「これは三ヶ月前、お姉ちゃんから聞いた話なんですけど……。夕食を食べ終えて部屋に戻ると、一日だけ飼うことにしていた青いひな鳥が、こつぜんと姿を消してしまったみたいです。青いひな鳥が抱えていた秘宝は開いたままになっていて、窓も、部屋のドアも鍵がかけられている完全な密室でした……」
真っ暗な部屋の中、火の灯ったロウソクが置かれた小さな机を、パイプ椅子に座った小学生たちが囲っていた。
「お姉ちゃんは不思議に思い、部屋の中を探したみたいです。ですが青いひな鳥は、どこにも見当たらなかったらしく、突如、ベッドの下から視線を感じたそうです」
「ベッドの下から!?」
「あかり、怖い……」
ゆうきとあかりは、身震いをしていた。
「べッドの下でうごめく影は、怪しげな動きをしていたそうです。『ピーちゃん?』と首を傾げながら、お姉ちゃんは恐る恐るベッドの下に手を入れたみたいです。お姉ちゃんの手に、何かヌルッとした感触がありました。うごめく影は、しだいにお姉ちゃんのもとへと迫っていき、そして……」
ロウソクの火が、風で消された。
「うわぁぁぁっ」
「きゃぁぁぁっ」
「よそでやりなさいよっ!」
パレットは病室の電気を付けて、ガバっと起き上がった。
「えー、これからがいいところだったのにー」
「パレット、少しは空気読めよなー」
「知らないわよ!」
あかりとゆうきは、パレットが電気を付けたことに不満をこぼしていた。
「あはは……。パレットさん、おはようございます」
小学生の三人は、怪談話を楽しんでいた。
「そういえばパレットさん、今日の夜、陽光公園の『縁日エリア』で花火大会があるんですけど、一緒に見に行きませんか?」
「花火……?」
パレットは聞き慣れない単語に首を傾げた。
「お空にね、おっきな花が咲くんだよ! バーンって」
「あかり、その説明適当すぎだろ……」
「パレットさん、見ればきっと感動すると思いますよ!」
パレットは少し悩んだ後、返答した。
「……まぁいいわよ。どこで待ち合わせする?」
「では、今日の午後六時に『のどかな公園エリア』の石段の前に集合しましょう! ゆうくんとあかりさんも、それでいいですか?」
「おれはいいぜ!」
「あかりも平気!」
たくみの提案に、ゆうたとあかりも乗っかった。
「決まりですね! パレットさんはその前に、ぼくの家に寄ってもらえませんか?」
「どうして?」
「花火大会は、浴衣っていう服装に着替えて行くんですよ」
「じゃあおれたちは先に帰るぜ」
「またね、お姉ちゃん」
ゆうたとあかりは、元気に病室から飛び出して行った。
パレットは、目覚めてからしばらくして、自身の体調の変化に気づいた。
(あれ? 少し寝ただけなのに、目眩がしない。それに、身体も軽くなったような……)
「どうかしましたか、パレットさん?」
「別に、何でもないわ」
パレットは病室を出ると、看護師の人に話し、医者から外出の許可を取ろうとした。
「本来であれば絶対安静な状態だが、ここまで回復しているとね……」
パレットが頼み込むと、医者は渋々ながら外出許可を出してくれた。
パレットのベッドの枕元には、白い馬の毛のようなものが落ちていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
日も落ちてきたころ、パレットは約束通り、たくみの家に立ち寄った。
「はーい! 今開けますね!」
パレットがチャイムを鳴らすと、たくみは階段を駆け降りて、玄関のドアを開けた。
「こんばんはパレットさん! どうぞあがって下さい!」
リビングから、桃色の浴衣を着た、たくみの姉、愛歌が出て来た。
パレットはその浴衣姿に思わず目を奪われた。
「あら、可愛らしい服ね」
「えへへ、似合いますか? ちょっと待ってね。パレットさんの浴衣も持ってくるから」
「ねぇね、浴衣どこー?」
「お母さんの部屋にあると思うよ」
「わかったー」
たくみは愛歌の浴衣より少し大きめの花柄の浴衣を持ってきて、愛歌に渡した。
「この服、どうやって着るの?」
「私が浴衣、着せましょうか?」
「そうね、お願いするわ」
愛歌は器用な手つきで、パレットに浴衣を着せていった。
「はい、できました!」
パレットは大きな鏡の前に立つと、自分の浴衣姿に驚愕した。
「凄く可愛い! さすがあたし!」
パレットは鏡の前でクルリと一回転した。相当気に入ったようだ。
「たくみ、入ってもいいよ」
たくみは、浴衣姿のパレットを見ると、思わず頬を赤らめた。
「わぁ、パレットさん、すごく似合ってますね!」
再び玄関のチャイムが鳴った。愛歌は玄関へと向かい、鍵を開けた。
「愛歌、一緒にお祭り行こっ!」
「乃呑ちゃん! ちょっと待ってて、すぐ準備するから」
いつもはポニーテールの乃呑も、今日は髪飾りで団子にして、黄色い浴衣を着ていた。
「菜の花さん、こんばんは!」
「やぁ弟くん、サンライト・ユニコーンとは仲良くしてる?」
「はい! ついさきほど病院で脱走してしまって、ちょっと大変でしたけど」
「秘宝獣も生き物だからね。宝箱の中に入れるより、きっと外に出たいんだよ」
「そうなんですか! 開宝、サンライト・ユニコーン!」
たくみはさっそく、一角獣の秘宝獣を外へと出した。
「Quiiin♪」
一角獣の秘宝獣は、何故か愛歌の元へと向かい、すっかり懐いていた。
浴衣に着替えたパレットたちは、『のどかな公園エリア』にある、神社へと続く石段の前に集まった。赤色の浴衣を着たゆうきと、水色の浴衣を着たあかりも到着していた。
「おーい、おそいぜー」
「あかりたち、結構待ったんだからねー」
ゆうきとあかりは、パレットたちが来たのを確認すると、石段を駆け上って行った。そして数段ほど登ると振り返り、大声で叫んだ。
「一番遅かったやつ、ジュースおごりだからな」
「あはは、ぼくたちも急がないとですね、パレットさん」
たくみは、隣を歩いていたパレットに話しかけたが、そこにパレットはいなかった。
「だから、フライングはノーカンだって言ってるでしょ!」
「あはは、でも走るんですね……」
パレットは浴衣をたくし上げながら、石段を駆け上って行った。
その様子を見て、愛歌は微笑んでいた。
「愛佳、なんだか嬉しそうだね!」
「うん。パレットさんが来てから、みんなが元気になったみたいで」
「そうだね。なんか太陽みたいな存在だよね」
太陽というより、嵐やゲリラ豪雨のような存在だと思うのだが……。
「たっくんも早くー」
「置いてくぞー」
ゆうきとあかりは、すでに石段を登り切っていた。
「では、僕も先に行ってきますね」
たくみは、階段をせっせと駆け上がって行った。
「乃呑ちゃん、今日は走らないの?」
愛歌は、隣を歩いている乃呑に聞いた。
「うーん、今日はパス。浴衣着てると走りづらいし」
「そっか、そうだよね」
「それに、愛佳と二人きりでいられる時間、減っちゃうし」
乃呑は、愛歌に寄り添いながら、小声でつぶやいた。
「乃呑ちゃん、今何か言った?」
「ううん、何でもない!」
愛歌が乃呑の恋心に気付くのは、まだまだ先になりそうだ。
菜の花の花言葉は、小さな幸せ。
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