ヨハネと獣の黙示録

〜黙示録事件篇〜
上崎 司
上崎 司

秘宝獣②

公開日時: 2020年9月7日(月) 12:06
文字数:2,610

商店街を抜けると陽光公園『のどかな公園エリア』の入り口がある。パレットが公園に差し掛かると、走りながら会話をしている二人の高校生のやり取りが聞こえてきた。


「おい、『ふれあいエリア』にあの『秘宝遣い』が来てるってマジか!?」


「ああ、『陽光町の二枚看板』のうちの一人が、誰かと対戦中なんだってよ。なかなか見られるもんじゃねぇぞ!」


「そいつは急がねぇとな!」


(なんだか知らないけど、面白いものが見られそうね!)


噂を耳にしたパレットは、その二人の後ろを走って追いかけた。


パレットが『ふれあいエリア』に到着すると、まだ午前中にも関わらず、一か所に人だかりができていた。


パレットは強引に人混みを掻き分けて最前列に出ると、肩まで伸びた茶色の髪を黄色のスカーフで結んだポニーテールの少女と、真っ黒のに金色の装飾を身につけ下駄を履いた、坊主頭の筋骨隆々な漢が対峙していた。


ポニーテールの少女の足元には、黒色の子猫が見える。


【Cランク秘宝獣ーハイドキャットー】


対する、ガタイの良い坊主頭の漢、以下、屈強ハゲ。のらには、ボァボァと燃え盛っている大きなイノシシの姿が確認できた。


「なにあのイノシシ、背中が燃えてるわよ?」


「あれはBランクの秘宝獣、ボアボアーだ」


パレットのつぶやきに、最前列で観戦していた青髪の青年が解説を加えた。


日本の海兵が着ていそうなセイラー服を着ており、彼もまた特徴的な人物だ。


【Bランク秘宝獣―ボアボアー―】


「ウハハハ、ボアボアー、《猪突猛進》!」


「ミント、回避して!」


見た目に相応しい豪快な声の屈強ハゲは、イノシシの秘宝獣に指示を出した。


イノシシの秘宝獣の突進攻撃を、黒猫の秘宝獣は上手く避ける。


「ボアボアー、そこで《大熱波》!」


「BUMOOOO!」


イノシシの秘宝獣は、鼻から熱波を出して前方へと巻き上げた。


黒猫の秘宝獣は熱風に吹き飛ばされ、回転しながら宙を舞う。


「ミント……!!」


ポニーテールの少女は、宙を舞った黒猫の秘宝獣をスライディングでキャッチした。


「よく頑張ったね。秘宝の中に戻って、休んでて」


ポニーテールの少女は、紺色のジャージのポケットから銅色の宝箱を取り出し、黒猫の秘宝獣に近づけた。すると黒猫の姿が白い球体へと変わり、吸い込まれるように箱の中に入っていった。


「動物が白い球体になった……?」


「あれはハイドキャットの。秘宝獣とは、『質量を持った霊体』のような存在だ。例えて言うなら、シュレディンガーの猫に近い性質を持っている」


「シュレディンガーの猫……?」


シュレディンガーの猫とは、オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが、物理学的実在の量子力学的記述が不完全であると説明するために登場した架空の生き物である。


「端的に言えば、『生きている状態と死んでいる状態が重なり合った動物』。それが『秘宝獣』だ」


黒猫の秘宝獣の魂が還るのを見届けた後、ポニーテールの少女の表情がキッと引き締まった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ウハハハ、ようやく本気になったようだな、『白銀の狩人』!」


「勘違いしないで。ミントはまだ戦えたし、負ける気もしなかった。けど……」


ポニーテールの少女の瞳は、静かに燃えていた。


「今から大切なデートの約束があるの。だから速攻でをつける!」


ポニーテールの少女は立ち上がり、白銀色の宝箱を前に突き出した。すると、場の雰囲気や観客の表情が一変した。


ある者は焦りの表情を、またある者は期待の表情を浮かべる。いずれにせよ、最前列で観戦していた者たちは、みな一様にその場から後ずさった。


「いったい何が始まるっていうの?」


「ここから先は危険だ。も下がっていろ」


青い髪の青年は、庇うようにパレットの一歩前に出た。


「……幸と不幸の半道に、差し込んだのは暖かな光! 開宝、フェンネル!」


ポニーテールの少女は、宝箱の蓋の間に親指の爪を挿しこみ、勢いよく上へと弾いた。


白い閃光と共に、白銀色の宝箱から一匹の動物が飛び出した。雄々しく気高く美しい、白銀色の毛並みの狼だ。モデルはおそらく、【北欧神話】の銀狼、【フェンリル】だろう。


さらに、フェンリルの秘宝獣の周りを、三つの自律機動式砲台が浮遊している。


その姿にパレットは思わず、こう呟いていた。


「Animal Weapon……?」


だが、青髪の青年は「否」と答え、説明を加えた。


「あれはフェンネルの開宝時効果、《三砲塔召喚》(トライ・ビット・サモン)」


「Comes Into Play?」


パレットが呟いたのは、CIPと略される、場に出たときという意味の英語だ。


「開宝時効果とは、『Sランク秘宝獣』だけが有する能力の総称だ。あの小型ビットはフェンリルの意思と連動し、自動で敵を追撃する。その秘宝獣の名を……」


【Sランク秘宝獣―フェンネル―】


「フェンネル、《トライアングル・F(フォーメーション)》!」


「Aoooon!」


フェンリルの秘宝獣が吠えると、上空を漂っていたビットが散開し、三角形を作った。

それぞれのビットから一斉にレーザー光線が放出され、イノシシの秘宝獣を襲った。


「BMOOOOU!?」


「ボアボアァァァッ!?」


イノシシの秘宝獣に向かって降り注ぐ集中砲火。タイミングをずらしながら放たれる、休む間もない攻めの嵐。イノシシの秘宝獣はバタリと地面に倒れ伏した。


敗れたイノシシの秘宝獣は、白い球体へと姿を変えると、屈強ハゲの持つ銀色の宝箱の中へと吸い込まれて行った。


「フェンネルお疲れさま! よしよし」


「Quoooon♪」


ポニーテールの少女は、嬉しそうにフェンリルの秘宝獣の頬を撫でまわしていた。


「ウハハハ、さすがは白銀の狩人だ。あのフェンネルを完全に遣いこなしてやがる」


屈強ハゲは負けたにもかかわらず豪快に笑いながら、陽光公園から去って行った。


「いっけない! デートの約束があるんだった! すみません、道開けてください」


「なぁ、次は俺と対戦してくれよ!」


「あの、ミントちゃん撫でさせてもらえませんか?」


「ごめん、今急いでるからまた今度ね!」


ポニーテールの少女はフェンリルの秘宝獣の背に乗り、陽光公園の外へ早々に走り去って行った。


「これが『秘宝遣い』と『秘宝獣』……」


パレットは青髪の青年に一言礼を言おうとしたが、既に見当たらなくなっていた。


対戦が終わると、観戦に来ていた人だかりもあっという間に離散し、パレットも「まあいいか」と、特に気に留めることなく陽光公園の探索を再開した。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート