ヨハネと獣の黙示録

〜黙示録事件篇〜
上崎 司
上崎 司

第二の封印③

公開日時: 2020年10月4日(日) 07:00
文字数:2,002

奈落の底まで降りていく間、パレットとヴァルカンは会話をしていた。


「パレット、貴卿はどんな動物を秘宝獣にする予定だ?」


「そうね、ウサギとか可愛いんじゃないかしら」


「ウサギか……。たしかCランクの秘宝獣に『雪ウサギ』という秘宝獣がいたはずだ」


「それもいいわね。けど、あたしは強い秘宝獣が欲しいの。『ワイルドキャット』や、『レガシーホーネット』なんてのもいいわね」


パレットの挙げた名前は、いずれも実在する戦闘機の名前である。


「貴卿はなにゆえ、強さを求める?」


ヴァルカンは真剣な顔つきへと変わり、説き伏せた。


「秘宝獣は戦いの道具ではない。それが分らぬようでは、秘宝遣いは務まらん。『黒色の秘宝』は某が責任を持って預かる」


「……そう言って、初めからあたしの秘宝が狙いだったの?」


「そうではない。貴卿のために言っているのだ」


パレットはレッグホルスターから銃身を抜き、拳銃を構えた。


「撃ちたければ撃て。その瞬間、大和が、貴卿を振り落とす」


「ハッタリね」


「試してみるか?」


パレットとヴァルカンは牽制し合ったまま、奈落の底へとたどり着いた。


二人の目の前には、エメラルド色の神秘的な湖が広がっていた。


「よくやった、大和」


ヴァルカンはシビレエイの秘宝獣を優しく撫で、銀色の宝箱に戻した。


「パレット、一つ約束して欲しい。『Sランクの秘宝』だけは、絶対に使うな」


ヴァルカンの忠告を無視し、パレットはムッとした顔で地底湖に飛び込んだ。


湖の傍には、黒いジャケットとスカートが脱ぎ捨てられていた。


(もういい。あたしが馬鹿だった。他人の力なんて二度と借りない)


パレットは水面で大きく息を吸い込み、残気で三分以上も潜り続けている。


しかし、白いぬめぬめとしたものが、パレットの足を絡め取った。


(触手……? 身動きができない……)


白いイカ秘宝獣の触手が、パレットの両足と両腕、お腹から胸にまで絡みついた。


全身を絡めとると、今度は海底へと引きづり込もうとし始めた。パレットも必死で抵抗する。


(離れない……それに息が……)


イカの吸盤は柄の先に付いており、ギザギザの歯があって獲物が暴れても剥がれにくくなっている。パレットは酸欠状態に陥り、泡を吹きだした。


(出でよ、赤き甲冑の武士よ! 開宝、赤城!)


水中で追いついたヴァルカンが、甲殻類の秘宝獣に指示を与えた。白いイカの秘宝獣は触手をハサミで挟まれ、墨を吐きながら地底湖の深くに消えてしまった。


ヴァルカンはパレットを水中で支えた。だが、パレットは意識を失ってしまっていた。


(酸欠か!? ……やむを得ん、迷っている暇などない)


ヴァルカンは水中で、パレットの唇に自身の唇を重ねた。そして残っていた空気をパレットに送り込んだ。


パレットはゴポゴポと息を吹き返した。


ヴァルカンは銀色の宝箱を開け、シビレエイの秘宝獣に掴まり、パレットを抱えたまま地底湖の出口へ突き抜けた。


「ぷはぁ……ぜぇぜぇ……死ぬかと思った……」


「まったく、無茶だけはしてくれるな」


パレットとヴァルカンは、なんとか水面に顔を出した。


水中で行われた行為は、意識を失っていたパレットにとっては、知る由もないことだ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


地底湖を抜けた先には、巨大な扉が鎮座していた。


パレットは身なりを整えながら、ヴァルカンに声をかけた。


「礼は言わないわよ……」


「構わん、某が勝手に助けただけだ」


「……さっきのイカ、ただの動物じゃなかったわね」


「ああ、おそらく野生化した秘宝獣だろう」


「野生化? 秘宝獣を誰かが捨てたってこと?」


「然り。秘宝遣いの中には、手に負えなくなった秘宝獣を捨ててしまう者もいるのが現実だ」


「なるほどね……。何か対策はないの?」


「前にも話したが、秘宝獣は登録制だ。逃した者が分かれば対策のしようはあるが、中には秘宝獣の登録すら行わずに動物を『昇華』させている者もいる」


登録されていなければ、野生の秘宝獣の飼い主を探すことは非常に困難になる。


「逆に、登録することにメリットはないの?」


「登録さえしてあれば、レイティング戦に参加できる」


「レイティング……?」


「シーズンの勝率によって、ポイントが付くランキング戦だ。参加賞や豪華景品も出る。貴卿が最初に見た『フェンネル』の使い手、菜の花 乃呑は、現シーズン二位の実力者だ」


パレットは、茶髪のポニーテールの少女とフェンリルの秘宝獣を思い浮かべた。あの強さなら、二位という肩書も納得だ。


「ねぇ、レイティング一位ってどんな秘宝遣いなの?」


パレットが尋ねると、ヴァルカンは一瞬、顔をしかめた。


「一位か……。某も直接会ったことはないが、その者の秘宝獣の名は、『黙示録の黒き獣』というらしい。ただ、あまり良い噂は聞かぬ。パレットも気を付けたほうがいい」


「そう、気をつけるわ」


「ちなみに某は、レイティング三位の実力者だ」


「……それが言いたかっただけかしら?」


パレットは会話を軽く流して、扉をゆっくりと開けた。

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