早朝、林が朝食を持ってくるといった時間の少し前に目が覚めた。蓮と緋亞はまだ深く眠っている、日辻を抱きしめて寝息を立てる蓮を優しく離し、起こさないよう静かに着替えをする。朝の空気だ。海が近いからか潮の香りとほのかに冷たい風が心地いい。林の手伝いでもしようかと北館へ向かう。キッチンではおにぎりを握る林がいた。
「わ、ヒツジさん?どうしました?」
「起きちゃったから、手伝おうと思って……」
「いえ、大丈夫ですよ。あと少しなので……」
「おにぎりだ、美味しそう……」
「はい。おにぎり……母がよく作ってくれた……中国、おにぎり食べない。日本だけ」
「へぇ、そうなんだ。お母さん日本人なの?」
「ううん、中国人。でも、日本いた」
「……いまは、」
「……今はいない。……父も。僕と、蓮の二人。でも、蓮いる。大丈夫」
「そうだね。でも、お兄ちゃんだからって無理しちゃ駄目だよ?」
蓮は、林に頼らないようにしているようだ、蓮なりに気を使っているのだろう。林が思っている以上に無理をするようなタイプなのは、日辻が少し自分と似ているからわかるのだ。
林は目をパチパチと開き、そんなこと初めていわれたとはにかんだ。
「……これから、どうなるかわからないけど。きっと二人なら大丈夫だから。頑張ってね」
「…………うん。ありがとう」
おにぎりをもって客間へ戻ると、緋亞と蓮は引っ付いて寝ていた。蓮がここにいるのに驚いたのか、慌てて日辻を見る。
「ああ、昨日怖い夢見たって、ここ来てたの」
「なっ……ご、ごめんなさい……」
「ふふ、大丈夫。それに、蓮ちゃんがいたからちゃんと緋亞も布団で寝てくれたし、良かったよ」
結局は緋亞を椅子で寝させないことが出来たのでよかったのだ。林は首をかしげている。物音に気付いたのか、緋亞は目を覚ましたようだ。
「…ん……あぁ…おはよう。林………」
「ヒツギさん、おはようございます」
林はおにぎりを置き、蓮を起こす。強めに揺らしても起きる気配はなく、気持ちよさそうに林の手を握っている。それを嬉しそうに握り返して、蓮を抱きかかえた。
「ごめん、蓮一度寝たら、なかなか起きない……あっちがわ、僕も付いていきたかったけど…………」
「……構わない。傍に居てやれ。」
「気を付けてください。待ってますから、必ず帰ってきてくださいね……」
「ああ、ありがとう」
林が一礼し、部屋から出ていく。緋亞は着替えて、もうおにぎりを食べ始めていた。日辻も手を伸ばす。「近くにいろよ」とひとり言のように呟いた緋亞に「はい」と答えた。
裏庭に行く前に、玄関前の池に寄る。昨夜は暗くて見えなかったため、改めて明るい場でそこを見る。
「……少し赤いか?」
「……あ、私があっちで廉獄さんの死体に駆け寄った時についた血じゃないですか?あのとき、慌てていたのでそのまま血を踏んでしまったので……」
「ふむ……つまり、死体を見たあとに歩き回った跡は、血がついているのか?」
「……たぶん、そうですね。錯乱しててあまり覚えてないですけど……それと、やっぱりここに赤い血が残っているということは、島を半周して来たわけでは無さそうですね……もしそうだったら血は乾いているはずです」
「そうだな……つまり、ここにたどり着くまで血は付着していたわけだ。なら、何処かに痕跡が残っているかもわからないな……完全に運だが」
「とにかく、行ってみましょう。裏庭に行くんですよね……?」
裏庭は、日の光の入り具合からか、昨日の昼間よりも薄暗いようだった。ハンカチで口を抑え、周りを歩いていく。明らかに昨日には無かった、鏡から道を通って、廊下の間に血が落ちた跡が見受けられた。池の前で話した推理だと、ここに血がついているということは、日辻はここに来たか、連れてこられたということだ。
「……行き止まり、ですよね。ここからどうやって……」
緋亞が鏡に触れる。あの時日辻は目を瞑っていたから、緋亞は“目に見えるもの”だけを調べた。だから、次は日辻の視点で“目に見えないもの”を見る。鏡の奥、その先を見るのだ。
鏡の右側に触れ、強く押す。するとズズズと大きな鏡が縦の直径を軸に回転した。目を見開き、鏡と緋亞を交互に見る助手に「行くぞ」と声をかける
鏡の先、“あちら側”には今までいた裏庭と全く同じ裏庭が続いていた。どうやら推理は当たっていたらしい。奥に北館へと続く廊下が、“こちら側”と同じく続いている。さながら、裏の屋敷と言ったところだ。そして、表の屋敷にあった血の跡、それが裏の屋敷の裏庭にも続いていた。
血の跡を辿る。本当に、表の屋敷とそっくりだ。ここにいたら、表の屋敷と勘違いしてしまうのも無理はない。点々と続く血の跡は玄関まで続き、扉を開けると池もそのままの位置にあったが、水は濁り、鯉や蓮はいなかった。その傍に、血の跡と、血で濡れた靴の跡も見られる。日辻を見る、ここであったことを思い出したようだ。
「ここで、私は倒れたんですね…………」
「……お前、怪我はしていないんだな?」
「はい。指だけです。多分これは廉獄さんの…………これ、私がここで倒れた後、こっちの屋敷から裏庭、そしてあっちの裏庭に運んだように見えるんですけど、私がいなくなってから見つかるまでって、屋敷内を皆で探していたんですよね?」
「そうだな……中を通れば誰かには鉢合わせる危険性がある」
「どれだけ気をつけて進んでも、難しいですよ。いつ誰がどこに行くかなんてわかるはずがありません。誰かが来ようとしていたら足止めをするとか、さりげなく誘導等出来る人がいたら出来そうですけど……そんなのこっち側にいる彼女と協力関係にある人なんて……」
「昨晩も話したが、鏡宮燕は、充分共犯者に成りうる」
彼女が、胡何家に使える李一族であることはほとんど確定だろう。日辻の見た入れ墨も証拠だ。
「……わ、私そんな人と一緒にお風呂に……!?」
「だから何も無かったのか、と聞いたんだが…気づいていなかったのか」
「うーん……特に何も……あ、でも女尊の家に支える家ですから、色々女性の扱い等がうまいなという印象でした」
「……まぁ、お前がそう思うならそうなんだろう。」
それよりも、距離は近かったような気がするが、今は触れないでおこう。
「……なるほど、美さんが私を運んで、誘導や足止めを燕さんがしていたら……できるかもしれません」
「さて、それが分かればあとは死体と本人か。先に死体でも見に行こう」
「は、はい!」
血の臭いと、目に染みるような空気の先、あっちで見た礼拝堂と全く同じ構造の部屋、表の屋敷の礼拝堂と違うのは血まみれになっている廉獄の死体があることだ。廉獄の死体は、胸をひとつき、抵抗した跡が全く見られないので恐らく眠らされた後に殺されている。そして、恐らく日辻の足跡であろう物がいくつか。やはり、倒れた日辻と廉獄が連れ込まれたのはここの屋敷なのだろう。日辻には見せないようにしていたが、意を決したのかしっかりと死体に向き合っているようだ。
ここにもう用はない。廉獄の死を弔うのは、廉獄の罪を暴いてからだ。手を合わせて礼拝堂を出る。廉獄を殺した彼女、胡何美を探すために。
「……いませんね」
「彼方が避けている可能性もあるがな……どうしたものか」
屋敷内を探すのは二回目だ。昨日散々探したせいで、部屋の間取りや見渡し方もすっかり覚えてしまったが、それでも美の姿はどこにもいなかった。日辻と顔を見合わせる。朝はとうに過ぎてしまった、日の光が中庭を照らしている。
ゴトと、書庫室から物音がした。こちらに来て、緋亞達がさせたもの以外で初めての音だ。扉の前で物音を確認し、あえてノックをする。焦ったのか一層大きな音が書庫室から鳴り響く。日辻を下がらせて、ドアを開けた。
「……貴方達、どうして……!」
「……やはり貴方も此方にいらっしゃいましたか。鏡宮燕さん」
「……何しに、来たのよ」
「こちら側が本当に存在しているかの確認と、廉獄氏の死体の確認です……ボボについて、貴方と答え合わせをしてもいいですし」
共犯者であろう燕の返答を待つ。しかし、彼女の返答は緋亞達の望んだものでは無かった。
「……そんなの、私が知りたいわ」
「それでは……貴方はなぜこんなところに?"鏡宮家"の人間なら、立ち寄らないはずの鏡まで行かなければここに来れませんよね?」
「……そんなこと、聞くならもうわかっているんじゃないかしら?私が李家の人間だってこと」
「ええ、そんな李家の人間が、ここで何か探し物ですか?」
「………………ボボを探していた、のよ」
「……会えていないんですか?」
「……いえ、会ったわ。でも」
「でも?」
「…………ボボは、ボボと揶揄された、『胡何美』は。亡くなっていたわ。それも数十年前にね」
鏡宮燕、本名「李燕」は胡何美を探しにこの島へ来たらしい。しかし、胡何の姿はどこにもおらず、亡くなってしまったのかもしれないと、池の底を調べたらしい。
「胡何家は、死体を池の底に埋めるの。そこに蓮華の種を植え、死体から蓮の花を咲かせる。この島に来たとき、表の池は調べたけど、見つからなかったわ……そうしたら、こんな騒動が起きて、そして、裏のここにまだボボとして、美様が生きていると思って……ここに来たのに、池には……」
「……なら、貴方が会った"ボボ"は…」
「……白骨化した遺体、だったわ」
目を伏せて顔を逸らす。実行犯である胡何美は、死んでいた。しかも
「……まって、ください。数十年前……?」
「蓮の花……胡何美の髪色は?」
書庫室の奥の方でコトンと何かが落ちた。胡何に仕える燕が、白髪の日辻に執着した理由。胡何家に産まれる人は、“特に“女性が若く見られることが多い。嫌な予感が駆け巡る。そうであってほしくないと、この物音の先を見てはいけないと、必死に脳が危険信号を出している。
物音の主は、写真立てだった。一枚、昔の写真が挟まってある。
白髪で、紫色の瞳。顔の大部分が火傷に覆われた、20代くらいの女性、左腕に傷のある少年、そして、今まで一緒にいた蓮がそのままの姿でそこには写っている。写真立ての裏には“二十年前の日付”と、“美 四十歳”、蓮・林 七歳”と書かれてあった。
「……嫌な予感で済めばよかったのにな。」
「子供の頃の、林くんと、蓮、ちゃん…………でも、これ二十年前の日付ですよ?二人はどう見ても……」
「胡何家の人間は年相応には見えない。特に女性はな。言っていただろう?「子供じゃない」って」
「……蓮ちゃんが、林くんを頼らないのも……お兄ちゃんじゃないから……」
「……そう、僕は弟だよ」
“流暢な日本語で”言葉を発する「胡何林」が、そこには立っていた。
「……上手に猫を被っていたじゃないか。」
「別に?勝手にそっちが子供だ少年だって言ってただけじゃない。ふふ、本当はヒツギ探偵よりもお兄さんなんだよ、僕」
「……そこまで見目が違うとは思わなかったよ。」
「そう?これでも筋肉はついてるつもりなんだけどなぁ……」
「……林くん、が……私を」
「そう。ヒツジさんくらいなら余裕で運べるよ。廉獄だって担げるくらいなんだから」
二十年前の日付に、当時七歳の蓮と林。薄く笑って、探偵達を見つめる林は、もう少年の面影など無かった。身長も見た目も変わっていないのに、そこにいるのは、今は二十七歳の青年だった。
「……君だけか?それとも、蓮も関与しているか。」
「あの子は何も知らない。母さんが死んでから、あのままなんだ……ヒツジさんを運ぶときに少し手伝ってもらったり、手紙を出すときに代筆してもらったり。それくらいさ」
「そうか。全てを自白してくれてありがとう。助かるよ……何をしたかわかっているのか。」
「……わかっている。でも、まだ終わっていない。どうして、鏡宮廉獄は殺されたのか。どうして、胡何美と僕たち双子は、この屋敷に閉じ込められてしまったのか」
「お前の、動機か?」
「そう……胡何美が失踪した二十七年前。そして、写真を見たらわかるだろうけど、僕らは二十七歳だ」
考えないようにしていたことが次々と思考に流れ込む。
美に子供が出来たから結婚したいと言い出したら?お互い男尊女尊の世界で生きている中で鏡の研究を所有している美の方が、立場が上だとしたら?そして、恐らく廉獄はこの裏の屋敷の存在を知らなかっただろう。ここに廉獄が住んでいるのが、自分が森へ捨てた恋人を隠しておくためだとしたら?
自給自足ができるこの島で、生活の出来る屋敷の存在があって。美はここで蓮と林を産んだのだろう。
「……さぁ、動機はこんな感じだ、探偵」
「……どうして、全部貴方が話すの……?」
「………………本当に、計算外だよ。まさか、探偵が来るなんて思ってもなかった。それで?今回の事件、僕が父さんを殺したこの事件。どうやって起こったのか。教えてくれよ」
「ここと表の屋敷との行き来は裏庭の鏡で行える。そして、表の池まで日辻を運ぶのは蓮がいれば可能だろう。裏庭まで誘導さえできれば、あとはガスで勝手に眠りにつく。」
「……じゃあ、私たちが倒れた後、貴方は、私を、鏡を介してこちら側の裏庭に置いた後、あちら側の裏庭に倒れる緋亞を起こした……」
「そうだよ。ヒツジさんは軽いから簡単だった。それじゃあ、廉獄はどうやって殺したんだ?君たちは礼拝堂にいるとき僕と会っている。ヒツジさんが廉獄を見つけたのが夕方だとしたら、それまでに僕が殺すのはむりそうじゃないか?」
「廉獄自身に移動してもらえばいい。裏庭にあった足跡は確実に蓮のものではなかった。なら、大方アレは廉獄のものだろう。そして、まず、日辻が“夕方”に廉獄を見つけたのがそもそも間違いなんだ。廉獄は日辻よりも前に裏の屋敷へと移動した。そこでガスで眠ってもらう。その後、倒れた日辻だけを裏に運び、林が『廉獄がいなくなった』と騒ぎ立て、屋敷中を探す最中裏の屋敷に移動して、ゆっくりと廉獄を殺す。ここで時刻的には夕方だ。ここから日辻に死体を発見させ、そのまま島を半周するのは厳しい。時間が合わなくなる。だから、そのまま、“鏡を介して表の屋敷を通って”運んだんだ。他の人と鉢会わないようにするのは、蓮を使えばいい。僕も、玄関に行こうとしたところを蓮に止められたよ。あの時、恐らく林が池に日辻を浮かべていたんだろう?こうすれば、日辻が廉獄を発見するのは、夜でも十分だ。錯乱した日辻には、夕方も夜も意識する暇などなかったのだろう、周りを森に囲まれ、元々ここは薄暗いしな」
林はしばらく黙ったままだった。顔を伏せ、次に見せた顔は。危険だった。
「……僕が、犯人だ。僕が、母さんの、愛した人を殺した。ずっと言っていた。母さんは。父さんは自分ではなくて、自分の鏡の研究が好きだったんだと、火傷だらけのこの見目じゃ、好きになってもらえなくて当然、だとそれなのに、母さんは自分を捨てた相手との子を、ずっと、優しく育ててくれた……なのに、廉獄は、僕と蓮がこの島に働きに来たとき、自分の子だとも思っていなかった。それどころか、新しい人と結婚して、子どもが産まれていた。希沙は綺麗な人だよね。きっと、父さんも喜んだはずだ…………僕なんか、産まれてこなければよかった。そうしたら、もしかしたら母さんは表の世界で生きていれたかもしれない。」
「……お前の大事な人が愛してくれた事を、否定するのか。」
「……五月蝿い。単なる、事実だ。母さんは、僕達を……愛してくれていたかも、わからない」
「愛していなかったなら、お前達をそのまま産まなければいいし、リスクがある中、育てる必要もなかった。森に建物があったとしても、食に関して困窮しただろう……それに、己の見目のせいだと思っていたのなら、愛していないお前達との写真なんて撮らないだろう……まだ理由は必要か?」
笑っていた林の顔が曇る。だめだ、その顔は。まるでこのままここで、最期を迎えるような顔は。
「…………五月蝿い……僕は……!」
「林!」
「……っ!蓮!なんで……こっちに来るなって言ってただろ!」
「林……っ!」
息を切らして、涙でくしゃくしゃの顔で、汗だくの蓮が、駆けて林へ飛びついた。
「わっ……おい、危ないから、向こういってろ!」
「お母さんも、悲しいとき、こうした……泣いてたとき……ぎゅ~って……してた……!」
「…………」
「林が、蓮を抱きしめてくれるとき、蓮のこと、嫌いだった……?」
「…………蓮……」
「……お前が生まれてきたから、蓮と二人で支え合って生きていけるんだろう。憎むことは間違っていなくとも、お前はその選択肢を切り捨てたこと、よく理解すべきだ」
小さな体で、力いっぱい弟を抱きしめる姉に、林の顔が憎しみから、悲しみに変わった。恐る恐る、蓮の体を抱きしめ返す林に、もっともっと蓮は、抱きしめを強くする。
「……林くん、貴方は、お母さんに火傷の痕があったから嫌だった?」
「……そんなわけない。大好きだった……」
「自分の研究しか愛してもらえないと思っていた、その研究さえ失った貴方のお母さんのこと、貴方と蓮ちゃんは愛していたんでしょう?きっと、お母さんは幸せだった。だから、自分の容姿に自信が無くても、最後に貴方達と写真を撮ったのよ」
「…………そう、かもしれません……」
日辻の言葉に、かすれた声で返事をする。刹那な静寂の後、林が蓮を見つめて、頭を撫でた。
「……蓮、君が何もわかっていなくても、立派な成人だ。僕たちは戸籍も何も無いけど裁きを受けなければいけない。でも君はすぐに出られるだろうから……」
「……まってるよ、林のこと。私お姉さんだから」
「……そっか、そうだったな」
日が暮れる。森の木々の隙間から差す赤い夕陽の光が、書庫室のすりガラスの窓から、小さな双子を優しく照らしていた。船の汽笛が聞こえる。
「……林くん、私」
「あの本を読んで貴方が李家の一族だと確信しました。そこで、頼みがあるんですが」
「はい、貴方が戻ってくるまで、蓮のことは任せてください。それに貴方のことも。貴方達が胡何家から産まれた子だということには代わりありません。……今まで、何もできなかったことへの贖罪、こんなものでは済みませんが……」
「……ううん、ありがとう。蓮のこと、頼みます」
いつも深く礼をしていたのは林の方だった、今は燕が膝を折り、林と蓮へと仕える従者として存在している。林が警察に事情を聴かれているときに、燕は抱いていた蓮を日辻に預けた。廉と希紗に、自分のことと蓮と林、そして“鏡島の真実“を伝えに行くらしい。
日辻の腕の中で眠る蓮に、手錠をかけられた林が歩いて寄ってくる。寝息を立てる蓮を見て、頭を撫でる。日辻と緋亞を見て、少し微笑んだ後お辞儀をした。
「……そういえば、何故日辻を呼んだんだ?外部の人間なんて呼ばずとも、今回の事件は起こせただろう。むしろ、捕まる危険性が増える。」
「……こんな、ちっぽけな島で起きた事件なんて。起きてもわからないでしょう?僕は、廉獄の罪も、母さんが生きていたことも、消えるものにしたくなかった」
「……っ!貴方、まさか」
「……この事件の、この物語の、語り部は貴方です。後をどうするかは好きにしてください」
「やけに潔いとおもったが……はぁ、しかしそうだな……人間の死は二度あると言う。どこかに遺しておくことは悪いことではないだろう」
「……遺します。完成したら、真っ先に貴方にも読んでもらいます。」
「はは、そんなこと出来ませんよ」
「生憎、警察の知り合いはこの人(緋亞)のお陰でそれなりにいるので」
「…………ほんと、まさか探偵と一緒に来るなんて思ってもみませんでしたよ、蓮もいい人を選んだものだ」
「え?」
「蓮なんです。数あるミステリー作家の中から貴方を選んだのは、廉獄の書斎にある貴方の本をとって、この人にしようって言ってくれたんですよ」
「…………そうなんですか」
「成程。…だがよく住所までわかったな?日辻の住所ではなく僕の家の住所だったが」
「え?蓮がファンレターを送る所へ送ったと言っていましたが?」
日辻を睨む。「しまった」という顔をしているバカ助手に、緋亞は舌打ちをした。
「……ふは、面白い人達だ。ありがとうございます。ここに、来てくれたのが貴方達でよかった」
「何か困ったことがあれば、警察を通じてでも、例のファンレターでも相手するぞ。」
「……やだな。僕の方が年上ですよ、探偵。でも、ありがとうございます。もしまた、会えたらそのときは…………また、一緒に話でも、しましょう」
「どうせ一つくらいしか変わらないだろう。友人でも知人でも、なんでも歓迎しよう」
最後、また会えたら、友達になって欲しいと言おうとして、思いとどまったのだろう。しかし、緋亞は友人と答えた。泣きそうな顔を見られないように伏せた林は、楽しみにしていると、鼻声で呟いた。
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