奈落の底まで降りていく間、パレットとヴァルカンは会話をしていた。
「パレット、貴卿はどんな動物を秘宝獣にする予定だ?」
「そうね、ウサギとか可愛いんじゃないかしら」
「ウサギか……。たしかCランクの秘宝獣に『雪ウサギ』という秘宝獣がいたはずだ」
「それもいいわね。けど、あたしは強い秘宝獣が欲しいの。『ワイルドキャット』や、『レガシーホーネット』なんてのもいいわね」
パレットの挙げた名前は、いずれも実在する戦闘機の名前である。
「貴卿はなにゆえ、強さを求める?」
ヴァルカンは真剣な顔つきへと変わり、説き伏せた。
「秘宝獣は戦いの道具ではない。それが分らぬようでは、秘宝遣いは務まらん。『黒色の秘宝』は某が責任を持って預かる」
「……そう言って、初めからあたしの秘宝が狙いだったの?」
「そうではない。貴卿のために言っているのだ」
パレットはレッグホルスターから銃身を抜き、拳銃を構えた。
「撃ちたければ撃て。その瞬間、大和が、貴卿を振り落とす」
「ハッタリね」
「試してみるか?」
パレットとヴァルカンは牽制し合ったまま、奈落の底へとたどり着いた。
二人の目の前には、エメラルド色の神秘的な湖が広がっていた。
「よくやった、大和」
ヴァルカンはシビレエイの秘宝獣を優しく撫で、銀色の宝箱に戻した。
「パレット、一つ約束して欲しい。『Sランクの秘宝』だけは、絶対に使うな」
ヴァルカンの忠告を無視し、パレットはムッとした顔で地底湖に飛び込んだ。
湖の傍には、黒いジャケットとスカートが脱ぎ捨てられていた。
(もういい。あたしが馬鹿だった。他人の力なんて二度と借りない)
パレットは水面で大きく息を吸い込み、残気で三分以上も潜り続けている。
しかし、白いぬめぬめとしたものが、パレットの足を絡め取った。
(触手……? 身動きができない……)
白いイカ秘宝獣の触手が、パレットの両足と両腕、お腹から胸にまで絡みついた。
全身を絡めとると、今度は海底へと引きづり込もうとし始めた。パレットも必死で抵抗する。
(離れない……それに息が……)
イカの吸盤は柄の先に付いており、ギザギザの歯があって獲物が暴れても剥がれにくくなっている。パレットは酸欠状態に陥り、泡を吹きだした。
(出でよ、赤き甲冑の武士よ! 開宝、赤城!)
水中で追いついたヴァルカンが、甲殻類の秘宝獣に指示を与えた。白いイカの秘宝獣は触手をハサミで挟まれ、墨を吐きながら地底湖の深くに消えてしまった。
ヴァルカンはパレットを水中で支えた。だが、パレットは意識を失ってしまっていた。
(酸欠か!? ……やむを得ん、迷っている暇などない)
ヴァルカンは水中で、パレットの唇に自身の唇を重ねた。そして残っていた空気をパレットに送り込んだ。
パレットはゴポゴポと息を吹き返した。
ヴァルカンは銀色の宝箱を開け、シビレエイの秘宝獣に掴まり、パレットを抱えたまま地底湖の出口へ突き抜けた。
「ぷはぁ……ぜぇぜぇ……死ぬかと思った……」
「まったく、無茶だけはしてくれるな」
パレットとヴァルカンは、なんとか水面に顔を出した。
水中で行われた行為は、意識を失っていたパレットにとっては、知る由もないことだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
地底湖を抜けた先には、巨大な扉が鎮座していた。
パレットは身なりを整えながら、ヴァルカンに声をかけた。
「礼は言わないわよ……」
「構わん、某が勝手に助けただけだ」
「……さっきのイカ、ただの動物じゃなかったわね」
「ああ、おそらく野生化した秘宝獣だろう」
「野生化? 秘宝獣を誰かが捨てたってこと?」
「然り。秘宝遣いの中には、手に負えなくなった秘宝獣を捨ててしまう者もいるのが現実だ」
「なるほどね……。何か対策はないの?」
「前にも話したが、秘宝獣は登録制だ。逃した者が分かれば対策のしようはあるが、中には秘宝獣の登録すら行わずに動物を『昇華』させている者もいる」
登録されていなければ、野生の秘宝獣の飼い主を探すことは非常に困難になる。
「逆に、登録することにメリットはないの?」
「登録さえしてあれば、レイティング戦に参加できる」
「レイティング……?」
「シーズンの勝率によって、ポイントが付くランキング戦だ。参加賞や豪華景品も出る。貴卿が最初に見た『フェンネル』の使い手、菜の花 乃呑は、現シーズン二位の実力者だ」
パレットは、茶髪のポニーテールの少女とフェンリルの秘宝獣を思い浮かべた。あの強さなら、二位という肩書も納得だ。
「ねぇ、レイティング一位ってどんな秘宝遣いなの?」
パレットが尋ねると、ヴァルカンは一瞬、顔をしかめた。
「一位か……。某も直接会ったことはないが、その者の秘宝獣の名は、『黙示録の黒き獣』というらしい。ただ、あまり良い噂は聞かぬ。パレットも気を付けたほうがいい」
「そう、気をつけるわ」
「ちなみに某は、レイティング三位の実力者だ」
「……それが言いたかっただけかしら?」
パレットは会話を軽く流して、扉をゆっくりと開けた。
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