玄関から、「ピンポーン」というチャイムの音が鳴ると、パレットはふと我に返った。
しかしその瞳からは、ハイライトが消失していた。
「あっ、ねぇねが帰ってきた!」
たくみは、嬉しそうな顔で部屋から飛び出し、階段を降りて玄関へと向かった。
玄関には、栗毛色の髪を上部で編み込んだ、白いレースのワンピースを着た少女と、茶色に染めた髪を黄色いスカーフでポニーテールに結んだ、上下ともにジャージ姿の少女が満面の笑みで立っていた。
「ねぇね、おかえりなさい! 菜の花さん、こんばんは!」
「ただいま~。、お誕生日おめでとう!」
「おじゃましまーす! 弟くん、おめでとう!」
「えへへ。ありがとうございます」
歓迎を受けて、たくみも思わず笑顔になった。
「そういえば、頼まれていたの持ってきたよ!」
「本当!? 楽しみだなぁ」
ポニーテールの少女は、金色の宝箱をたくみに手渡した。
「はい、私たちからの誕生日プレゼント! この姿に『昇華』させるのは、にしかできなかったと思うから。可愛がってあげてね!」
「うわぁ、いったいどんな『秘宝獣』が入ってるんだろう。開けてもいいですか?」
たくみは待ちきれない様子で、キラキラと眼を輝かせている。
「もちろんだよ! ね、愛歌」
「うん、喜んでもらえると嬉しいなぁ」
「では開けますね! 開宝!」
「QUIIIIN♪」
金色の宝箱の中から、真っ白い毛並みをした、仔馬のような姿の一角獣が飛び出した。
モデルはおそらく、旧約聖書の『ユニコーン』だろう。
「新種の『秘宝獣』、『サンライト・ユニコーン』だよ!」
【Aランク秘宝獣―サンライト・ユニコーン―】
「新種の『秘宝獣』なんですか!? 凄すぎます!」
たくみは、自分の背丈ほどある大きさの一角獣をギュッと抱きしめた。
「わぁ、もふもふして気持ちいいですね」
「喜んでもらえてよかったぁ」
「そうだ! ゆうくんやあかりさん、パレットさんも呼んできますね!」
たくみが階段を上がっていくと、上から降りてきたパレットとすれ違った。
「あ、パレットさん、もうすぐケーキ食べられると思いますよ!」
たくみが声をかけても、パレットは無反応だった。
「パレットさん……?」
パレットは、そのまま何も言わずに家を出て行ってしまった。
その様子を見ながら、たくみの姉である愛歌は心配そうな顔で聞いた。
「あの人が、最近よく話してくれるパレットさん?」
「はい。そうなんですけど、さっきから様子がいつもと違っていて……。普段はもっと、元気いっぱいな感じの人なんですけど……」
ポニーテールの少女は、玄関のドアを開けた。しかしパレットの姿はもう見当たらない。
「乃呑ちゃん、どうだった?」
「一瞬だけ顔が見えたんだけど、あの人、昔の私と同じ眼をしてた……」
「そう、なんだ……」
それを聞いた愛歌は、さらに不安げな表情を浮かべた。
パレットは街灯に照らされながら、夜道をひたすら走り続けた。
そしてその足は自ずと、教会へと向かっていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「もう、ゆぅくんが言い過ぎたから、お姉ちゃん帰っちゃったじゃない!」
「うっ……。悪かったよ」
あかりは、膝の上に乗せていた白いうさぎのぬいぐるみの手でゆうきを叩いていた。
「たっくん、せっかくの誕生日なのにごめんね」
「いえいえ。それにしてもパレットさん、どうして帰ってしまったのでしょう……」
子どもたちは、うーんと唸りながら直前の出来事を振り返っていた。パレットの性格を考えると、不機嫌になれば家を飛び出すより先に、手を出してきそうなものだが。
「みんな、ケーキ持ってきたよ」
愛歌が人数分に切り分けたショートケーキをトレイに乗せて、部屋へと入った。子どもたちが腕を組みながら考え込んでいる姿を見てキョトンとする。
「みんなどうしたの?」
「お姉ちゃんが帰っちゃった原因を、問い詰めてるとこ!」
「えっと、ゆうくんも反省してると思います。だって今日、ぼくたちが陽光神社にいった理由は、パレットさんと友達になれますようにって、神様にお願いするためですから」
「なっ……、たくみ、今それを言うなよ」
ゆうきは顔を赤くして立ち上がった。いつも衝突ばかりしている印象だったが、心の中ではパレットのことを認めていたようだ。
「そっかぁ、早く戻ってきてくれるといいね」
愛歌はケーキを置いて、そっと部屋の外へと出た。
廊下で待っていたポニーテールの少女は、気落ちしていた愛歌に声をかけた。
「大丈夫だよ、愛歌!」
「乃呑ちゃん、その子は?」
乃呑の肩には、真っ白な羽をしたフクロウが乗っていた。
【Bランク秘宝獣―ミッドナイトフクロウ―】
「私の『秘宝獣』、シロフクロウのバジルだよ! さっきの金髪の人の居場所を、捜してきてくれたの。だから安心して!」
フクロウの視細胞は微かな光を感知するが多くを占めており、色の識別はできないが、暗闇の中で動くものはよく見えるのである。
「乃呑ちゃん、いつもごめんね。私、何もできなくて……」
「そんなことないよ。私がこうして笑えるようになったのは、愛歌のおかげだもん。だから今度は、私がさっきの人に伝えてあげたい。『誰かを信じてもいい』んだって」
ポニーテールの少女は、愛歌の手を優しく握りながらそう言った。
「じゃあ私、行ってくるね! おじゃましましたー!」
「あっ、乃呑ちゃん!? 行っちゃった……」
ポニーテールの少女は階段を駆け降り、玄関から家の外へと出て行った。
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