ヨハネと獣の黙示録

〜黙示録事件篇〜
上崎 司
上崎 司

愛歌の記憶

公開日時: 2020年11月6日(金) 17:00
文字数:3,244

「……ここはどこ!?」


パレットは目を覚ますと、周りを白いカーテンで囲まれた、ベッドの上にいた。


(そっか、あたし意識を失って……)


体を起こし周囲を見渡すと、パイプ椅子に座って眠っている栗毛色の髪の少女がいた。


すると、栗毛色の髪の少女も目を覚ました。


「はっ、パレットさん気が付いたんですね。良かったぁ」


栗毛色の髪の少女は笑顔で言った。同時に「あっ」と声を上げた。


「もしかして私、寝ちゃってました……?」


「寝てたわね……」


「ふえぇ、ごめんなさい。本当は起きてなきゃいけなかったのに……」


栗毛色の髪の少女は、自分にポカを入れ、悶絶し始めた。


「えっと……、あなたは?」


「はっ、ごめんなさい! 私、 って言います。弟のがいつもお世話になってたみたいで……」


「たくみ……? あ、おとなしい男の子ね」


愛歌はパイプ椅子から立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした。


(この子が、乃呑ちゃんが好意を寄せている、愛歌ちゃんか)


「はい! 最近のたくみ、いつもパレットさんの話ばっかりなんです」


「そう……」


パレットは、頬が少し赤くなった。


パレットがベッドから降りようとすると、酷く目眩がしてその場にうずくまった。


「うっ……、痛ったぁ……」


「大丈夫ですか? 安静にしてなきゃだめですよ」


愛佳はベッドに付いていたナースコールを押そうとした。だがパレットは、「誰も呼ばないで!」と牽制すると、床に這いつくばった状態で言った。


「あたしにはどうしても……。やらなきゃいけないことがあるの……」


「大丈夫です! 私がこの病室に入る時、病室を出る黒城くんとすれ違いましたから!」


「えっと……。意味がよく分からないのだけど……」


「あっ、ごめんなさい。それはですね……」


パレットが尋ねると、愛佳はキラキラとした瞳をして言った。


「なんだか黒城くんって、漫画やアニメの主人公みたいなんです。誰かが困っている時、と現れて助けてくれて、何も言わずに去ってしまう、不思議な人……」


さらに愛佳は、過去に起きた出来事について語り始めた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


去年の五月のことです。中学生になって早々、乃呑ちゃんという友達が出来ました。


元々引っ込み思案な私にも友達ができるようになったのはきっと、あの事件があったからなんだと思います。


午前の授業が終わり、昼休みになりました。乃呑ちゃんとは、いつも校庭の中庭にあるベンチで一緒にお弁当を食べています。


乃呑ちゃんは心配そうに、


「浮かない顔してるね、愛歌。どうしたの?」


と、声をかけてくれました。当時の私は、ずっと引っかかっていることがありました。


「乃呑ちゃん、同じクラスの黒城くんのこと、どう思う?」


「黒城? あいつって陰気な奴だよね。こっちから挨拶しても返さないし」


やっぱり、学級委員の乃呑ちゃんから見ても、そう映っちゃうんだ……。


実は黒城くんが今の性格に……。『非干渉主義』になったのは、私のせいなんです。


去年の四月のこと、入学してから私は、誰とも馴染めずに教室の片隅にいました。


お昼休みの時間が終わり、掃除区域に向かって廊下を歩いていた、ある日のことです。突然、ひんやりとした感触が体に降り注いできました。


「キャッ!?」


思わず声をあげてしまいました。顔をあげると、水の入ったバケツを持った男の子が三人、ずぶ濡れになった私を見て笑っていました。


「いやー、悪い悪い。手が滑っちまってさ」


「いえ、大丈夫です……。こちらこそごめんなさい」


私は涙をこらえて早くその場から離れようとしました。けれど、足を引っかけられて、私は水で濡れた廊下に転倒してしまいました。


「はは、お前今のわざとだろ?」


「違うって、偶然だよ偶然」


「ハハハハッ」


私はこれから先も、ずっと弱いままなんだろうな、って思いました。


そう考え出すと、涙があふれてきて、胸が苦しくなってきた、その時です。


激しい水音がして、誰かがひっくり返る音が聞こえてきました。涙を拭って顔をあげると、黒城くんが水道の蛇口につけられたホースを握って立っていました。


「あん? なんだお前は」


「悪い、手が滑った……」


黒城くんは、ホースの先端を持って、バケツを持った三人に水を浴びせました。


「てめぇふざけてんのか!」


「調子乗りやがって!」


「ぶっ潰してやる!」


三人が一斉に、ホースを持った黒城くんに殴りかかりました。危ない!


目を伏せていた私が恐る恐る目を開けると、三人は廊下に倒れていました。以来、私へのいじめは無くなり、しだいに友達もできるようになっていきました。


ですが、私を助けた黒城くんは、いじめの対象になってしまったみたいです……。


乃呑ちゃんとお弁当を食べ終えて、午後の授業も終わりました。いつもは一緒に帰るのですが、乃呑ちゃんはこの日、生徒会があるみたいで、一人で帰ることになりました。


帰り道の途中、木下の茂みでピィピィと衰弱した声で鳴く、一羽の青いひな鳥さんを見つけました。私が戸惑っていると、黒城くんが偶然通りかかりました。


「黒城くん……!」


私は黒城くんに、「助けてあげて」と目で訴えかけましたが、黒城くんは無言のまま、その場を去ってしまいました。


私は青いひな鳥さんを両手に乗せて、家まで走りました。


待っててね……。私は冷蔵庫に入っていたリンゴを包丁で切り分けて、青いひな鳥さんの口に運びました。青いひな鳥さんは「ピィピィ」と鳴きながらリンゴを食べています。


鳴き声から私は、青いひな鳥さんを「ピーちゃん」と呼ぶようになりました。


「ピィピィ!」


一週間ほど経つと、ピーちゃんは元気に鳴けるようになりました。


「じゃあねピーちゃん。元気でね」


「ピィ? ピィピィ!」


それから私は、青いひな鳥さんを元いた場所へと返しにいきました。親鳥さんが心配しているかもしれませんでしたから。


その日の朝のホームルームが終わり、私は窓の外をぼんやりと眺めていました。


ピーちゃん、元気にしているかなぁ……。


「愛歌、大丈夫ー?」


「ヒャウッ!?」


すると乃呑ちゃんが、後ろから私の脇に手を入れてくすぐってきました。


「やん……。乃呑ちゃん……、そこは……」


「そんな暗い顔してると、幸せが逃げちゃうよー? それそれー」


活発で明るい乃呑ちゃんからは、こうしていつも元気を貰えます。


そんな時、ガラガラっと教室のドアが開きました。ドアの方を見るとそこには、木の枝が突き刺さり、ボロボロな状態の黒城くんの姿が。黒城くんはかすれた声で叫びました。


「鴇……! 逃げろ……」


黒城くんは、そう言い残して教室に倒れこみました。クラスが騒然としています。


突如、廊下から強い風が吹き抜けて、廊下の窓ガラスが全て割れました。得体のしれない何かが、すごいスピードで迫ってきていました。


「鴇……。そいつは……、お前を探して……」


黒城くんは動かない体を必死で動かそうとしながら、私に手を伸ばしてきました。それを遮るように、廊下から飛んできた黒い影が現れました。私は怖くて目を伏せました。


しばらくして私が目を開けると、そこには一羽の青いひな鳥さんがいました。


「ピィピィ♪」


「ピーちゃん!? どうしたの?」


教室に入ってきた黒い影の正体は、なんとピーちゃんでした。


私はピーちゃんを抱いて頭を撫でていると、ピーちゃんは私の手を離れて、黒城くんの方へと飛んでいきました。


「くたばりなさいッ! この薄情者ッ!」


「ぐはっ……」


ピーちゃんは、黒城くんの腹部に、渾身の一蹴りを入れました。


こうして黒城くんは、典型的な巻き込まれ主人公になってしまったみたいです。


「それからの黒城くんの活躍は凄いんです! 悪の組織を壊滅させたり、なんだかんだで世界を救おうとしてるみたいなんです!」


(この世界の主人公、か……。だとしたら、あたしは……)


「ごめんなさい……。あたしはもう一眠りするわ……」


「あっ、体調悪かったのに、話し込んでごめんなさい。ゆっくり休んでくださいね」


パレットは迷っていた。自分がこの世界で、何をするべきなのか……。


疲労のせいか、パレットはいつの間にか、深い眠りへと入っていった……。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート