翌日の早朝、今日も商店街には、ガラガラとシャッターを上げる音が響き渡る。
どことなくレトロな雰囲気を漂わせている、ここは陽光町商店街の表通り。
そこに、店のシャッターを上げる音とは別のガラガラとした音が響いた。
パレットは取っ手を掴みながら、真剣な顔つきでゆっくりとそれを回し始めていた。パレットの手は徐々に速度をあげながら、一回転、もう一回転と回していく。
パレットの後ろに並んでいる人々は、固唾を呑んでその様子を見つめている。パレットはさらに数回ほど回すと、一気に回す速度を緩めた。
カランという音と共にが吐き出されたのは、白色の球体であった。
「はい残念、ポケットティッシュね」
パレットは表情に影を落としたまま、福引のおばちゃんから三個目のポケットティッシュを受け取ると、ワナワナと肩を震わせていた。そして……、
「何が『ハッピーチケット』よ!」
パレットは声を荒げながら、ポケットティッシュを地面へと勢いよく叩きつけた。
「ほらな、横入りなんてするから、罰(ばち)があたったんだぜ」
パレットの一つ後ろに並んでいたゆうきは、冷たい視線と言葉を浴びせた。その隣にいるたくみは何も言わずに、ただ苦笑していた。
「うるさいわね、ここではあたしがルールなのよ!」
パレットは地面に落ちたポケットティッシュを拾いながらそっぽを向いた。
「どういう理屈だよ……。おばちゃん、ハピチケ一枚」
「はい。じゃあこの抽選器をゆっくりと回しておくれ」
ゆうきは、慣れた手つきで抽選機を回し始めた。ガラガラと球体がぶつかり合う、心地いい音が表通りを包みこむ。
「はずれろはずれろはずれろはずれろはずれろはずれろはずれろはずれろはずれろ……」
パレットは身を屈めたまま、ブツブツと呪言を繰り返していた。
「たちわるっ!?」
驚いた拍子にゆうきの手元が狂い、抽選機から金色の球が飛び出した。福引のおばちゃんは、「おや」と驚き、手元に置いてあったベルをチリンチリンと景気よく鳴らした。
「おめでとう、一等賞だよ!」
「よ、よっしゃぁぁっ!」
「やったね、ゆうくん!」
「はい、これが景品だよ」
福引所のおばちゃんは、後ろの棚に並べてあった一等の景品をゆうきに手渡した。その景品とは、キラキラと金色に輝く手のひらサイズの宝箱であった。
「痛っ」
突如、ゆうきの頬に何かが飛んできた。ポケットティッシュだ。
「何しやがる」とゆうきが振り向くと、パレットは不敵な笑みを浮かべていた。
「それ、あたしのなんだけど?」
「はぁ……? 何言ってんだこいつ……」
ゆうきは薄々嫌な予感をしていたが、残念ながらその予感は的中してしまった。
「だからそれ、あたしが当たる予定だったって言ってるの!」
「う、うぜぇ……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今から数分前のこと、ゆうきが福引所で並んでいたところに、偶然パレットが通りかかった。そしてパレットは、半ば強引にゆうきが並ぶ列の前に割り込んだのである。
「あんたの後ろに割り込めば良かったんだわ」
「いや、そもそも割り込むなよ……」
「さて、宝箱の中には何が入っているのかしら」
「勝手にとるなよ!」
パレットはゆうきからひょいと金色の宝箱を奪うと、宝箱を開けようとした。
「あら? これどうやって開けるの?」
「それはですね、宝箱の上蓋と下蓋の隙間に爪を入れて、上に向けて弾くんですよ」
「ふーん……。こんな感じ?」
たくみからアドバイスを受けて、パレットは宝箱の蓋の間に爪を入れ、上に弾いた。
パレットは宝箱の中を覗くと、「あれ?」っと目を丸くした。
「この宝箱、空っぽじゃない。こんなのが本当に一等の景品なの?」
「なんだ金髪女、『秘宝』も知らないのか?」
「『秘宝』?」
パレットは金色の宝箱の中を不思議そうに覗きながら首をかしげた。
「パレットさん、『秘宝』は、動物を『秘宝獣』に『昇華』させる道具の事ですよ!」
たくみは補足で説明したつもりだったが、パレットは余計に困惑した。
「金色の宝箱は、超レアものなんだぜ!」
「ねぇ、全然話についていけないんだけど……」
パレットの頭上に大量の?マークが浮かんでいく。そこでたくみは、ある提案をした。
「そうだ! 『秘宝』について詳しく知りたいなら、陽光公園の『ふれあいエリア』に行ってみてはどうですか? きっと『秘宝遣い』に会えるはずです!」
「『秘宝遣い』……?」
「はい! ぼくが一から説明するより、実際に見たほうが早いと思います!」
たくみは笑顔で言った。
「ふーん……。まぁ暇だし行ってみるわ。じゃあね」
パレットは、取り上げていた金色の宝箱をゆうきの頭の上に乗せて、商店街から陽光公園へ歩き去っていった。
「おい……。まったく、めんどうな女だぜ」
ゆうきは頭の上に置かれた金色の宝箱を手にとり、たくみに手渡した。
「たくみ、これお前にやるよ」
「ええっ!? いいんですか?」
「ああ。たしか誕生日もうすぐだっただろ?」
「ありがとう、ゆうくん! すごくうれしいよ!」
たくみは屈託のない笑顔を浮かべていた。
「わぁ、初めての『秘宝』だ……。どうしようかな……」
たくみの頭の中は、既に『秘宝』のことでいっぱいのようだ。
「たしか、たくみの姉ちゃんの友達って、この町で一、二を争う『秘宝遣い』だろ? その人に『昇華』を頼んだらどうだ?」
「そうですね! さっそく電話してみます!」
たくみはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、自宅の固定電話にかけた。スマートフォンから、可愛らしい少女の声が聞こえてきた。
『もしもし、たくみ? どうかしたの?』
「えっと、ねぇねのお友達にお願いしたいことがあるんだけど……」
『……『秘宝獣の昇華』? うん、わかった。お願いしてみるね』
「やったぁ! ありがとう、ねぇね!」
「どういたしまして」
電話を切ったたくみは、電話の内容を嬉しそうにゆうきに伝えた。
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