ヨハネと獣の黙示録

〜黙示録事件篇〜
上崎 司
上崎 司

決戦前夜

公開日時: 2020年11月9日(月) 17:00
文字数:3,951

神社の境内は既に、たくさんの人で埋め尽くされていた。


「へー、すごい数の人ね」


「年に一度の花火大会の日だからな、当然だぜ!」


ゆうきは、自分の事のように胸を張った。


「花火が一番近くで見られる場所があるぜ!」


「あかりたちしか知らない、穴場スポットだよ!」


「そうですね、さっそく向かいましょう!」


パレット達は人混みを掻い潜りながら、神社裏の高台へと向かった。


「パレット、迷子になるなよ」


「お姉ちゃん、はやくはやくー」


子どもたちは無邪気に笑いながら、目的地へと向かった。


パレットは子どもたちから、いつの間にか失っていた安心感を取り戻していた。


――ヒュルルルル……。ドォォォン。


「な、なに!? なんの音!?」


パレットは慌てて周囲を警戒した。


「パレットさん。上を見てください!」


「上……?」


――シュルシュルシュル……。ドォォォン。


光の筋が昇っていき、夜空に綺麗な花が咲いた。いくつもの花火が組み合わさり、短時間に数十~数百発の大量の花火が打ち上げる。


「花火大会、始まったな!」


「あかり、花火大好き!」


パレットは、生まれて初めて見た打ち上げ花火の光景に、眼を奪われていた。


たくみは隣で、陽光町の花火大会のパンフレットを読み始めた。


「えっと、今打ち上がってる花火は、『スターマイン』というそうです。別名、速射連発花火とも言うそうですよ」


(スターマイン……)


戦争中の世界で育ったパレットは、という言葉に反応したが、上空で咲く地雷は、パレットのイメージにある地雷とは全然違うものだった。


しばらくすると打ち上げ花火が止まり、アナウンスが入った。


「次は、慰霊と平和を祈願した花火、『フェニックス』です!」


花火大会の中盤に差し掛かると、花火の中心に羽を広げた不死鳥が舞い上がった。横に連なって同時に開く花火は、視界全体よりもさらに規模が大きい。


たくみはパンフレットを見て言った。


「次は正三尺玉と言って、最も大きい花火が打ち上がるそうですよ!」


これまで以上の轟音と共に、夜空に650メートルの大輪が目一杯に広がった。


「この花火は、火薬量が法律でギリギリの、80キロも使われているんだそうです」


(80キロもの火薬……。それを地上に落とせば、どれだけの人を殺せるだろう……)


パレットは儚げな表情で、花火を眺めていた。


「最後の尺百連発! とても綺麗でしたね、パレットさん!」


笑いかけるたくみから、パレットは顔を背け、顔を見られないよう下を向いていた。


(この世界は……、なんて……)


パレットの瞳からは、大量の涙が込み上げていたのだ。


(この世界は、なんて優しい世界なんだろう……)


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


時を同じくして、陽光中学校の屋上では、制服の上の学ランに袖を通さずに羽織った、ジト眼の少女イヴと、黒豹の秘宝獣が花火を眺めていた。


「花火、とても綺麗なのです……」


「Gulululu」


「ダムドレオもそう思うのですか?」


イヴは黒豹の秘宝獣を膝の上に乗せた。


「ダムドレオ、ワタシは間違っているのでしょうか……?」


誰もいない屋上で、イヴは弱みをさらけ出した。


「ワタシはあの日から、少しは成長できているのでしょうか……」


数年前、黒豹は絶滅危惧種に指定され、その毛皮は普通の豹の数倍の値段で取引されていたのです。黒豹の絶滅を危惧した多くの人が、保護するための活動を始めた。


しかし、皮肉なことに希少価値の増した黒豹の毛皮は、数十倍の価値に跳ねあがり、『極少数の悪人』によって、黒豹は無残に殺され、剥がれ、売られてしまったのです……。


「ダムドレオ。貴方の左眼も、人間によって潰されたのでしたね……」


「グルルルル」


イヴは想いを胸に、花火を眺めていた。


そして、陽光病院の屋上でも、花火大会を眺めている者がいた。第二の封印を守っていた赤髪の少年ラヴィエルと、秘宝堂の店長、金剛 宇利亜だ。


ラヴィエルは致命傷を負っていたが、一角獣の秘宝獣の不思議な力によって回復し、今は車椅子に乗っている。


「悔しいぜっ……。この町で何か大きな事件が起きてるってのに、ただ見てるだけしかできねぇなんてよぉ……」


「僕たちは言わば、盤面から取り除かれた駒のようなものだ」


歯噛みする宇利亜に、ラヴィエルは自分たちを人生ゲームのユニットに例えて言った。


「だから今は信じるしかないんだ。この町の人々の力を……」


花火大会も終わり、パレットたちは神社の境内を歩いていた。


「パレットさん、花火大会、よかったですか?」


「ええ、とっても」


パレットが儚げな笑顔で答えると、たくみは右手の小指を出してきた。


「来年もまた皆で見に行きましょう! 約束です!」


「…………そうね、約束」


長い間があったが、パレットとたくみは小指を結んだ。


「……ゆびきった。えへへ」


こうして無事に、花火大会は幕を下ろした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「あれ? この手帳……」


たくみは、表紙に『黙示録』と書かれた黒い手帳が、パレットの浴衣に入っているのに気が付いた。一人で手帳を読んだ後、リビングにいた愛歌に見せに行った。


「ねぇね、忘れ物!」


「忘れ物? パレットさんの?」


愛歌は黒い手帳の最後に書かれたページを開き、心の中で読み上げた。


あなたは今、幸せですか?


この手帳を読んでいるということは、あたしはもうこの世界にはいないと思う。


いじっぱりで、ずぼらで、自分勝手で、その癖やけに自信家で。


本当は人見知りで、臆病で、つい本音とは違う態度を取ってしまうあたし。


そんなあたしにも、この町の人々は笑顔で接してくれた。生意気なやつもいたけどね。


花火大会、すごく綺麗だった。またみんなと一緒に観れたらいいのに。


でも、それは叶わない。


だってあたしは、みんなを裏切ってしまったから……。


けじめは必ずつけるから、あたしのことは忘れてほしい。迷惑かけてごめんなさい。


お母さん、あたしも今からそっちに行くね。


あたしの人生は、本当に幸せだった。


この町の人々へ。ありがとう。


そして、さよなら……。


「ねぇね、どうかしたの?」


「ううん、何でもないよ」


愛歌はたくみの頭を撫でながら、そっと諭した。


「私、ちょっとコンビニ行ってくるね」


愛歌はそう言って、スマートフォンだけを持って家の外へと飛び出した。


「あれ? ねぇね財布は……?」


コンビニに行くはずなのに、リビングの机の上には財布が置いたままになっていた。


愛歌は、家から少し離れたところで、スマートフォンの電話をかけた。


「もしもし、乃呑ちゃん!?」


『どうしたの愛歌? そんなに切羽詰まった声で……』


愛歌は、泣きそうな声になって電話を続けた。


「パレットさん、もう二度と会えないかもしれない……」


「二度と会えない……? どういうこと?」


愛歌は、乃呑に黒い手帳の内容を伝えた。


『……事情はだいたいわかった。全力で探してみるね』


「ごめんね……。いつも、何の役にも立てなくて……」


『それは違うよ、愛歌。私も、黒城も、ピーちゃんも、愛歌がいてくれるから戦えるんだよ。パレットさんは、私が必ず連れ戻す。だから安心して!』


「ありがとう、乃呑ちゃん……」


『その代わり、帰ってきたら、愛歌の手料理が食べたいな。じゃあね』


そう言って電話がきれた。愛歌は指を折り重ねて目を閉じた。


「神様お願いします。どうかパレットさんが無事でありますように……」


愛歌は続けて、別の人物にも電話をかけていた。


「ただいまー」


「ねぇね、財布忘れて行ったよ?」


「そ、そうだった?」


愛歌はエプロンへと着替えて、台所に立った。


「ねぇね、ぼくそろそろ寝るよ」


「うん、おやすみー」


「おやすみー」


たくみが眠った後、愛歌は一人で料理を作り始めた。


「みんなが頑張っているのに、私だけ寝てられないっ!」


眠けと戦いながら、愛歌は黙々と料理を作り続ける。


パレットが帰って来た時に、笑顔で「おかえりなさい」と言えるように。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


一方、『のどかな公園エリア』では、黒城がベンチに背を預け、うなだれていた。


「黒城ッ、いつまでそうしてるつもりッ?」


「……さあな」


「花火大会が終わったらッ、ピエロのところに行くんでしょッ?」


「……行きたくない」


「いい加減怒るわよッ?」


――ReReReReRe……。


スマートフォンが鳴り続いたが、黒城は出ようとしなかった。


――ReReReReRe……。


「黒城ッ、大事な電話かもしれないわよッ」


「……俺は『非干渉主義』だ」


青いひな鳥は、その翼で黒城の頬を「パシン」とはたいた。


そしてスマートフォンの電話に応じた。


『もしもし黒城くん?』


「愛佳ちゃんッ、アタシよッ」


『もしかしてピーちゃん? 黒城くんは?』


「あの馬鹿の事はいいわッ、それより、何の電話だったのッ?」


『えっとね……』


青いひな鳥は用件を聞くと電話を切って、黒城に内容を伝えた。


「こんな重要な電話を、アンタは無視するところだったのよッ……」


黒城は何も言い返さない。青いひな鳥は黒城の胸ぐらを掴んだ。


「なんとか言いなさいよッ!」


「……元はと言えば、お前がいなければ、こんな事態にはならなかった」


黒城は、今まで抱えていた不満を一気に爆発させた。


「お前はいつもそうだ! 勝手に突っ走って、周りに迷惑かけて、お前さえいなければ、俺は普通の学生生活を送ることができたんだ!」


「『非干渉主義』ですってッ? アンタ自身が傷つきたくないだけじゃないッ!」


「俺はいつだって、考えてから喋るようにしてきたんだ! 相手を傷つけないように」


思えば黒城は、必ず「……」と、ひと呼吸おいてから喋っていた。


「けどッ、いつまでもここで悔やんでいても仕方ないでしょッ? まだ何も終わってないじゃないッ。悔やむなら、全てが終わった後よッ」


「……ヒナコ。…………俺が悪かった」


「……アタシも言い過ぎたわッ」


どうなることかと思ったが、黒城と青いひな鳥は、仲直りできたようだ。

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