「暑い……」
八月初旬の真昼。サンサンと照りつける強い日差しの中、緋色のローブを身にまとった人物は、思わずを上げていた。
それもそのはずである。この町の名は。国内で最も日照時間が長いことからその名がついたとされている。
日差しによる熱中症でダウンしてしまう人も少なくはない。
それは、彼女も決して例外ではなかった。
「どこかに水浴びでもできる場所はないわけ? あ、あれは……!?」
緋色のローブを身にまとった人物の眼に飛び込んできたのは、プールであった。
彼女はその場でローブをバサリと脱ぎ捨て、さらには上着とスカートすらも一心不乱に脱ぎ去った。
今、金髪サイドテールの少女が身につけているのは、上下とも黒色の下着のみである。
「イヤッフ〜〜〜〜!!」
彼女は、勢いよくプールへと飛び込んだ。
プールに浮かべられた球体を掻き分けながら、気持ちよさそうに泳いでいる。
「夏! 夏といえば、プールよね!」
彼女の意識は、昇天しかかっていた。このうだるような暑さの中、緋色のローブを着た状態で、何時間もだだっ広い公園内を歩き回っていたからだ。
だが、そんな暑さも一瞬にして吹き飛んだ。なぜならそう、夏に、プール、だからだ。
「ああ、なんて気持ちいいのかしら。……だいたい、あんな暑苦しいローブなんて、着てやることなかったんだわ!」
若干の不満を口にしながらも、彼女はフニャリと満面の笑みを浮かべていた。
なぜならそう、夏に、プール、だからだ。
「ママー、あの人、下着姿でボールプールで遊んでるー」
「めっ、見ちゃいけません」
そこを偶然通りすがった親子は、ありのままの現実を突きつけた。
けれども彼女は気にしない。なぜならそう、夏に……、
「っっっ〜〜〜!! 気にするわよっ!」
パシンッ。虚空にビンタの音だけが響き渡った。
彼女の呼吸はぜぇぜぇと荒れている。そして顔は真っ赤になっている。
おそらくこの暑さのせいだろう。
「恥ずかしさのせいよっ!!」
彼女はボールプールから出ると、脱ぐ前の服装に着替え直した。
「……たしかに、この暑さのせいだわ。ほんと、最悪!!」
彼女は着衣を整え、公園の探索を再開した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうしてあたしがこんなことしてるのよ!」
金髪サイドテールの少女は、歩きながらメモ帳を広げていた。片手に持ったペンで、この世界の物事を書きつづっている。
その内容はもはや、日記と化していた。
「っっっ〜〜〜!! さっきみたいなことばっかじゃないんだからね!」
フン、と顔を背けてしまった。
手帳には、この公園のエリア名や特徴、手書きの見取り図が事細かに記載されていた。
「だいたい、あの神父がおかしいのよ。自分は教会に引きこもってるくせに、あたしにこの世界のことを報告しろですって? 馬鹿じゃないの? 」
彼女の使命は、この世界の『』。
文句を口にしながらも、彼女はその使命を果たす他なかった。
「あー、むしゃくしゃする……。あれ、なにかしら?」
ほどなくして、彼女の足が止まった。その視線の先には、小学生低学年くらいの男の子が二人、砂場で遊んでいた。
「できた! 見ろよ、たくみ。おれのさいこうけっさくだ!」
「すごいよ ゆうくん! こんなに完成度の高い砂のおしろ、見たことない!」
「まぁ、おれにかかれば当然だぜ」
ぐしゃり。彼女はいきなり、砂の城を靴の踵で踏みにじった。
「うわっ、何すんだよ、お前!」
「ああっ……。ゆうくんのお城が……」
彼女はため息をつくと、腰に手を当てて言い放った。
「あたしがイライラしてる最中に、こんな生産性のないものを作っている方が悪いのよ。これがいったい世の中の何の役に立つっていうの?呆れるわね 」
彼女は踏みにじった砂の城の残骸を蹴り飛ばした。
「なんだと……!!」
男の子の一人が、砂を丸めて投げつけた。だが彼女は身をかがめて回避する。
彼女はカウンターとばかりに、砂を丸めて投げつけた。勢いよく投げられた砂の球は、威勢のいい男の子の顔面に直撃した。
「ぺっ……、苦っ……! なにすんだ、この砂かけババア!」
「ふんっ、 あたしにはパレットっていう名前があるのよ」
「あの、ゆうくんも、パレットさんも一度落ち着いてください!」
おどおどしていたおとなしい男の子が、仲裁に入った。
「けんかはダメです! なにか別の方法でどちらが正しいか決めませんか?」
その提案に、パレットは渋々ながら、
「ま、それもそうね。ガキのこいつじゃ喧嘩で勝ち目はなさそうだし」
と答えた。威勢のいい男の子は、
「言ったなー。陽光っ子をなめんなよ!」
と息巻いていた。
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