航平に買って貰ったソフトクリームにかじりつきながら、みなこはリビングのソファーに腰を沈めていた。
「食後にそんなの食べたら太るわよ」
母の言葉に曖昧な相槌を打ち、真っ黒なスマートフォンの画面に視線を落とす。せっかく航平が奢ってくれたのだ。「食べないと失礼じゃないか」そんな言い訳が、チョコの甘さと共に口の中に広がった。
自分が動かなくてはこの問題は解決出来ない、と話をしているうちに、うまく外堀を埋めていかれた気もする。けれど、七海が動くよりも不安材料が少ないのは確かだ。とはいえ、どうやって佳奈と話すきっかけを作ればいいのだろうか。最良と思える案をみなこは疲れた脳内で必死に探し続ける。
呼び出すというのは、なんとなく角が立つ気がする。どこへ呼ぶにしても絶対に不快な印象を与えてしまうはずだ。ならば、自然に声をかけるべきか。そもそも積極的に七海が絡むことで生じた問題なのに、みなこのそれが彼女の逆鱗に触れない保証はない。それじゃ、佳奈から話しかけてくるのを待つべきか。だけど、彼女の方から話しかけてきてくれるなんて未来は一ミリも想像出来ない。
奏は、「井垣さんは、本当は仲良くしたいんじゃないか」なんて言っていたけれど……。頭の中を巡る色々な考えは、どれもこれもネガティブな結果ヘと結びついていった。
暗いスマートフォンの画面に反射する天井のシーリングライトが眩しくて、握り込んだ指の先を浮かしそっと画面に触れる。画面に表示されたのは、七海に向けて打ったメッセージだ。何度も消しては書きを繰り返したせいで、中途半端な状態で残されていた。言い訳がましい文を眺めながら、送信ボタンに指を運び、躊躇してから文字を消していく。
そもそもこれは七海の問題じゃないか。そう投げ出してしまうのは簡単だけど、みなこも心のどこかで佳奈のことが気になっていた。
すん、とした表情の奥にある閉ざされた心をこじ開けて中を覗いてやりたい。彼女はいったい何を考えているのだろう。どうして七海に怒ったのか、どうしてソロを断ったのか、彼女の気持ちを知りたい。
そんな好奇心が、みなこの胸の鼓動を少しだけ早くする。こんな気持ちは初めてだ。
口の中に広がるひんやりとした空気を飲み込んで、みなこは身体を起こした。ガラステーブルの上にスマートフォンを起き、花と音楽のフェスティバルの日に撮影した動画を再生する。
動画の中の彼女は、やはり堂々とした演奏をしている。これがソロを吹くことを臆していた人間なのだろうか。みなこには少なくもそう映らない。
「嫌がるなら嫌がるなりの吹き方あると思うけどなあ」
「何が嫌なの?」
急に背中の方から声がして、みなこは危うくソフトクリームを落としそうになった。
「急に話かけんといてぇや」
あらごめん、と母はあっけらかんとした顔をした。それからぐっとソファーから身を乗り出すようにして、みなこのスマートフォンの画面を覗き込んできた。
「あら、これってこの間のイベントのやつ?」
「うん」
「この奥の方にいるのが七海ちゃん? 上手ねぇ」
「七海はまだまだやって」
「七海ちゃんのお母さんと観に行こうかと思ったんやけど、日曜日はパートが忙しいらしくて。みなこが出るならお父さんと観に行ったんやけど」
「いいよ来なくて、恥ずかしいから」
「そんなこと言わずに。みなこがギター弾く姿見たらお父さんも喜ぶわよ」
そう言って、母は身体を起こす。腰元に手を当てて柔らかく口元を緩めた。期待されるなんて照れくさいが、そう言われて嫌な気持ちにはならない。
「それなら、出れるようになったら観に来てよ」
「よし! 許可取ったってお父さんに報告しないと」
どうも言質を取るためだったらしい。別に勝手に来ても怒ったりはしないのに。母は嬉しそうにキッチンの方へ戻っていく。
動画の演奏はもう終盤になっていた。明るい金管楽器の音色がリビングに響く。今はそれを最後まで聞く気にはなれなかった。
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