扉の先には、広々とした空間が広がっていた。
鋼鉄の巨像の時と一つ違ったのは、黒い革ジャンを着た橙髪の男の子が、部屋の中央の台座に腰かけていたことだ。
「待ちくたびれたぜ……。まさか、こんなところで再会するとはな、ヴァルカン」
橙髪の男の子を見た瞬間、ヴァルカンの表情が険しいものへと変わった。
「ここにいる、ラヴィエル」
「ヴァルカン、知り合いなの?」
「ああ、『秘宝獣研究所』のメンバーだった者だ」
ラヴィエルは、台座に置かれていた左側が赤色、右側が青色の『秘宝』を手に取った。
「開宝! ツヴァイアサン!」
秘宝の中から現れたのは、左半身が鱗で、右半身が氷塊で覆われた、二頭の巨大な海蛇だ。
モデルはおそらく、ドイツ語で2を意味するツヴァイと、【イスラム神話】に登場する海獣、【リヴァイアサン】だろう。
【Sランク秘宝獣―ツヴァイアサン―】
「俺は神様から直々に、ここを守護することを任されたんだ! 邪魔するものはヴァルカン、お前だろうと排除してやる!」
「神など存在しない」
「嘘だと思うか? だったら神から貰ったこの力で、証明してやるよ!」
「……パレット、貴卿は下がっていろ」
ヴァルカンは、パレットを庇うように前に出ながら言った。だが、パレットは下がるどころか、ヴァルカンのさらに前に出た。
「いやよ。あたしも戦うわ」
「戦えるのか?」
「あたしにはこれがあるのよ!」
瞬間、ラヴィエルの顔の横を、一発の弾丸が通過した。
「いいっ!?」
パレットは躊躇なく、ラヴィエルに拳銃を発砲したのだ。
「お、おいヴァルカン、そいつ頭おかしいぞ!?」
「知らん。某も手を焼いている」
涙目で訴えるラヴィエル。ヴァルカンも頭を抱えていた。
「ほらほら、早く降参しないと蜂の巣よ?」
「くっ、ツヴァイアサン、《防御態勢》だ!」
リヴァイアサンの秘宝獣は、ゆっくりとした動作で、体を動かし始めた。とぐろを巻き、堅い鱗でパレットの銃弾を弾いた。
「ツヴァイアサンのCIP効果、《》!」
リヴァイアサンの秘宝獣の左頭は、口から水を吐き、部屋を水のフィールドへと変えていく。
「《衰弱水》は、触れたモノの体力を奪い続ける。俺の《絶海領域戦術》の恐ろしさ、味わせてやる!」
「開宝、『大和』!」
ヴァルカンはヤマトシビレエイの秘宝獣を繰り出した。シビレエイの秘宝獣は、空中を浮遊している。
「やるわね、ヴァルカン。宙を浮ける秘宝獣なら、《衰弱水》に触れずに済むわ」
「ちっ……。だったらこれでどうだ、ツヴァイアサン、《氷結弾》!」
海蛇の秘宝獣の右頭は、口の中から氷の弾丸を放出した。
直撃したシビレエイの秘宝獣は、白い球体へと戻されてしまった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「Bランク秘宝獣を一撃で……」
「見たかこの破壊力! これがSランク秘宝獣の力だ!!」
直後、氷の弾丸が、ラヴィエルの頭上を通り過ぎた。直撃していれば、怪我ではすまなかっただろう。
「!? どうしたツヴァイアサン、敵はアイツらだ!」
リヴァイアサンの秘宝獣に睨まれたまま、必死に訴えるラヴィエルに、ヴァルカンは諭すように言った。
「秘宝獣研究所の惨劇を忘れたか? これがSランク秘宝獣の『闘争本能』だ……」
「『秘宝獣研究所』の惨劇……?」
戸惑っているパレットに、ヴァルカンは説明するように言った。
「かつて秘宝獣研究所の副長が『昇華』させたSランク秘宝獣、フェンネルの暴走事故。それによって、研究所は破壊され、研究所のメンバーたちも散り散りとなった」
「フェンネルって、元々は乃呑ちゃんの秘宝獣じゃなかったの………?」
ヴァルカンはコクリと頷き、かつてのことを思い出していた。
黒猫の秘宝獣、白フクロウの秘宝獣、桃色のイルカの秘宝獣らと共に、鎖の首輪が付いたフェンリルの秘宝獣の暴走を止めようとする、乃呑の姿があった。
「Sランクの『秘宝獣』は、某らが遣いこなせる代物ものではない。正しき者が遣うことで初めて、真の力を解放することができるのだ」
リヴァイアサンの秘宝獣は、再び氷の弾丸を放った。ラヴィエルに防ぐ手立てはない。
「うわぁぁぁぁっ」
「開宝、盾持ち!」
銅色の宝箱から現れた鋼鉄のカメの甲羅が、海蛇の秘宝獣の放った弾丸を防いだ。
【Cランク秘宝獣―プロテクトータス―】
「ヴァルカン……。どうして……」
「研究所からSランクの秘宝を持ち逃げしたことは、決して褒められたことではない。だが、某には解る。それが争いの火種になるのを、見るに耐えなかったのだな……」
ラヴィエルにそう告げると、ヴァルカンは金色の宝箱を取り出した。
「……刻は満ちた。全て終わらせるぞ。開宝、赤城!」
金色の宝箱から赤い甲殻類が飛び出した。ヴァルカンは、パチンと自身の指を弾いた。
「いくぞ、赤城、《キャビテーション》!」
水中でカッチンとハサミを閉じるとともに、凄まじい爆音が響いた。
この『秘宝獣』はザリガニではなく、テッポウエビだったようだ。
【Aランク秘宝獣―キャノン・シュリンプ―】
テッポウエビは、高速でハサミを閉じることによって、騒音を発生させる。
水中の圧力が小さくなり、常温すら沸騰させる。その爆音はおよそ二百デシベル。電車が通るときのガード下の騒音の、二倍に相当する。
海蛇の秘宝獣は、激しく暴れ、のたうち回っている。
「急いで! 水位が上がりすぎて、扉が開かなくなりそうよ!」
「ラヴィエル、走れ! 伴に来い!」
パレットは部屋の奥にある金色の扉の前で声を上げた。
「どうしたラヴィエル、なぜ立ち止まっている!」
「残念だけど……。行けない……」
ラヴィエルは、弱く呟いた。ラヴィエルの周りの水は、血で真っ赤に染まっていた。
激しく暴れる海蛇の秘宝獣の鱗が、腹部に突き刺さったのだ。
「深手を負った……。自分の限界は自分が一番知ってる。ここで脱落みたいだ……」
「馬鹿なことを抜かすな……!」
ヴァルカンはラヴィエルの元へと戻り、彼を背負い上げた。ヴァルカンはふらつきながら、出口に向かって歩みを進める。
「ぐっ……。これはかなり……、堪えるな……」
「お、おい……俺は敵だぞ!?」
「否、必ず助ける! 諦めるものか!」
「ヴァルカン、時間がないわ! 手荒にいくわよ!」
パレットは手榴弾を投げ、扉を破壊した。黄金の部屋にも大量の水がなだれ込んだ。
一歩ずつ足を運んでいき、ヴァルカンはようやくエレベーターの前に立った。
「これが出口か……。頼む、起動してくれ……」
ボタンを押すと、エレベーターのドアが開いた。
ヴァルカンとパレットは、ラヴィエルをエレベーターの中でおろし、倒れ込むように自らもエレベーターに乗り込んだ。
そして地上行きのボタンを押した。
「まだだ……、ラヴィエルを病院へ運ぶまで……、倒れるわけには……」
「あたしもそろそろ限界みたい……」
だが、衰弱水に浸かっていた彼らの体力は、既に限界を超えていた。
ヴァルカンやラヴィエル、パレットの意識は、しだいに遠ざかっていった……。
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