ヨハネと獣の黙示録

〜黙示録事件篇〜
上崎 司
上崎 司

第二の封印④

公開日時: 2020年11月5日(木) 07:00
文字数:2,781

扉の先には、広々とした空間が広がっていた。


鋼鉄の巨像の時と一つ違ったのは、黒い革ジャンを着た橙髪の男の子が、部屋の中央の台座に腰かけていたことだ。


「待ちくたびれたぜ……。まさか、こんなところで再会するとはな、ヴァルカン」


橙髪の男の子を見た瞬間、ヴァルカンの表情が険しいものへと変わった。


「ここにいる、ラヴィエル」


「ヴァルカン、知り合いなの?」


「ああ、『秘宝獣研究所』のメンバーだった者だ」


ラヴィエルは、台座に置かれていた左側が赤色、右側が青色の『秘宝』を手に取った。


「開宝! ツヴァイアサン!」


秘宝の中から現れたのは、左半身が鱗で、右半身が氷塊で覆われた、二頭の巨大な海蛇だ。


モデルはおそらく、ドイツ語で2を意味するツヴァイと、【イスラム神話】に登場する海獣、【リヴァイアサン】だろう。


【Sランク秘宝獣―ツヴァイアサン―】


「俺は神様から直々に、ここを守護することを任されたんだ! 邪魔するものはヴァルカン、お前だろうと排除してやる!」


「神など存在しない」


「嘘だと思うか? だったら神から貰ったこの力で、証明してやるよ!」


「……パレット、貴卿は下がっていろ」


ヴァルカンは、パレットを庇うように前に出ながら言った。だが、パレットは下がるどころか、ヴァルカンのさらに前に出た。


「いやよ。あたしも戦うわ」


「戦えるのか?」


「あたしにはこれがあるのよ!」


瞬間、ラヴィエルの顔の横を、一発の弾丸が通過した。


「いいっ!?」


パレットは躊躇なく、ラヴィエルに拳銃を発砲したのだ。


「お、おいヴァルカン、そいつ頭おかしいぞ!?」


「知らん。某も手を焼いている」


涙目で訴えるラヴィエル。ヴァルカンも頭を抱えていた。


「ほらほら、早く降参しないと蜂の巣よ?」


「くっ、ツヴァイアサン、《防御態勢》だ!」


リヴァイアサンの秘宝獣は、ゆっくりとした動作で、体を動かし始めた。とぐろを巻き、堅い鱗でパレットの銃弾を弾いた。


「ツヴァイアサンのCIP効果、《》!」


リヴァイアサンの秘宝獣の左頭は、口から水を吐き、部屋を水のフィールドへと変えていく。


「《衰弱水》は、触れたモノの体力を奪い続ける。俺の《絶海領域戦術》の恐ろしさ、味わせてやる!」


「開宝、『大和』!」


ヴァルカンはヤマトシビレエイの秘宝獣を繰り出した。シビレエイの秘宝獣は、空中を浮遊している。


「やるわね、ヴァルカン。宙を浮ける秘宝獣なら、《衰弱水》に触れずに済むわ」


「ちっ……。だったらこれでどうだ、ツヴァイアサン、《氷結弾》!」


海蛇の秘宝獣の右頭は、口の中から氷の弾丸を放出した。


直撃したシビレエイの秘宝獣は、白い球体へと戻されてしまった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「Bランク秘宝獣を一撃で……」


「見たかこの破壊力! これがSランク秘宝獣の力だ!!」


直後、氷の弾丸が、ラヴィエルの頭上を通り過ぎた。直撃していれば、怪我ではすまなかっただろう。


「!? どうしたツヴァイアサン、敵はアイツらだ!」


リヴァイアサンの秘宝獣に睨まれたまま、必死に訴えるラヴィエルに、ヴァルカンは諭すように言った。


「秘宝獣研究所の惨劇を忘れたか? これがSランク秘宝獣の『闘争本能』だ……」


「『秘宝獣研究所』の惨劇……?」


戸惑っているパレットに、ヴァルカンは説明するように言った。


「かつて秘宝獣研究所の副長が『昇華』させたSランク秘宝獣、フェンネルの暴走事故。それによって、研究所は破壊され、研究所のメンバーたちも散り散りとなった」


「フェンネルって、元々は乃呑ちゃんの秘宝獣じゃなかったの………?」


ヴァルカンはコクリと頷き、かつてのことを思い出していた。


黒猫の秘宝獣、白フクロウの秘宝獣、桃色のイルカの秘宝獣らと共に、鎖の首輪が付いたフェンリルの秘宝獣の暴走を止めようとする、乃呑の姿があった。


「Sランクの『秘宝獣』は、某らが遣いこなせる代物ものではない。正しき者が遣うことで初めて、真の力を解放することができるのだ」


リヴァイアサンの秘宝獣は、再び氷の弾丸を放った。ラヴィエルに防ぐ手立てはない。


「うわぁぁぁぁっ」


「開宝、盾持ち!」


銅色の宝箱から現れた鋼鉄のカメの甲羅が、海蛇の秘宝獣の放った弾丸を防いだ。


【Cランク秘宝獣―プロテクトータス―】


「ヴァルカン……。どうして……」


「研究所からSランクの秘宝を持ち逃げしたことは、決して褒められたことではない。だが、某には解る。それが争いの火種になるのを、見るに耐えなかったのだな……」


ラヴィエルにそう告げると、ヴァルカンは金色の宝箱を取り出した。


「……刻は満ちた。全て終わらせるぞ。開宝、赤城!」


金色の宝箱から赤い甲殻類が飛び出した。ヴァルカンは、パチンと自身の指を弾いた。


「いくぞ、赤城、《キャビテーション》!」


水中でカッチンとハサミを閉じるとともに、凄まじい爆音が響いた。


この『秘宝獣』はザリガニではなく、テッポウエビだったようだ。


【Aランク秘宝獣―キャノン・シュリンプ―】


テッポウエビは、高速でハサミを閉じることによって、騒音を発生させる。


水中の圧力が小さくなり、常温すら沸騰させる。その爆音はおよそ二百デシベル。電車が通るときのガード下の騒音の、二倍に相当する。


海蛇の秘宝獣は、激しく暴れ、のたうち回っている。


「急いで! 水位が上がりすぎて、扉が開かなくなりそうよ!」


「ラヴィエル、走れ! 伴に来い!」


パレットは部屋の奥にある金色の扉の前で声を上げた。


「どうしたラヴィエル、なぜ立ち止まっている!」


「残念だけど……。行けない……」


ラヴィエルは、弱く呟いた。ラヴィエルの周りの水は、血で真っ赤に染まっていた。


激しく暴れる海蛇の秘宝獣の鱗が、腹部に突き刺さったのだ。


「深手を負った……。自分の限界は自分が一番知ってる。ここで脱落みたいだ……」


「馬鹿なことを抜かすな……!」


ヴァルカンはラヴィエルの元へと戻り、彼を背負い上げた。ヴァルカンはふらつきながら、出口に向かって歩みを進める。


「ぐっ……。これはかなり……、堪えるな……」


「お、おい……俺は敵だぞ!?」


「否、必ず助ける! 諦めるものか!」


「ヴァルカン、時間がないわ! 手荒にいくわよ!」


パレットは手榴弾を投げ、扉を破壊した。黄金の部屋にも大量の水がなだれ込んだ。


一歩ずつ足を運んでいき、ヴァルカンはようやくエレベーターの前に立った。


「これが出口か……。頼む、起動してくれ……」


ボタンを押すと、エレベーターのドアが開いた。


ヴァルカンとパレットは、ラヴィエルをエレベーターの中でおろし、倒れ込むように自らもエレベーターに乗り込んだ。


そして地上行きのボタンを押した。


「まだだ……、ラヴィエルを病院へ運ぶまで……、倒れるわけには……」


「あたしもそろそろ限界みたい……」


だが、衰弱水に浸かっていた彼らの体力は、既に限界を超えていた。


ヴァルカンやラヴィエル、パレットの意識は、しだいに遠ざかっていった……。

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