタケタと笑う。正直、エアコンがあると聞いてホッとしていた。八月の上旬ともあって本当に暑いのだ。駅からここまで歩いて来る十数分の間、熱気と日差しに襲われて、身体はすでにひぃひぃ言ってしまっている。
「それじゃ会議室へどうぞ」
詩音に連れられて会議室を目指す。正門や昇降口もそうだったが、会議室までの廊下もまた真新しくとても綺麗だった。どうやら五年ほど前から古くなった校舎を順次建て替えて、去年全棟リニューアルをしたばかりらしい。
誇らしげに明梨が胸を張る。
「二年生の校舎が一番新しくて、あたしらの代が使うの最初やねん」
「それじゃ、ジャズ研の練習してる部屋も綺麗なん?」
「もちろん。練習スタジオが増えたことで軽音部から独立したって経緯もあるしな」
「それで創部が一昨年やったんや」
「そういうこと!」
通された会議室はやけに仰々しく、イベントの打ち合わせにしては場違いのような感じがした。「遠慮せずに座って」と詩音に促され、居心地悪そうにめぐがもぞもぞとしながら革製の椅子に腰掛ける。
「ここって、ただの会議室?」
「PTA会議とかでも使ってるらしいけど、至って普通の会議室やと思うで」
「普通の会議室にはこんな革の椅子ないって」
潤沢な資金を有する私立の学校というのは恐ろしい。生徒が打ち合わせするためだけにこの会議室を貸し出してくれるのだから。めぐの背筋がビシッと伸びているのを見て、みなこもその場で居直る。
「さっそく打ち合わせはじめる?」
「あ、ちょっと待って、うちの学年リーダーがまだ来てへんねん」
「あれ、詩音ちゃんと明梨ちゃんじゃないん?」
「私は同席するけど、明梨ちゃんは関係ないねん」
それを聞いて、「ほな、あんたはなんでおんねん」とめぐが机に頬杖をつく明梨の方へ冷たい視線を送る。
「楽しそうやから。あれ、駄目やった?」
「別におること自体はええんやけど」
明梨に対するめぐの対応が七海に対するそれに近くなってきた。扱い慣れているせいか、明梨もめぐには気を使っていない様子だ。明梨は誰にも気など使わなさそうだけど。
「詩音ちゃん、それじゃ学年リーダーの子は?」
「生徒会の仕事が入ってるらしくて。約束の時間には来るはず」
みなこが腕時計を見れば、約束の十時までまだ五分ほどあった。この此花学園で生徒会に所属しているということは、かなり優秀で真面目な子なのだろうということを想像するのは容易かった。
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