ヨハネと獣の黙示録

〜黙示録事件篇〜
上崎 司
上崎 司

花火大会

公開日時: 2020年11月9日(月) 07:00
文字数:2,806

「これは三ヶ月前、お姉ちゃんから聞いた話なんですけど……。夕食を食べ終えて部屋に戻ると、一日だけ飼うことにしていた青いひな鳥が、こつぜんと姿を消してしまったみたいです。青いひな鳥が抱えていた秘宝は開いたままになっていて、窓も、部屋のドアも鍵がかけられている完全な密室でした……」


真っ暗な部屋の中、火の灯ったロウソクが置かれた小さな机を、パイプ椅子に座った小学生たちが囲っていた。


「お姉ちゃんは不思議に思い、部屋の中を探したみたいです。ですが青いひな鳥は、どこにも見当たらなかったらしく、突如、ベッドの下から視線を感じたそうです」


「ベッドの下から!?」


「あかり、怖い……」


ゆうきとあかりは、身震いをしていた。


「べッドの下でうごめく影は、怪しげな動きをしていたそうです。『ピーちゃん?』と首を傾げながら、お姉ちゃんは恐る恐るベッドの下に手を入れたみたいです。お姉ちゃんの手に、何かヌルッとした感触がありました。うごめく影は、しだいにお姉ちゃんのもとへと迫っていき、そして……」


ロウソクの火が、風で消された。


「うわぁぁぁっ」


「きゃぁぁぁっ」


「よそでやりなさいよっ!」


パレットは病室の電気を付けて、ガバっと起き上がった。


「えー、これからがいいところだったのにー」


「パレット、少しは空気読めよなー」


「知らないわよ!」


あかりとゆうきは、パレットが電気を付けたことに不満をこぼしていた。


「あはは……。パレットさん、おはようございます」


小学生の三人は、怪談話を楽しんでいた。


「そういえばパレットさん、今日の夜、陽光公園の『縁日エリア』で花火大会があるんですけど、一緒に見に行きませんか?」


「花火……?」


パレットは聞き慣れない単語に首を傾げた。


「お空にね、おっきな花が咲くんだよ! バーンって」


「あかり、その説明適当すぎだろ……」


「パレットさん、見ればきっと感動すると思いますよ!」


パレットは少し悩んだ後、返答した。


「……まぁいいわよ。どこで待ち合わせする?」


「では、今日の午後六時に『のどかな公園エリア』の石段の前に集合しましょう! ゆうくんとあかりさんも、それでいいですか?」


「おれはいいぜ!」


「あかりも平気!」


たくみの提案に、ゆうたとあかりも乗っかった。


「決まりですね! パレットさんはその前に、ぼくの家に寄ってもらえませんか?」


「どうして?」


「花火大会は、浴衣っていう服装に着替えて行くんですよ」


「じゃあおれたちは先に帰るぜ」


「またね、お姉ちゃん」


ゆうたとあかりは、元気に病室から飛び出して行った。


パレットは、目覚めてからしばらくして、自身の体調の変化に気づいた。


(あれ? 少し寝ただけなのに、目眩がしない。それに、身体も軽くなったような……)


「どうかしましたか、パレットさん?」


「別に、何でもないわ」


パレットは病室を出ると、看護師の人に話し、医者から外出の許可を取ろうとした。


「本来であれば絶対安静な状態だが、ここまで回復しているとね……」


パレットが頼み込むと、医者は渋々ながら外出許可を出してくれた。


パレットのベッドの枕元には、白い馬の毛のようなものが落ちていた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


日も落ちてきたころ、パレットは約束通り、たくみの家に立ち寄った。


「はーい! 今開けますね!」


パレットがチャイムを鳴らすと、たくみは階段を駆け降りて、玄関のドアを開けた。


「こんばんはパレットさん! どうぞあがって下さい!」


リビングから、桃色の浴衣を着た、たくみの姉、愛歌が出て来た。


パレットはその浴衣姿に思わず目を奪われた。


「あら、可愛らしい服ね」


「えへへ、似合いますか? ちょっと待ってね。パレットさんの浴衣も持ってくるから」


「ねぇね、浴衣どこー?」


「お母さんの部屋にあると思うよ」


「わかったー」


たくみは愛歌の浴衣より少し大きめの花柄の浴衣を持ってきて、愛歌に渡した。


「この服、どうやって着るの?」


「私が浴衣、着せましょうか?」


「そうね、お願いするわ」


愛歌は器用な手つきで、パレットに浴衣を着せていった。


「はい、できました!」


パレットは大きな鏡の前に立つと、自分の浴衣姿に驚愕した。


「凄く可愛い! さすがあたし!」


パレットは鏡の前でクルリと一回転した。相当気に入ったようだ。


「たくみ、入ってもいいよ」


たくみは、浴衣姿のパレットを見ると、思わず頬を赤らめた。


「わぁ、パレットさん、すごく似合ってますね!」


再び玄関のチャイムが鳴った。愛歌は玄関へと向かい、鍵を開けた。


「愛歌、一緒にお祭り行こっ!」


「乃呑ちゃん! ちょっと待ってて、すぐ準備するから」


いつもはポニーテールの乃呑も、今日は髪飾りで団子にして、黄色い浴衣を着ていた。


「菜の花さん、こんばんは!」


「やぁ弟くん、サンライト・ユニコーンとは仲良くしてる?」


「はい! ついさきほど病院で脱走してしまって、ちょっと大変でしたけど」


「秘宝獣も生き物だからね。宝箱の中に入れるより、きっと外に出たいんだよ」


「そうなんですか! 開宝、サンライト・ユニコーン!」


たくみはさっそく、一角獣の秘宝獣を外へと出した。


「Quiiin♪」


一角獣の秘宝獣は、何故か愛歌の元へと向かい、すっかり懐いていた。


浴衣に着替えたパレットたちは、『のどかな公園エリア』にある、神社へと続く石段の前に集まった。赤色の浴衣を着たゆうきと、水色の浴衣を着たあかりも到着していた。


「おーい、おそいぜー」


「あかりたち、結構待ったんだからねー」


ゆうきとあかりは、パレットたちが来たのを確認すると、石段を駆け上って行った。そして数段ほど登ると振り返り、大声で叫んだ。


「一番遅かったやつ、ジュースおごりだからな」


「あはは、ぼくたちも急がないとですね、パレットさん」


たくみは、隣を歩いていたパレットに話しかけたが、そこにパレットはいなかった。


「だから、フライングはノーカンだって言ってるでしょ!」


「あはは、でも走るんですね……」


パレットは浴衣をたくし上げながら、石段を駆け上って行った。


その様子を見て、愛歌は微笑んでいた。


「愛佳、なんだか嬉しそうだね!」


「うん。パレットさんが来てから、みんなが元気になったみたいで」


「そうだね。なんか太陽みたいな存在だよね」


太陽というより、嵐やゲリラ豪雨のような存在だと思うのだが……。


「たっくんも早くー」


「置いてくぞー」


ゆうきとあかりは、すでに石段を登り切っていた。


「では、僕も先に行ってきますね」


たくみは、階段をせっせと駆け上がって行った。


「乃呑ちゃん、今日は走らないの?」


愛歌は、隣を歩いている乃呑に聞いた。


「うーん、今日はパス。浴衣着てると走りづらいし」


「そっか、そうだよね」


「それに、愛佳と二人きりでいられる時間、減っちゃうし」


乃呑は、愛歌に寄り添いながら、小声でつぶやいた。


「乃呑ちゃん、今何か言った?」


「ううん、何でもない!」


愛歌が乃呑の恋心に気付くのは、まだまだ先になりそうだ。


菜の花の花言葉は、小さな幸せ。

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